ケーキを食べればいいじゃない。 「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」。実はマリー・アントワネットの言葉じゃないんです!本当に言ったのは誰?

イルミナティカードの予言 Ver125 ケーキをたべればいいじゃない編

ケーキを食べればいいじゃない

~この当時のフランスは、 大変な飢饉状態。 ~ 家来:「国民は飢えており、パンも食べる事ができません。 パンが無い=代わりにお菓子を食べればいい!という ズレタ言葉には、『 マリー・アントワネットは世間知らずのおめでたいお嬢様』という印象を抱かせるのに十分な効果があります。 でも、この発言は 誤解なんです。 正確に言うと、 誤訳なんです。 収入の半分をパン代にあてていた訳ですね。 こう聞くと、、 お金が無いのに高い物を食べようとしている国民を非難している言葉にも聞こえますよね。 つまり、 『身の丈に合った生活をしなさい』 という、真っ当な事を言っている訳です。 常識ある発言 ですね。 -SPONSORED LINK- 日本にもある、似たような話 米が高騰していた時代に、ある政治家が言ったとされる 『貧乏人は麦を食え!』 が有名ですね。 記者:「米の価格が高騰しています。 どうお考えですか?」 政治家:「所得に応じて、所得の多い人は米を食う、所得の少ない人は麦を多く食う、というような、経済の原則に則った方向にしたい」 記者:「なるほど。 分りました!明日新聞に出しますね」 新聞社に戻り、記事を書きながら 記者:「見出しにするには言葉が長いな~。 略しちゃえ!」 新聞:【貧乏人は麦を食え!】 政治家:「!?意味が違うぅ~!!」 発言が、 違う人によって他に伝えられる時、このように真意が違って伝わることがしばしばありますね。 長いインタビューを記事にする時、インタビューのある部分は使って、ある部分は使わないでってしたら、 発言者の真意とは正反対の事として記事を作ることも可能です。 最近のメディアでもよくあります…。 -SPONSORED LINK- 最後に この話には 諸説あります。 そもそもマリー・アントワネットは『ブリオッシュを食べろ』とか、 そんな事すら言っていないという説もありますし、その説が 有力です。 果たして、真相はどっちなんでしょうかね? 実際のマリー・アントワネットは、国民は貧しいのに自分は浪費をしまくる大変な王妃だったようなので、常識人とは言えませんが…。 詳細: この話題に関しては以上です!.

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お祝いにかかせないケーキの話

ケーキを食べればいいじゃない

こんにちは。 母になって104日目。 息子が!寝なくなったぞ!!! もくじ• 息子が寝ません 息子が寝なくなりました。 なんだ〜10時間が9時間になっただけじゃん〜 余裕余裕〜 …って、思うじゃないですか。 ネルノダ、やるなあ。 ネルノダのCMソング、いっときどハマりして延々歌ってました。 夫にはまたようわからん自作ソング歌ってんなあと思われてたらしいです。 ちがうわ! いや自作ソングのときもあるけど!今回はちがうわ! 息子が新生児のころは結構しんどくて追い詰められることも多かったんですけど、今はもう全力でふざけることで割と楽しく乗り切ってます。 歌だけだとなんだか物足りないので、最近はセリフを入れるようにしています。 なんかアホらしくなって楽しいですよ。 オススメ。 おまけ:ボンバーって何 「確かにボンバー」 「お疲れボンバー」 確かに夫とのラインでしか使わないなあ… どっちが言い出したんだろう… ボンバーって…何? おわりに 私たちの会話は、ボケるか、つっこむか、ボケにのっかるかの3つしかありません。 まともな会話をしません。

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私は白米、麺類、揚げ物、ケーキなどを太るんじゃないかと思い食...

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マリー・アントワネットの言葉でないとしたら、誰の? この言葉の起源ではないか? とされるのが、フランスの哲学者、ジャン・ジャック・ルソーの自伝『告白』です。 まずは、その記述が登場するまでの『告白』の流れを要約しますと…。 ルソーがあるとき、ワインの供にパンが欲しいと思ったものの、そのときの自身の服装があまりにオシャレすぎて、ふつうのパン屋に入っていくにはちょっとな、と感じたそうで。 その際にふと、「ある大変に身分の高い女性」の言葉を思い出すのです。 ~とうとうある王女がこまったあげくに言ったという言葉を思いだした。 百姓どもには食べるパンがございません、といわれて、「ではブリオシュ〔パン菓子〕を食べるがいい」と答えたというその言葉である。 ~ (ルソー『告白錄』中巻、井上究一郎訳、新潮社〈新潮文庫〉、1958年より) そこでルソーはパン屋ではなく、高級菓子店に赴く…という内容です。 これが、どうやら後年、いろいろな物語や歴史家に引用される際、あたかもフランス革命直前のマリー・アントワネットの言葉であったかのように、広まってしまったようなのです。 このエピソードが登場するルソーの自伝『告白』が書かれたとき、マリー・アントワネットはまだ9歳 しかし、ルソーの自伝に登場する「ある王女」が、マリー・アントワネットであるはずがないのです。 なぜならば、この自伝が書かれたのは1765年。 当時、マリー・アントワネットはまだ9歳。 オーストリアの親元で子供時代を過ごしており、後年フランスに嫁ぐという話もまだ、まったく出ていないころなのです。 当然、フランスに住むルソーが、その存在を知るすべもなかったはず。 また、『告白』はルソーの自伝と言う様式をとってはいますが、史実と照らし合わせると、ルソーが事実とは異なる演出を加えた、半ば創作の小話も入っている、という見方も多いのです。 マリー・アントワネットは浪費家だったとも言われていますが「飢饉の際に宮廷費を削って寄付をした」など、軽薄ばかりとはいえない一面も持っていたようです。 「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」はジャン・ジャック・ルソーの自伝『告白』の言葉 いずれにしても、「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という言葉を、マリー・アントワネットが発した、という史実はどこにも残っておらず、その名言のネタ元と思われる著作にも関わりようがなかった、というのが真実。 この名言とアントワネットが結びつけられたのは、後年のアンチ王政の歴史家の演説によるものだ、という説や、そもそもフランス人でないアントワネットに、フランス国内のアンチ派も多く、暦年のフランス王政の諸悪の根源イメージを背負わせるのが「都合がいい」と考えた彼らの意図によるものだ、という説など、諸説混在し、正確な起源は明らかではありません。 それにしては「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」=マリー・アントワネット、というイメージは、あまりにも広く流布されてしまいましたよね。 彼女はいろいろな意味で「悲劇の王妃」なのです。

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