君はいた確かにここに 曲名。 あいみょん 「麦わらの帽子の君が揺れたマリーゴールドに似てる」 、、

嵐の奉祝曲CD発売や音楽配信はある?曲名は?歌詞全文と意味も!|サトミの話題調べ隊

君はいた確かにここに 曲名

最上階に君が一人 揺れる影が ずっと ずっと 「ずっと、僕らの愛はもう見つかりはしないでしょう」 言葉を飲み込む音 息を止めた 街中に一人 暮れた夜を混ぜては 喉の奥に 今 落としてゆく 昨日の事は忘れました 明日の事も思い?出せ?なくて? あぁ もう 痛い 痛いなんて 声は 確かに届いてたんです 君が 「嫌い」 きらい なんて 言葉 錆(さび)付いて聞こえないや 愛? のない? 痛い容態 唄も色も まだ六十八夜の そう、これでお別れなんだ 僕が 君に 送る 最上階から見た景色 落ちる影が ずっと ずっと 「ずっと僕らの声も、もう聞こえてはいないでしょう?」 言葉の錆びてく音 霧のかかる心の奥底 朝焼け色の中に 君は一人 また透けてくだけ 鼓動の音は一つ限り 閉め切った部屋の中で響く 言葉も出ない 出ないような 僕は確かにここにいたんです 君を 見ない 見ないなんて 今も染み付いて離れないよ もう痛い 痛い容態 耳の奥で まだあの日の言葉が あぁこれでお別れなんて そんな 君の声も ねぇ あの日願った言葉がもう 耳に染み込んじゃって 気持ちも切って「バイバイバイ」 何を欲しがったんだっけ? 塵(ちり)も積もって 何年間 僕が 君が 僕が捨てちゃったんです まだ あぁ 心の暗い暗い奥の 底にほんとは隠してたんです 今じゃ遅い 遅いなんて 今更知っちゃったんだ あぁ もう 嫌い 嫌いなんだ 君も 僕も 全部 全部 全部 「透けて消えてなくなって」 言葉も出ない 出ないような 声が確かに響いてたんです 今も嫌い 嫌いなんて 言葉近すぎて聞こえないや もう痛い 痛い容態 唄も 色も まだ六十八夜の そう これでお別れなんだ 僕が 君に 送る 響く夜空に溶ける 透明哀歌 「透明エレジー」ってどういう意味でしょうか? 「エレジー」について調べてみると 悲歌や 哀歌という意味があるようです。 つまり、悲しみを歌った歌ということでしょうか。 では、「透明」は?単純に「見えない」と解釈していいのか?僕は違うと思います。 n-bunaさんの作曲されたの中でも「透明」という言葉がキーになっていますが、その楽曲の中でn-bunaさんは「 透明は伝えられないから透明」って歌詞に込めてるんですよね。 きっと、n-bunaさんの中では「伝えられないもの=透明なもの」なんでしょう。 つまり、「透明エレジー」は「 伝えられない哀歌」という意味を持つと思われます。 youtube. ここからは、私の解釈になりますが、拡声器を持っている方が「僕」で、耳を塞いでいる方が「君」だと思います。 なぜかというと、「透明エレジーの曲名の意味」の見出しでも解説しましたが、この曲は「 伝えられない哀歌」です。 それを前提に考えると「僕」が「君」に伝えたいので、必然的に拡声器を持っている方のが「僕」となるからですね。 ひいらぎの解釈 最上階に呼ばれてきてみると君は一人、屋上の端にいた。 ずっと、ずっと、間が空いて、君はいう。 「もう私達は永遠に愛し合うことはできないね。 」 歌詞中の「揺れる影」が、死にそうな「君」をみて泣いている「僕」を連想させますよね。 一度は愛し合った「君」が目の前で自殺しようとしている。 死んでほしくない。 でも、近づくと君はきっと死んでしまうだろう。 という 葛藤の中で、きっと「僕」は泣いてしまったのでしょう。 たった、13文字でここまで聴き手に想像させるとは... すごいですよね。 言葉を飲み込む音 息を止めた 街中に一人 暮れた夜を混ぜては 喉の奥に 今 落としてゆく 昨日の事は忘れました 明日の事も思い?出せ?なくて? ひいらぎの解釈 言葉を飲み込む僕。 何も答えられなくてまるで息を止めているみたいだ。 昨日の夜のことを思い出しながら、僕は少しずつ声に出してゆく。 「昨日のことはもういいじゃないか。 」 君は、「嫌い、もういい」と言って飛び降りた。 ここの解釈は人によってかなり分かれると思いますが僕は、ここで「君」が飛び降りたんじゃないかなぁって思っています。 「明日のことも思い出せなくて」の部分は明日のことはわからない=死んだということなんでしょうね。 死んでしまったら明日はわかりませんから。 あぁ もう 痛い 痛いなんて 声は 確かに届いてたんです 君が 「嫌い」 きらい なんて 言葉 錆(さび)付いて聞こえないや 愛? のない? 痛い容態 唄も色も まだ六十八夜の そう、 これでお別れなんだ 僕が 君に 送る ひいらぎの解釈 あぁ、もう、君の助けを呼ぶ声は聞こえてたじゃないか。 君の最後の言葉が「嫌い」なんて聞きたくなかった。 いや、聞こえなかった。 僕たちの間には愛はなかったのだろうか? 君と僕の恋愛は、まだ八十八夜に満たない。 そう、もうこれでおしまいなんだ。 僕が君に送る... ここでは「君」が飛び降りてしまった後、急いで「君」の元へ駆け寄る間の「僕」の気持ちを歌っています。 ひどい後悔の念が歌詞からも、GUMIの歌い方からも感じられますよね。 ここの六十八夜という歌詞。 おそらく八十八夜に満たないと言いたいんだと思います。 八十八夜というのは、雑節のひとつで、立春を一日目として88日目の日のことで、この日に摘まれるお茶の葉は、 上質なものとされるそうです。 つまり、 僕らの恋愛はまだ上質な葉ではない=僕らの恋愛はまだまだ未熟だと言いたいのではないでしょうか。 ひいらぎの解釈 最上階から地上を見下ろして、君が落ちる様子がずっとずっと。。。 「もう、僕らの声も聞こえないね。 」 僕の周りの言葉に色がなくなって 僕の心が沈んでいく。 新しい朝が来て、僕と君はまたすれ違っていってしまう。 閉じこもった部屋の中で、僕の心臓の鼓動だけが響いている。 「君」を救えなくてひどく後悔している「僕」。 徐々に「僕」は鬱になっていきます。 ここの「鼓動の音は一つ限り 閉め切った部屋の中で響く」(引用: n-buna -透明エレジー)という歌詞が個人的にグッと来ましたね。 「君が死んで、ふさぎこんでしまった僕」を的確に表している言葉だと思います。 言葉も出ない 出ないような 僕は確かにここにいたんです 君を 見ない 見ないなんて 今も染み付いて離れないよ もう痛い 痛い容態 耳の奥で まだあの日の言葉が あぁこれでお別れなんて そんな 君の声も ねぇ ひいらぎの解釈 君にかける言葉が見つからない僕がここにいたんだ。 君を見なかった後悔が今も僕の中に染み付いて離れないや。 耳の奥で、君があの日言った最後の言葉が聞こえて来て、 あぁこれで君とお別れなんて嫌だ。 なんて思うんだ。 「君」の気持ちを見ずに、心にもないことを言って「君」を殺してしまった「僕」。 そんな「僕」の後悔をGUMIの泣きそうな声で歌っている部分です。 あの日願った言葉がもう 耳に染み込んじゃって 気持ちも切って「バイバイバイ」 何を欲しがったんだっけ? 塵(ちり)も積もって 何年間 僕が 君が 僕が捨てちゃったんです まだ あぁ 心の暗い暗い奥の 底にほんとは隠してたんです 今じゃ遅い 遅いなんて 今更知っちゃったんだ あぁ もう 嫌い 嫌いなんだ 君も 僕も 全部 全部 全部 「透けて消えてなくなって」 ひいらぎの解釈 あの日、願った思いが頭からはなれなくて辛いから 君のことなんか忘れてしまおう。 そして何年間がたった。 けれど、僕が君を殺してしまったという事実がまだ頭から離れない だって、忘れたふりをして人生を歩んで来たんだから。 今じゃもうどうしようもないなんて今更分かったんだ。 あぁ、もう嫌だ。 君も僕も全てが消えてなくなればいいのに。 主人公は後悔して後悔して後悔して、ついにはその苦痛から逃れるかのように「君」のことを忘れようとします。 けれど、「君が死ぬ」という強い衝撃は、「僕」の中にずっと残ってしまっているようです。 言葉も出ない 出ないような 声が確かに響いてたんです 今も 嫌い 嫌いなんて 言葉近すぎて聞こえないや もう痛い 痛い容態 唄も 色も まだ六十八夜の そう これでお別れなんだ 僕が 君に 送る 響く夜空に溶ける 透明哀歌 ひいらぎの解釈 あの日、言葉にならないようなうめき声が響いてたんだ。 今も君が言った「嫌い」という言葉が頭に残っている。 そう、君と僕の恋愛は、まだ八十八夜に満たなかったんだ。 そう、もうこれでおしまいなんだ。 僕が君に送るよ。 静かな夜に溶けるような「届かない哀歌」を。 ここでやっと曲名の意味がわかりました。 「透明エレジー」という曲名の意味の「届かない哀歌」は、「君」が死んでしまってもう「届かない」から「届かない哀歌」なんですね。 「透明エレジー」のという曲のまとめ 「透明エレジー」は「君」を失ってしまった「僕」の後悔を歌った曲でした。 「僕」と「君」の間に何があったかはわかりませんが、きっと「僕」は君に死んで欲しくなかったのでしょう。 そして、その気持ちがあったから「君」が自殺しようとしている時、安易に「昨日のことは忘れよう」なんて言ってしまったんだと思います。 何気なく口に出した言葉が、自分の人生を左右したり、大切な人を失ったりする結果に繋がることを改めて再確認させてくれる素晴らしい楽曲でした。 こんな素晴らしい、中毒性のある楽曲を作ってくれたn-bunaさんに感謝を。

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【米津玄師/TEENAGE RIOT】の歌詞の意味を徹底解釈

君はいた確かにここに 曲名

作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、唄:織井茂子 1 君の名はと たずねし人あり その人の 名も知らず 今日砂山に ただひとりきて 浜昼顔に きいてみる 2 夜霧の街 思い出の橋よ 過ぎた日の あの夜が ただ何となく 胸にしみじみ 東京恋しや 忘られぬ 3 海の涯に 満月が出たよ 浜木綿 (はまゆう)の 花の香に 海女 (あま)は真珠の 涙ほろほろ 夜の汽笛が かなしいか 《蛇足》 戦前の『愛染かつら』と並ぶメロドラマの傑作『君の名は』のテーマ曲。 放送中は、東洋音楽学校の教授で声楽家の高柳二葉が歌いましたが、レコードは織井茂子の唄で発売されました。 『君の名は』は、昭和27年(1952) 4月10日にNHKラジオで放送が始まり、29年(1954) 4月8日まで続きました。 毎回、ドラマの冒頭に入った ナレーション「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして忘却を誓 (ちこ) う心の悲しさよ」が忘れられません。 古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』(主婦の友社) によれば、このナレーションは「放送開始から1年くらいたった北海道篇のあたりから、放送劇団の鎌田弥恵さんによって朗読され、最終回まで続いた」とあります。 しかし、小学校5年から毎週聴いていた私は、 来宮 (きのみや) 良子のナレーションだと思っていました。 ネット上にも、私と同じ記憶を記している人が多いようですが、これはどういうわけでしょうか。 太平洋戦争末期の東京大空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐなか、見知らぬ同士の氏家真知子と後宮春樹は、助け合って逃げ回るうちに、銀座・数寄屋橋にたどり着きます。 そこで2人は「生きていたら半年後、それがだめならさらに半年後にこの橋で会おう」と約束します。 春樹は「君の名は?」と尋ねますが、真知子は答えないまま立ち去ります。 さまざまなメロドラマのなかでも屈指の名場面です。 ここから、九州から北海道まで全国を舞台とした真知子と春樹のすれ違いが延々と続くことになります。 最終回のとき、私は小学校6年生でしたが、重病で激しくあえぐ真知子の枕元に春樹が駆けつけられるかどうか、手に汗を握って聴いていました。 小学生でしたから、真知子は春樹が好きなのに、なぜ意志をはっきりさせないのか、各地を旅する費用はどこから出たのか、といったことは少しも疑問に思いませんでした。 昭和28年(1953) ~29年に松竹が岸恵子と佐田啓二の主演で映画化し、大ヒットしました。 上の写真はその1場面。 テレビ時代が始まると、何度かテレビドラマ化されましたが、時代が下るほどヒットしなくなりました。 とりわけ、平成3年(1991) にNHKが鳴り物入りで始めた朝のテレビ小説は、回を重ねるにつれて視聴率が下がりました。 人気を挽回するために次々と方針を変えた結果、世紀のすれ違いメロドラマが、終わりのほうでは、「奥さん、今晩のおかず何になさる?」「うちはコロッケよ」風のホームドラマになってしまいました。 メロドラマは、2人が結ばれた段階で終わらなくっちゃね。 『君の名は』は『鐘の鳴る丘』とともに、劇作家・菊田一夫(明治41年~昭和47年〈1908~72〉) の代表作です。 昭和20年代に少年少女期や青春期を送った人たちにとって、菊田一夫は忘れられない名前のはずです。 そこで、彼の思い出を少々。 雑誌記者をしていたころ、私は、評論家・扇谷正造をホストとする対談シリーズを企画・担当したことがありました。 そのゲストのなかでとりわけ強い印象を受けたのが菊田一夫でした。 彼がした話のうちで、よく覚えているのが次のエピソードです。 菊田一夫は実の親の顔も知らないまま、数組の養父母の間をたらい回しにされ、小学校を卒業しないうちに、大阪で丁稚 (でっち) に出されました。 神戸の古物商に奉公していたころ、文学を志し、17歳のとき、古物商を辞めて、東京を目指しました。 東京では、文学仲間のつてをたよって、サトウハチローの内弟子になりました。 そのころ、サトウハチローに子どもが生まれました。 赤ん坊が夜泣きを始めると、サトウハチローに、眠れないからと赤ん坊を背負わされて、外に出されました。 「木枯らしの吹いている夜などは、辛くて、赤ん坊といっしょに泣きたい気持ちだった」と彼は語っていました。 私に子どもができたとき、赤ん坊が夜泣きを始めると、たまには妻を眠らせなくてはと思い、抱いて深夜の街を2、30分歩き回ったことが何度かありました。 そのつど思い出したのが、この話でした。 私の場合は、自分の子どもだったうえに、夏だったので、べつに辛くはありませんでしたが。 その後、彼は文芸をあきらめ、中国に渡って肉体労働に従事しました。 そのうち、また文芸への志が復活し、もう1度東京でやり直そうと決意、わずかばかりの金をもって本土に戻ります。 しかし、名古屋まできたとき、手持ちの金が尽きて、にっちもさっちもいかなくなりました。 絶望して名古屋港に飛び込んで自殺する決心をしましたが、どうせ死ぬなら大好きな映画を見てから死のうと思い、なけなしの金をはたいてある映画館に入りました。 そのときやっていたのがフランク・ボーゼイギ監督の『第七天国』でした。 この映画は、 1927年にサイレントで作られ、10年後の1937年にトーキーでリメイクされました。 菊田一夫が見たのは、年齢から見て、オリジナルのサイレント版だったと思われます。 これは、次のような粗筋です。 パリの貧しい掃除人シコは、姉に虐待されていた少女ディアーヌを助けます。 それがきっかけで、2人はいっしょに暮らすようになり、やがて結婚します。 まもなく戦争が起こり、シコは出征。 2人は、毎日午前11時にそれぞれの場所から相手に語りかけようと約束します。 激戦のなかでシコは撃たれ、彼は戦死したとディアーヌに伝えられました。 しかし、それは誤報で、シコは失明したものの生きて帰ってきたのです。 シコが2人の住まいの屋根裏部屋へ駆け込んできたのは、戦争が終わった日のちょうど午前11時のことでした。 2人はひしと抱き合い、ディアーヌは、これからは私があなたの目になる、と誓いました。 彼はこれを見ながら、周りの人たちがびっくりするほど、身も世もなく泣き続けたそうです。 泣きに泣いて映画館を出たら、死ぬ気持ちがさっぱりなくなっていました。 その後、何とか旅費を工面し、東京に向かいました。 その後、菊田一夫はサトウハチローの紹介で浅草国際劇場の文芸部に入りました。 以後、順調に劇作家の道を歩むのですから、いくぶん身勝手なところがあったにしろ、サトウハチローが菊田一夫の大恩人だったことはまちがいありません。 『君の名は』のmp3を作りながら、こんなことを思い出しました。 (二木紘三) ラジオでドラマが始まると女湯がカラになると言われた『君の名は』の映画化が昭和28年ですか・・。 当時五歳の私が住んでいた島根県奥石見の小さな町にはこの映画が掛からなかったのか、近所の奥様連中に手を引かれて、山口県萩の映画館まで見に行ったことがあります。 もちろん五歳の私にとっては映画などよりもルンルンの旅行気分。 クルマ社会ではない当時のこととて、山口線で石見益田、山陰本線下りに乗換えて萩(おそらく東萩駅)まで。 ところが奥様連中は映画に熱中した挙句、終発に乗り損ねてしまい、仕方なく東萩駅の待合室のベンチでオーバーを掛け布団代わりの私を含め五、六人が始発までの夜を明かしたことがあります。 ・・遠い思い出です。 投稿: 乙女座男 2007年10月 3日 水 03時41分 「君の名は」のラジオ放送は、1952年から54年にかけてされたそうですから、生意気にも11歳から13歳にかけて私もラジオにかじりついていました。 そんな小学生の男の子の私でさえ聴いていたのですから、「この時間は女湯が空っぽ」伝説も嘘ではないと思います。 すごいですよね。 でも、このストーリーはどこかで見たことがあるけど、何だっかかなあと思って考えたら、「哀愁」 1940年 というアメリカ映画によく似ていることに気付きました。 冒頭の、戦時下での橋の上での出会いなどはそっくりですものね。 ここはアイデアを拝借したのでしょうね。 しかし、こんなことはあちこちのドラマによくあることで、菊田一夫さんのストーリーテラーとしての才能にいささかのけちをつけるわけではありません。 ただ、たくさんの大衆小説や脚本を書く作家は、やはり、世界各国の本の中からアイデアを頂いているものが多いんだろうなと思いました。 この曲はやっぱりなつかしいです。 投稿: 吟二 2009年6月27日 土 23時34分 私が子供だった昭和30年代、『君の名は』は既に半ば伝説化している番組でした。 お二人の橋の上でのすれ違いの場面だけは、子供ながらに知っていましたし、たまにこの歌がラジオから流れていたように記憶しています。 吟二様ご指摘の、映画『哀愁』との類似。 なるほどと思いますね。 『哀愁』はなかなか秀逸な日本語タイトルですが、原題は『WATERLOO BRIGE』ですからね。 そのとおり、冒頭とラストがウォーターロー橋での場面でしたね。 第二次世界大戦の戦地に赴く前、夜霧が立ちこめる橋上に佇む英国将校クローニン(ロバート・クーパー)。 彼が手に握りしめているのは、妻だった元バレエダンサーのマイラ(ヴィヴィアン・リー)の形見の品。 そこから第一次世界大戦時の二人の出会いから別離までの回想シーンが…。 橋上で初めて出会ったその夜、二人がとあるダンスホールで踊るシーンがありました。 生バンド演奏に合わせて、つかの間の至福のダンス。 そのラストの曲が『蛍の光』。 二人のその後の運命が暗示されているようで、あれほど印象的で切ない『蛍の光』はありませんでした。 一般的にヴィヴィアン・リーの代表作といえば、この映画とほぼ同時期制作の『風と共に去りぬ』です。 太平洋戦争中これを観た日本軍将校が、「こんな映画を作れる国と戦争しても勝てっこない」と密かに舌を巻いたというカラー巨編でした。 でも私の中でヴィヴィアン・リーの代表作は、白黒映画の『哀愁』を置いて他にありません。 (マイラ役の彼女の何と美しかったこと! ) のみならずこの映画は、史上最高の恋愛映画の一つだとも思います。 (何やら『哀愁』コメントになってしまい、申し訳ございません。 ) 投稿: Lemuria 2009年6月30日 火 01時51分 前からお邪魔しては、懐かしい曲を聴かせて頂き、時には大きな声で唄わせて頂き、楽しませて頂き有難うございます。 当時の事を思い出しながら懐かしさを満喫しております。 そして、コメントも書かせて頂いていましたが、どうしても此の「君の名は」につきましては書く事ができないで今日まで来ました。 この「君の名は」のラジオ放送がありました頃は、1歳に満たない長男をおいて結核療養所に入院していました。 この放送が始りますと同室の患者さんと聞いていましたが、物語よりも長男を思って泣いていました。 ですから「君の名は」の思い出は今も当時を思い出す唄になっています。 その長男も孫に恵まれておじいさんになっていますが、私にとっては、あの当時の一歳の子供が甦ります。 投稿: ちづる 2010年4月19日 月 23時49分 けんしさんの言われる「君の名はのつづき」がないかと言うご質問の意味と違うかもしれませんが、 1.「君の名は」の歌詞は二木先生が書かれたように3番までです。 昭和28年発売です。 2.これのアンサーソングとして、春樹の立場で書かれたのが「君いとしき人よ」です。 昭和29年発売です。 作詞作曲は同じく、菊田一夫詞、古関裕而曲ですが、唄は伊藤久男です。 株 全音楽譜出版社「日本の詩情」 昭和48年までの歌を収録 より。 3.この物語りの後日談ストーリーの歌は、私は知りません。 NHKの朝ドラは1,2回しか見なかったので、これ用のどんな歌が有ったのか無かったのか記憶にありません。 投稿: 吟二 2011年12月23日 金 11時29分 古関裕而の名曲ですね。 毎月アコーディオン伴奏をさせてもらっている某歌の会の集まりで、今月はこの曲他数曲を取り上げようと思っています。 ところで、MIDIを聞いて少し気になった点。 リズムに付点音符が使用されていますね。 原曲の織井茂子は付点を付けていなかったように思います。 原曲が頭の中に残っているので、何か違和感を感じます。 最近のフォレスタも付点を付けて歌っています。 楽譜を調べてみると、手持ちの「古関裕而作品集」では織井茂子の歌い方どおり、付点はついていない。 これが原盤かどうかは私にも分りませんが、多分そうだと思います。 その後の「歌謡曲の全て」では、付点のついた楽譜が掲載されています。 違和感を持つのは私だけでしょうか。 投稿: atsuo 2014年11月12日 水 22時46分 このドラマが放送されたのは、私が小学校2年生の時でした。 ハモンドオルガンをバックに「忘却とは忘れ去ることなり・・・・」のラジオから流れるナレーションは今でも鮮明に憶えています。 あらすじは幼いこともあり、深く理解できませんでしたが、なんとなく男女間の出来事であることは理解していたと記憶しています。 真空管のラジオは、カミナリが近づくとザーという雑音がはいり、夜になると海外放送などが混線し電波状態はあまり良くありませんでした。 しかし、テレビ等ない時代、新聞に次ぐ情報源としてのラジオは貴重な存在でした。 あらゆるメディアが存在し、自由に選択できる現代社会、まさに隔世の感があります。 そんな私も今年 2015年 は古稀を迎えます。 投稿: タケオ 2015年1月 4日 日 22時07分 今日の朝日「天声人語」に「アニメ・君の名は」が取り上げられています。 空前のヒット作のようですがまだみていません。 聞いている限りでは「転校生」のようなイメージですが、我々世代ではこの題名はちょっと?ではないでしょうか。 最初は「夢と知りせば」だったそうです。 「ライオンキング」と「ジャングル大帝レオ」に感じる違和感と同じかも知れません。 閑話休題。 この歌は生意気盛りの頃ラヂオで確か木曜日の夜に流れていました。 時は流れ新婚早々の転勤で東京に出た時ワイフの希望で数寄屋橋に行きました。 すでに「数寄屋橋ここにありき」の時代でした。 今も一番だけは空で歌えます。 レムリアさんの言われる「哀愁」とは大分離れていると思いますが、実はロンドンに旅した時ウオータールー橋に佇んだ思い出があります。 昼だったのであの大佐が人形を持つファーストシーンは無縁でした。 長いこと勘違いしていましたが「この世の花」がこの歌の続編だと思っていました。 投稿: しょうちゃん 2016年10月 6日 木 08時59分.

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【わかりやすく簡潔に歌詞分析】Official髭男dism「Pretender」

君はいた確かにここに 曲名

一人で安倍米店で留守番(?)をしているときに全力で熱唱していたのがまさにこの「君が好き」でした。 この時からさおりが登場するとよく流れるようになりました。 まさに「さおり(米子)のテーマ」「さおりの登場曲」と言ってもよいですよね。 特に曲中に「 好き」という言葉が何度も登場し、さおりの三男への気持ちをまさに代弁した曲となっていました。 内容としては三男がさおりの告白の返事をするというこのシーンですが、ここでのさおりのテンパリ具合が何ともコミカルでしたよね。 話の流れを簡単に説明するとこんな感じでした。 三男がさおりに話を切り出す。• さおりは「返事?違うよね」といつもの調子で茶化した返事をする。• 三男が「そうです」というと、さおりが急にテンパる。 そして「聞きたくない」と全力で三男の返事を拒絶する。• さおりが全力で拒絶している中で「ノーという返事は聞きたくない。 それともイエスだと言うわけ?」と聞くと三男が「Yesです」と答える。• ようやく二人は恋人同士に。 とまあ、さおりらしいと言えばさおりらしい反応でしたね(笑)。 確かに三男とさおりの関係については完全に外堀どころか内堀も埋まっている状態です。 しかし、肝心の三男が首を縦に振らないために、自分への三男の想いはいつまでも一方通行なのではないか?という不安はあったんですよね。 それだけに三男の返事はさおりにとっては思いがけないものだったんでしょうかね。 スポンサーリンク ひよっこの挿入歌「君が好き」の歌手は誰?意外な事実も!? 実はひよっこの挿入歌「君が好き」は既に発売されているサントラに収録されている曲です。 具体的には8月30日発売のに入っているんですよね。 ・・・しかし、既にこのサントラを買っている人は気がついたかと思いますが、実は収録曲の一覧を見ても「君が好き」という名前の曲はどこにもありません。 それもそのはずです。 実は「君が好き」は正式名称ではないからです。 本当の曲名は「恋のうた」です。 これなら確かにありましたよね。 ひよっこの挿入歌「君が好き」こと「恋のうた」を歌っているのは 太田裕美さんです。 太田裕美さんはシンガーソングライターで「昭和の美人歌姫」とも呼ばれています。 太田裕美さんといえば何と言っても「木綿のハンカチーフ」が有名ですが、その他にも今回のひよっこの挿入歌など数々の名曲を出しているんですよね。 今回ひよっこで「さおりのテーマ曲」として定着した(?)「恋のうた」ですが、再び注目を集めることになるんでしょうかね。 以上、ひよっこの挿入歌「君が好き」こと「恋のうた」についてでした。 最後までご覧いただきありがとうございました! PV数ランキング• わろてんかのキャストの「噂」に関する記事です。 どうやら「わろてんか キャスト 佐藤健」というキーワードが結構検索されているようなのですが、一体どういうことなんで... べっぴんさんに出演している小堀正博さんに関する記事です。 べっぴんさんの小堀正博といえば、坂東営業部の社員の1人秋山を演じています。 「べっぴんさん」を見る限りでは... ひよっこの東京編のキャストについての記事です。 以前、「向島電機」時代の相関図については簡単に紹介しましたが、今回は「すずふり亭」時代の相関図です。 ひよっこのキャストの相関図 nhk公式)についての記事です。 いよいよ、朝ドラ「ひよっこ」が2017年4月3日から始まりますね。 気になるのは「ひよっこ」のヒロイン... 2019年上期(春夏)放送の朝ドラ「夏空(なつぞら)」のキャストについての記事です。 早くも2018年4月になつぞらの序盤となる「北海道・十勝編」のキャストについ...

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