涼宮 ハルヒ の 消失 考察。 映画「涼宮ハルヒの消失」の最後の最後が理解できなくてずっと...

涼宮ハルヒの消失

涼宮 ハルヒ の 消失 考察

「涼宮ハルヒの憂鬱4 笹の葉ラプソディ」DVD発売店頭用PV(KADOKAWAanime)(YouTube)より引用 涼宮ハルヒの憂鬱のアニメ2期における第8話、「笹の葉ラプソディ」 物語全体や映画に関わる伏線が含まれる非常に重要な回です。 涼宮ハルヒの憂鬱を見る上で「笹の葉ラプソディ」は絶対にはずせない回になります。 第8話「笹の葉ラプソディ」のあらすじ 七夕の日に、みんなで短冊に願い事を書くSOS団。 その後、キョンはみくると3年前の七夕の日にタイムトラベルをする。 そこには3年前、中学生のハルヒが。 ハルヒが校庭に白線で絵文字を書くことを手伝うことになるキョン。 その後、みくるがタイムトラベルの道具をなくしてしまい元の時代に帰れなくなって・・・ 第8話「笹の葉ラプソディ」の解説 以下、ネタバレも含みますのでご注意を。 「今日は何の日?」のやりとり 冒頭は、ハルヒがキョンに「今日は何の日か知ってる?」というカラミからスタート。 キョン「お前の誕生日か?」ハルヒ「違うわよ」 からキョンが手当たりしだい誰の誕生日か聞いていく。 そして「ちなみに俺の誕生日は・・・」と自分の誕生日を言おうとするボケ。 このやりとりとはスピンオフ作品である「長門有希ちゃんの消失」でもみられるやりとり。 SOS団の部室で七夕活動 織姫と彦星はどの星か? 地球と織姫・彦星との距離から願い事が叶う年月を計算。 このやりとりもスピンオフ作品である「長門有希ちゃんの消失」でもみられるやりとり。 ですがスピンオフでは察しが良いメンバーに答えられてハルヒはいじけてしまいます。 古泉「涼宮さんはああ見えて、常識というものをよく理解しています」 短冊を書く中でのキョンと古泉の会話。 ハルヒは非常識な言動が多い一方で、根底には常識的な面も持ちます。 その常識が、ハルヒに世界を変えるほどの力を持っていながら世界が保たれている理由であると古泉は考えているわけです。 「16年かあ。 長いなあ」なぜハルヒはセンチメンタルに? 短冊を書き終えたSOS団。 それまでテンションが高かったハルヒ。 けれどふいに窓の外を見ながら寂しそうに何かを思い出している様子。 16年という歳月は長いこと。 3年前にも願い事をしたけれどこれといって自分の身の回りに変化は起きてないこと。 そんないろいろな考えがハルヒの頭の中に。 先述の通り、ハルヒは常識的な側面もあります。 全てにおいて楽天的ではなく、「結局私は平凡な存在なのかもしれない」という葛藤が心の奥底にあることがうかがえます。 みくると長門の短冊 みくると長門はそれぞれのタイミングでこっそりキョンに短冊を渡す。 みくるは部活が終わったあとに相談ごとの件。 長門の短冊の内容はキョンだけ見える角度で視聴者にはわからず。 「笹の葉ラプソディ」ではみくるが未来人としての力をキョンに初体験させます。 タイムトラベル直前、キョンにみくるが「ごめんね」と言ったのはタイムトラベルの方法を見せないように不本意ながらキョンを眠らせたから。 みくるとキョンのタイムトラベル。 映画に関わる重要シーン。 タイムトラベル後、みくるは眠ってしまい大人版朝比奈さん登場。 みくるが眠ったのは未来の自分 大人版朝比奈 と会うことで過去と未来に矛盾が生じないようにするため。 大人版朝比奈さんがキョンに最低限の指示だけで去って行ったのは他にやることがあったから。 大人版朝比奈さんがキョンと別れた後に何をしたのかは映画「涼宮ハルヒの消失」で明らかに。 3年前の七夕へ 以後の解説は次の記事へ続きます。

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涼宮ハルヒの消失とは (スズミヤハルヒノショウシツとは) [単語記事]

涼宮 ハルヒ の 消失 考察

時間平面理論の再現に向けて、考えるべき問題が一つある。 時間旅行の理論や時間平面理論は言語化されないのではないか、という作中設定だ。 時間旅行について、『』ではが「言語では概念を説明出来ないし理解も出来ない」 と語り、『』でもが「STC理論は特殊な概念上の方法論に立脚しています。 それを分かるように伝えるのは言葉では無理なんです」 と語る。 しかし、言語で理解できないのは誰なのか、理解できるように表現できないのは誰なのかという問題は、一考の余地がある。 というのは、では、実際涼宮ハルヒが、時間平面理論の基礎を論文化してしまっており、時間平面理論、又はその発展形としてのSTC理論は、少なくとも部分的には言語化可能であることが示唆されているからである。 最もあり得るのは、言語での説明はキョンには理解できない、ということであろう。 実際、涼宮ハルヒの論文も、キョンは理解できていない。 故に、その具体的内容が言語化されることはない。 次に考えられるのは、メタ的解釈である。 この場合、作者が説明を回避することで理論的破綻を防ごうとした可能性があり、説明できないというのは、作者の立場からの見解ということになる。 しかし、いずれの場合でも、 時間平面理論は絶対的な意味で言語化不可能な存在ではない。 故に、ここに実際に時間平面理論の言語化を試みることは、ある程度までは可能なはずである。 同時性は観測者の移動速度や周囲の重力場による時空の歪みによって簡単に変化する。 時間平面理論では時間は「その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたもの」 だとされているが、たとえ時空が量子化されていても、観測者の速度や周辺の重力場の影響による同時性の揺らぎを免れることはできない。 何故なら、でハルヒがに言及し、では国木田がに言及するなどの描写から、ハルヒ時空は大枠ではこの世界の物理法則とほぼ同じ法則が成立していると考えられるからである。 故に、時間平面を定義しようとする場合、その定義は 観測者ごとの同時性の揺らぎによって変化するものであってはならない。 つまり、ニュートン的な、観測者に依存しない絶対的な時空のような 絶対的な時間平面は定義することができない。 何故なら、仮にそのような平面があったとした場合、観測者によっては複数の時間平面の現象が交錯して同時に観測されることとなり、「時間はパラパラマンガみたいなもの」 ではなくなってしまうからである。 そのように考えると、時間平面の定義には、 時間と観測者の両方を含めることが合理的だと推測される。 個々の観測者ごとに同時に起こる、つまり同時として観測される現象は変化するが、観測者を基準として「同時」な一連の時空量子の集合が時間平面だと定義されるという考え方である。 この時間の遅れや空間設定のずれは、地球上の移動であれば(未来版)GPSで修正可能であり、微差で済む。 だが、TPDDを地球から地球外への移動、つまり宇宙旅行の技術に転用する場合、より複雑な計算を行う必要が出てくると考えられる。 時空に穴をあける時間旅行方式の研究。 を使用した場合。 時間平面が定義された以上、次に考察するべきなのは、時間平面理論、特にそれによって可能になる時間旅行理論である。 で、ハルヒ世界の時空は量子化されていることは既に述べた。 しかし、現代科学の主流派理論では、もも、そのオーダースケールな何かも、時空の最小単位として働いている訳ではないとみなされている。 その可能性を探る主な理論としては、 などが挙げられるが、これはローレンツ不変性 を破ることが不可避であるため、今のところ主要理論としては受け入れられていない。 しかし、理論的可能性が完全に排除されたわけではなく、また、時空の量子化が仮に排除されたとしても、TPDDの時間航行原理である、「時間平面に穴をあける」ことによる時間旅行は不可能ではない。 相対性理論の明かすところによれば、未来への時間旅行はそれほど困難ではない。 問題になるのは過去への遡行の方で、時間平面に穴をあけることが確実に必要になるのも、こちらである。 一般相対性理論の明かすところでは、 が存在する場合、又は時空そのものに などによって欠落を生じさせた場合に、理論的な過去への遡行の道が開ける。 時空に穴をあけるという言葉の文字通りの解釈に最も近いのは、 である。 しかし、ワームホールを使った時間旅行では、ワームホールをタイムマシン化させる前の時間には行くことができないという制約があり、この世界にいなかった未来人の過去への遡行を可能にする装置としては不適切である。 また、ワームホールは特殊な時空の歪みであって、穴のように見えるが必ずしも文字通り時空に穴をあけているとは言えない。 故に、 時間に穴をあけるとは、時空を文字通り欠落させることだと考えた方が望ましい。 これは、時間平面破壊装置というTPDDの正式名称とも合致し、整合性が高い解釈である。 この場合のアプローチの一例として、左図のように の周りを十分に高速で周回する場合が挙げられるが、この場合過去への遡行は理論上いくらでも可能である。 但し宇宙ひもそのものが使われているとは限らない。 宇宙ひもの場合は質量・規模共に膨大となるが、必要なのは局所的な時空の欠落であって、宇宙ひもそのものではないからである。 涼宮ハルヒの役割の一つは、時間平面理論の初期の発見を行うことである。 但し、これだけであれば、のような代わりはいるので、決定的な重要性を持つとは言い難い。 しかし、で時間平面理論の基礎を書いてしまった後になってもなお、「涼宮さんがどれだけ貴重な人か解っているはずよ。 もし彼女がいなければ、わたしたちの未来は……」とは語り、はこれに対して、「未来が必要とするのは涼宮ハルヒではなく、その力だ」と返している。 このことから、 涼宮ハルヒの力、つまりが、未来によって有効活用される必要があるということが分かる。 そして、それこそが、ハルヒのTPDD開発における唯一無二の役割であると推測される。 涼宮ハルヒは、いずれ朝比奈みくる 小 とはお別れを迎えることとなる。 そして、その時までには、みくるが未来人で、他の団員も属性持ち、キョンがであることや自分の力のことも何らかの形で知らされることであろう。 そうであれば、彼女の考えることはほぼ明らかだ。 みくるに会いに行くために、TPDDを自分で開発しようとする。 そして、時間旅行とタイムパラドックスの問題について、長門有希が「そのうち解る」 と発言し、みくる 大 も「あなたにもそのうち解ります」 と述べているのは、 キョンの存命中に、TPDDの開発が成功するということであろう。 ハカセくんの基礎理論、復元されたTPDDの設計図データなどが揃い、かくて、ハルヒのもとにTPDDの必要材料が全て集まるとき、最後のボトルネックになるのが上述のエネルギー源の問題である。 遅くともここで、 ハルヒはエネルギー源の供給に自覚的に同意するはずである。 そして、過去の自分と緩く無意識を同期 させ、TPDD利用者が力を持って以降の時代へのハルヒの力を借りる権限と、未来側への半永久的なハルヒエネルギーへのアクセス権限を与えることだろう。 それは、恐らくハルヒ亡き後は、TPDDそのものに分散的に埋め込まれることになると思われる。 次元断層には二種類存在する。 ハルヒの力が原理的に存在しないがゆえにその力を借りられない次元断層と、ハルヒが力の提供を拒んだために発生する次元断層である。 前者の次元断層は、中学生のハルヒが力を発現した時点に存在する。 みくる 小 はその原因を知らないと主張するが、知らされていないだけの可能性もあり、この発言が時の未来人の見解と一致するとは限らないことには注意する必要がある。 後者の次元断層は、藤原たちの時間線を分断するなどの形で実在している。 を採用するのであれば、エンドレスエイト期間にも、一時的に次元断層が張られていたか、少なくともエンドレスエイト期間中への未来からのアクセス権限は剥奪されていた可能性は高い。 憂鬱スニーカー版、p. 214。 消失スニーカー版、p. 175。 、スニーカー版p. 145。 憂鬱スニーカー版p. 146。 パラパラマンガに斜めに差し込む楔のようなものをイメージすると良い。 「絶対的」時間平面を仮定すると、観測者はしばしばこうして複数の時間平面上に「同時に」存在することとなってしまう。 涼宮ハルヒのは完全な無から情報を作り出す。 そして、膨大なエネルギーが必要になる時間平面の継続的な書き換えも行うことができる。 いずれも、涼宮ハルヒがエネルギー保存則を無視した存在であるという証拠になる。 スニーカー版、p. 173。 消失スニーカー版、p. 176。 そしてその超知性が住む未来世界では、伝統であることのみが理由である慣習等は、その多くが滅びることとなるのかもしれないみくるが何故かこの時代の慣習や文化の多くを素で知らないのも、そのためだと思われる。 事実、英語では、Time Plane Destruction Deviceという表現に置き換えられている。 それがキョンが英語ができないからか、みくるがドジを踏んで言い間違えたからか…。 いずれも、p. 168。 退屈スニーカー版p. 131。 消失スニーカー版p. 176。 情報統合思念体にできることは、それ以上の情報創造能力を有するハルヒには当然できると考えて良い。

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映画あんてな: 「涼宮ハルヒの消失」とかいう超超超名作映画

涼宮 ハルヒ の 消失 考察

を友人と見てきた。 で、を出た後に作品のなんかについて一通り友人と駄弁っていると、友人はふとこう言った。 『ってか、ってこえーな。 に作中十八日の朝、話しかけてた時、同日の横腹刺したことを覚えてたんだろ?』 この発言に俺は驚きを隠せなかった。 というのも、俺は作中でがを刺した際、その後すぐ時空の修正が為されたものだと思っていた。 何故なら、そうでもしないとあの時刺されたがすぐにでも死んでしまう状態であったからだ。 しかし、もし仮にそうだったとしたら、ここには重大なが生じるのである。 というのも、十八日の朝以降、確かには時空改変に戸惑い、色々錯乱を起こしたりしていた。 十八日の明け方前に時空修正が行われたのだとすれば、その行動は起こり得ない。 つまりが起きる。 よって、が刺された直後に時空修正は行われていないという結論に達する。 ならば、一体いつ時空が修正されたのかといえば、これは恐らく、がーキーを押した直後から、がのベッドで目覚める直前までの間であろう。 つまり、作中における二十日のから、二十一日のが目覚める期間までの間である。 逆に言えば、十八日の明け方前から二十日のの間には、時空修正は行われていないということになるのである。 つまりその間、が彼の横腹を刺したというは、確かに本人の中で残っていたのではあるまいか。 そうにも関わらず、はやの部屋、あるいは内において、に対して何の含みもなく会話をしたりしている。 コイツは恐ろしいことだ……と、俺の友人は言ってのけたのだ。 全面的に同意したい。 ところで、がそのこと(を刺したこと)を覚えていないというもなくはない。 というのも、『を刺した』ノット『十八日の朝以降の』であるというだ。 これが一体どういうことかと言えば、つまり前者の『を刺した』が、十八日の修正が行われる以前のの、もっとくわしく言えばを殺害しようとしてに消去されてしまう以前のであり、そのが十八日の明け方前に、してきたということだ。 は『』にてを殺害しようとしているが、ここには当然による妨害が加わってくるであろうことが、には予想できたであろう。 ならば、がを越えて、十八日以降の"無力化状態の"がいるにて、を殺害しようとしたとしてもおかしくはないのではないか。 そして、それを達成した後に、再度『』における軸へとし、夕暮れのにて次手である殺害を果たそうとした。 ということなのではないだろうか。 つまり、を刺したは、時空が改変される以前のであり、時空が改変された以降のとは 別人なのではないだろうか。 そういうも、有り得る。 あるいは他のがあるとしたら、が単純にを刺した時のを、十八日の朝の時点で忘れるか、消されるかしているというか、のどちらかであろう。 (因みに、当然十八日の朝以降において、はが刺されたことをしていない。 でないと室においてとのあのようなは成立しない。 恐らくはあまりにな出来事だったので一時的に当時のをしたか、あるいは当時のを何者かに奪われたのであろう) が起きない条件をすると、何やら色々なができるのだなあ、と私は非常に面白く思う次第である。 因みに俺はを『』のみしか読んでない状態で色々言っているのだが、。

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