帰 蝶 の はかり ごと。 「今あなたに終わりが来ている」 — ものみの塔 オンライン・ライブラリー

5分でわかるツバメの生態!巣作りの時期や子育て法、種類や寿命などを解説

帰 蝶 の はかり ごと

1,2. (ア)エゼキエルはどんな 不 ふ 可 か 解 かいな 行 こう 動 どうを 取 とりましたか。 ( 冒 ぼう 頭 とうの 挿 さし 絵 えを 参 さん 照 しょう。 )(イ)その 行 こう 動 どうは 何 なにを 予 よ 告 こくするものでしたか。 捕 ほ 囚 しゅうにされてバビロンに 住 すんでいるユダヤ 人 じんの 間 あいだで, 預 よ 言 げん 者 しゃエゼキエルの 奇 き 妙 みょうな 行 こう 動 どうに 関 かんするうわさが 瞬 またたく 間 まに 広 ひろまります。 エゼキエルは1 週 しゅう 間 かん, 放 ほう 心 しん 状 じょう 態 たいで 何 なにも 言 いわずに 座 すわっていましたが, 突 とつ 然 ぜん 立 たち 上 あがって 家 いえに 閉 とじこもりました。 その 後 ご, 当 とう 惑 わくした 隣 りん 人 じんたちが 見 みている 中 なか, 家 いえから 出 でてきてれんがを1つ 手 てに 取 とり, 自 じ 分 ぶんの 前 まえに 置 おいて,それに 絵 えを 彫 ほります。 それから 無 む 言 ごんで,れんがを 囲 かこむ 壁 かべを 作 つくり 始 はじめます。 () 2 やじ 馬 うまがどんどん 集 あつまってきたことでしょう。 そして,「これは 一 いっ 体 たいどういうことなのだろう」と 思 おもったに 違 ちがいありません。 捕 ほ 囚 しゅうにされたユダヤ 人 じんたちが 後 あとになってから 理 り 解 かいしたことですが,エゼキエルの 不 ふ 可 か 解 かいな 行 こう 動 どうはエホバ 神 かみの 正 せい 当 とうな 怒 いかりを 表 あらわす 恐 おそろしい 出 で 来 き 事 ごとを 予 よ 告 こくしていました。 それはどのような 出 で 来 き 事 ごとでしたか。 古 こ 代 だいのイスラエル 国 こく 民 みんはどうなりましたか。 いま 清 きよい 崇 すう 拝 はいを 行 おこなっている 人 ひとたちはその 出 で 来 き 事 ごとから 何 なにを 学 まなべますか。 3,4. (ア)エゼキエルは, 神 かみによる 処 しょ 罰 ばつのどんな3つの 要 よう 素 そを 演 えんじましたか。 (イ)エゼキエルはエルサレムの 包 ほう 囲 いをどのように 演 えんじましたか。 3 紀 き 元 げん 前 ぜん613 年 ねんごろ,エホバはエゼキエルに 指 し 示 じを 与 あたえ,エルサレムに 対 たいする 処 しょ 罰 ばつの3つの 要 よう 素 そを 演 えんじさせました。 それは,エルサレムの 包 ほう 囲 い, 住 じゅう 民 みんの 苦 くる しみ,そして 都 と 市 しと 住 じゅう 民 みんの 滅 ほろ びです。 この3つの 要 よう 素 そをもっと 詳 くわしく 見 みてみましょう。 4 エルサレムの 包 ほう 囲 い。 エホバはエゼキエルに,「れんがを1つ 持 もってきて, 自 じ 分 ぶんの 前 まえに 置 おき……それを 包 ほう 囲 いし」なさい,と 言 いいました。 ( を 読 よ む。 )れんがはエルサレムを,エゼキエルはエホバが 用 もちいるバビロニア 軍 ぐんを 表 あらわしていました。 エゼキエルはまた, 包 ほう 囲 い 壁 へきや 土 ど 塁 るいや 破 は 城 じょう 槌 ついを 作 つくってれんがの 周 まわりに 置 おくよう 指 し 示 じされました。 それらは, 敵 てきがエルサレムを 攻 こう 撃 げきする 際 さいに 使 つかうものを 表 あらわしていました。 エゼキエルはさらに, 敵 てき 軍 ぐんの 鉄 てつのような 強 つよさを 表 あらわす「 鉄 てっ 板 ぱん」を 自 じ 分 ぶんと 都 と 市 しの 間 あいだに 置 おいて「 顔 かおを 都 と 市 しに 向 むけ」るように,と 言 いわれました。 この 一 いち 連 れんの 行 こう 動 どうは,「イスラエル 国 こく 民 みんに 対 たいするしるし」となり, 思 おもいも 寄 よらないことが 起 おきようとしていることを 示 しめしました。 エホバは,ご 自 じ 分 ぶんの 民 たみの 主 しゅ 要 ような 都 と 市 しで,ご 自 じ 分 ぶんの 神 しん 殿 でんがあるエルサレムを, 敵 てきの 軍 ぐん 隊 たいを 用 もちいて 包 ほう 囲 いするのです。 エルサレムの 住 じゅう 民 みんはどうなりますか。 エゼキエルはそのことをどのように 示 しめしましたか。 5 エルサレムの 住 じゅう 民 みん の 苦 くる しみ。 エホバはエゼキエルに,「 小 こ 麦 むぎ, 大 おお 麦 むぎ, 空 そら 豆 まめ,レンズマメ,キビ,スペルト 小 こ 麦 むぎを1つの 器 うつわに 入 いれ……パンを 作 つくり」,「1 日 にちにつき230グラムの 食 しょく 物 もつを 量 はかって 食 たべる」ようにと 命 めいじました。 それから,「 私 わたしは…… 食 しょく 物 もつが 手 てに 入 はいらないようにする」と 説 せつ 明 めいします。 ()このたびは,エゼキエルはバビロニア 軍 ぐんではなく,エルサレムの 住 じゅう 民 みんを 表 あらわしていました。 エゼキエルの 行 こう 動 どうは, 包 ほう 囲 いによって 都 と 市 しの 食 しょく 物 もつが 不 ふ 足 そくすることを 予 よ 告 こくするものでした。 包 ほう 囲 いの 間 あいだ,パンは 普 ふ 通 つうなら 使 つかわない 材 ざい 料 りょうを 混 まぜて 作 つくることになります。 つまり, 人 ひと 々 びとは 手 て 元 もとにあるもので 食 くいつなごうとするのです。 飢 き 餓 がはどれほど 深 しん 刻 こくなものになるのでしょうか。 エホバはエゼキエルを 通 とおしてエルサレムの 住 じゅう 民 みんに 直 ちょく 接 せつ 語 かたり 掛 かけるかのように,「あなたの 中 なかで 親 おやが 子 こを 食 たべ, 子 こが 親 おやを 食 たべる」と 言 いいました。 大 おお 勢 ぜいの 人 ひとが「 飢 き 餓 がという 矢 や…… 命 いのちを 奪 うばうその 矢 や」によって 苦 くるしみ,「 痩 やせ 衰 おとろえていく」ことになります。 () 6. (ア)エゼキエルは 同 どう 時 じにどんな2つの 役 やく 割 わりを 演 えんじましたか。 (イ)「 毛 けを 量 はかり,3つに 分 わけなさい」という 命 めい 令 れいは 何 なにを 示 し 唆 さしていましたか。 6 エルサレムと 住 じゅう 民 みん の 滅 ほろ び。 預 よ 言 げんのこの 部 ぶ 分 ぶんでは,エゼキエルはエホバとユダヤ 人 じんという2つの 役 やく 割 わりを 同 どう 時 じに 演 えんじました。 まず,エホバが 行 おこなおうとしていたことについては,「 鋭 するどい 剣 つるぎを 手 てに 取 とって, 理 り 髪 はつ 師 しのかみそりのように 使 つかい」なさいと 指 し 示 じされました。 ( を 読 よ む。 ) 剣 つるぎを 使 つかうエゼキエルの 手 ては,バビロニア 軍 ぐんを 使 つかうエホバの 手 て,つまりエホバによる 処 しょ 罰 ばつを 表 あらわしていました。 また,ユダヤ 人 じんが 経 けい 験 けんすることに ついては,「 頭 あたまと 顎 あごひげをそりなさい」と 言 いわれました。 エゼキエルが 毛 けをそることは,ユダヤ 人 じんが 攻 こう 撃 げきされて 殺 ころされることを 表 あらわしていました。 さらに,「はかりを 使 つかって 毛 けを 量 はかり,3つに 分 わけなさい」という 命 めい 令 れいは,エルサレムに 対 たいするエホバの 処 しょ 罰 ばつがむやみにではなく, 計 けい 画 かく 的 てきかつ 徹 てっ 底 てい 的 てきに 行 おこなわれることを 示 し 唆 さしていました。 エホバがエゼキエルに, 毛 けを3つに 分 わけて,それぞれに 違 ちがうことを 行 おこなうよう 指 し 示 じしたのはなぜですか。 7 エホバはエゼキエルに,そり 落 おとした 毛 けを3つに 分 わけて,それぞれに 違 ちがったことをするよう 指 し 示 じしました。 それはなぜでしょうか。 ( を 読 よ む。 )エゼキエルが 毛 けの3 分 ぶんの1を「 都 と 市 しの 中 なかで」 燃 もやしたことは,エルサレムの 住 じゅう 民 みんの 一 いち 部 ぶが 都 と 市 しの 中 なかで 死 しぬことを 示 しめしていました。 また, 毛 けの3 分 ぶんの1を「 都 と 市 しの 周 しゅう 囲 いで」 剣 つるぎで 打 うったことは, 都 と 市 しの 外 そとで 殺 ころされる 住 じゅう 民 みんもいることを 表 あらわしていました。 毛 けの 最 さい 後 ごの3 分 ぶんの1を 風 かぜに 散 ちらしたことは, 国 くに 々 ぐにに 散 ちらされる 住 じゅう 民 みんもいることを 示 しめしていました。 とはいえ,「 剣 つるぎ」が「その 後 あとを 追 おう」ことになります。 ですから, 生 いき 残 のこった 人 ひとたちは,どこで 暮 くらすことになるとしても 安 やすらぎを 得 えられません。 (ア)エゼキエルが 演 えんじた 預 よ 言 げんには,どんな 希 き 望 ぼうが 含 ふくまれていましたか。 (イ)「 少 すこし」の 毛 けに 関 かんする 預 よ 言 げんはどのように 実 じつ 現 げんしましたか。 8 とはいえ,エゼキエルが 演 えんじた 預 よ 言 げんには, 希 き 望 ぼうも 含 ふくまれていました。 エゼキエルがそり 落 おとした 毛 けについてエホバは,「あなたはその 毛 けを 少 すこし 取 とっておいて, 服 ふくのひだに 包 つつまなければならない」と 言 いいました。 ()その 命 めい 令 れいは, 国 くに 々 ぐにに 散 ちらされるユダヤ 人 じんのうち「 少 すこし」の 人 ひとが 生 いき 延 のびることを 示 しめしていました。 その 中 なかには,バビロンでの70 年 ねんに 及 およぶ 捕 ほ 囚 しゅうの 後 あとにエルサレムに 帰 き 還 かんする 人 ひとたちもいるのです。 ()この 預 よ 言 げんは 実 じつ 現 げんしたでしょうか。 確 たしかに 実 じつ 現 げんしました。 バビロン 捕 ほ 囚 しゅうが 終 おわり, 幾 いくらか 年 ねん 月 げつがたった 後 あとに, 預 よ 言 げん 者 しゃハガイは, 散 ちらされたユダヤ 人 じんのうち 少 しょう 数 すうの 人 ひとがエルサレムに 帰 き 還 かんしたことを 伝 つたえています。 それは,「 以 い 前 ぜんの 神 かみの 家 いえを」つまりソロモンの 神 しん 殿 でんを「 見 みたことがある 年 とし 老 おいた 人 ひとたち」でした。 ()エホバは 約 やく 束 そくした 通 とおり, 清 きよい 崇 すう 拝 はいが 消 しょう 滅 めつしないようにしました。 清 きよい 崇 すう 拝 はいの 回 かい 復 ふくについては,この 本 ほんので 詳 くわしく 取 とり 上 あげます。 () 9,10. エゼキエルが 演 えんじた 出 で 来 き 事 ごとは, 将 しょう 来 らい 起 おきると 予 よ 告 こくされているどんな 重 じゅう 要 ような 事 こと 柄 がらを 思 おもい 起 おこさせますか。 9 エゼキエルが 演 えんじた 出 で 来 き 事 ごとは, 聖 せい 書 しょが 将 しょう 来 らい 起 おきると 予 よ 告 こくしている 重 じゅう 要 ような 事 こと 柄 がらを 思 おもい 起 おこさせます。 例 たとえばどんなことでしょうか。 古 こ 代 だいエルサレムの 場 ば 合 あいと 同 どう 様 よう,エホバは 政 せい 治 じ 勢 せい 力 りょくを 用 もちいて 思 おもいも 寄 よらないことを 行 おこないます。 地 ち 上 じょうの 間 ま 違 ちがった 宗 しゅう 教 きょう 組 そ 織 しき 全 すべてを 攻 こう 撃 げきさせるのです。 ()エルサレムの 滅 ほろびが「 類 るいを 見 みない 災 わざわい」だったように,「 大 だい 患 かん 難 なん」とハルマゲドンの 戦 たたかいはそれまで「 起 おきたことがな[い]」ような 出 で 来 き 事 ごとになります。 () 10 聖 せい 書 しょによれば, 間 ま 違 ちがった 宗 しゅう 教 きょうを 支 し 持 じする 個 こ 々 この 人 ひとたちは, 宗 しゅう 教 きょう 組 そ 織 しきの 滅 ほろびを 生 いき 延 のびるものの, 恐 おそれを 抱 いだき, 他 たのさまざまな 立 たち 場 ばの 人 ひとたちと 共 ともに 隠 かくれる 場 ば 所 しょを 探 さがします。 ()その 人 ひとたちの 状 じょう 況 きょうは, 古 こ 代 だいエルサレムの 滅 ほろびを 生 いき 延 のびて「 風 かぜに」 散 ちらされた 住 じゅう 民 みんたちの 状 じょう 況 きょうに 似 にています。 で 考 かんがえたように,その 住 じゅう 民 みんたちは 一 いち 時 じ 的 てきに 命 いのち 拾 びろいしましたが,エホバは「 剣 つるぎを 抜 ぬいてその 後 あとを 追 お」いました。 () 同 おなじように, 宗 しゅう 教 きょう 組 そ 織 しきへの 攻 こう 撃 げきを 生 いき 延 のびた 人 ひとたちがどこに 隠 かくれようとも,エホバの 剣 つるぎから 逃 のがれることはできません。 その 人 ひとたちはハルマゲドンで, 他 たのヤギのような 人 ひとたち 全 すべてと 共 ともに 死 しを 迎 むかえます。 () 良 よ い 知 しらせを 伝 つたえることに 関 かんしては「 口 くちが 利 きけなく」なる。 11,12. (ア)エルサレムの 包 ほう 囲 いに 関 かんするエゼキエルの 預 よ 言 げんを 理 り 解 かいすると, 宣 せん 教 きょうについてどう 感 かんじるようになりますか。 (イ) 私 わたしたちが 伝 でん 道 どうで 伝 つたえるメッセージはどのように 変 かわると 思 おもわれますか。 11 この 預 よ 言 げんを 理 り 解 かいすると, 宣 せん 教 きょうとその 緊 きん 急 きゅう 性 せいについてどう 感 かんじるようになるでしょうか。 エホバに 仕 つかえるよう 人 ひと 々 びとを 助 たすけるために,いま 最 さい 善 ぜんを 尽 つくす 必 ひつ 要 ようがある,ということを 改 あらためて 痛 つう 感 かんさせられます。 なぜなら,「 全 すべての 国 くにの 人 ひと 々 びとを 弟 で 子 しと」するために 残 のこされている 時 じ 間 かんはわずかだからです。 ()「つえ」つまり 政 せい 治 じ 勢 せい 力 りょくが 宗 しゅう 教 きょうを 攻 こう 撃 げきし 始 はじめると, 私 わたしたちはもはや 救 すくいに 関 かんするメッセージを 伝 つたえなくなります。 () 良 よ い 知 しらせを 伝 つたえることに 関 かんしては「 口 くちが 利 きけなく」なるのです。 エゼキエルがある 期 き 間 かん, 口 くちが 利 きけなくなり,メッセージを 伝 つたえるのをやめたのと 同 どう 様 ようです。 () 間 ま 違 ちがった 宗 しゅう 教 きょうが 滅 ほろびた 後 あと, 人 ひと 々 びとはある 意 い 味 みで 必 ひっ 死 しに「 預 よ 言 げん 者 しゃに 預 よ 言 げんを 求 もとめる」でしょう。 しかし, 命 いのちを 救 すくうための 指 し 示 じが 与 あたえられることはありません。 ()そうした 指 し 示 じを 受 うけてキリストの 弟 で 子 しになるための 時 じ 間 かんは 尽 つきたのです。 12 とはいえ, 伝 でん 道 どうする 務 つとめがなくなるわけではありません。 なぜなら,おそらく 大 だい 患 かん 難 なんの 間 あいだ, 私 わたしたちは 神 かみによる 処 しょ 罰 ばつに 関 かんするメッセージを 伝 つたえ 始 はじめることになるからです。 ひょうの 災 さい 厄 やくのようなそのメッセージにより,この 邪 じゃ 悪 あくな 世 よが 終 おわろうとしていることが 明 あきらかになります。 () 13. エホバがエゼキエルに, 体 からだの 左 ひだり 側 がわそして 右 みぎ 側 がわを 下 したにして 横 よこたわるよう 指 し 示 じしたのはなぜですか。 13 エゼキエルは,エルサレムが どのように 滅 ほろびるかだけでなく, いつ 滅 ほろびるかも 演 えんじてみせました。 エホバから, 体 からだの 左 ひだり 側 がわを 下 したにして390 日 にち 間 かん,また 右 みぎ 側 がわを 下 したにして40 日 にち 間 かん 横 よこたわるよう 指 し 示 じされました。 1 日 にちは1 年 ねんに 相 そう 当 とうします。 ( を 読 よ む。 )エゼキエルが 横 よこたわった 期 き 間 かんは,エルサレムが 滅 ほろびる 年 としを 正 せい 確 かくに 示 しめしていました。 もっとも,エゼキエルは 一 いち 日 にち 中 じゅうずっと 横 よこたわっていたわけではなかったでしょう。 イスラエルが 過 あやまちを 犯 おかした390 年 ねん 間 かんは, 紀 き 元 げん 前 ぜん997 年 ねんに 始 はじまったようです。 その 年 としに,12 部 ぶ 族 ぞく 王 おう 国 こくは2つに 分 ぶん 裂 れつしました。 ()ユダが 罪 つみを 犯 おかした40 年 ねん 間 かんは, 紀 き 元 げん 前 ぜん647 年 ねんに 始 はじまったと 思 おもわれます。 その 年 としにエレミヤは 預 よ 言 げん 者 しゃとして 任 にん 命 めいされ,ユダ 王 おう 国 こくにやがて 訪 おとずれる 滅 ほろびについて 率 そっ 直 ちょくに 警 けい 告 こくすることになりました。 ()ですから,2つの 期 き 間 かんは 紀 き 元 げん 前 ぜん607 年 ねんに 終 おわることになり,まさにその 年 としに,エルサレムはエホバが 予 よ 告 こくした 通 とおりに 陥 かん 落 らくし, 滅 ほろびました。 エゼキエルはエルサレムが 滅 ほろびる 年 としをどのように 正 せい 確 かくに 示 しめしたか。 (13 節 せつを 参 さん 照 しょう) 14. (ア)エゼキエルは,エホバが 時 じ 間 かん 通 どおりに 物 もの 事 ごとを 行 おこなうという 確 かく 信 しんをどのように 表 あらわしましたか。 (イ)エルサレムが 滅 ほろびる 前 まえにどんなことが 起 おきますか。 14 エゼキエルは,390 日 にちと40 日 にちに 関 かんする 預 よ 言 げんを 与 あたえられた 時 ときには,エルサレムがいつ 終 おわりを 迎 むかえるのか 厳 げん 密 みつには 分 わからなかったかもしれません。 それでも,エルサレムが 滅 ほろびるまでの 間 あいだ,エホバによる 処 しょ 罰 ばつ が 間 ま 近 ぢかに 迫 せまっていることをユダヤ 人 じんたちに 繰 くり 返 かえし 警 けい 告 こくし,「 今 いまあなたに 終 おわりが 来 きている」と 告 つげました。 ( を 読 よ む。 )エゼキエルはエホバが 時 じ 間 かん 通 どおりに 物 もの 事 ごとを 行 おこなうことを 確 かく 信 しんしていたのです。 ()エルサレムが 滅 ほろびる 前 まえに 起 おきる 事 こと 柄 がらについても 予 よ 告 こくし,「 災 さい 難 なんが 相 あい 次 ついで 降 ふり 掛 かか」ると 言 いいました。 そうした 災 さい 難 なんにより, 社 しゃ 会 かい, 宗 しゅう 教 きょう, 政 せい 治 じが 崩 ほう 壊 かいしていくことになります。 () 包 ほう 囲 いされたエルサレムは「 火 ひに 掛 かけ」られた「 鍋 なべ」のようだった。 (15 節 せつを 参 さん 照 しょう) 15. エゼキエルの 預 よ 言 げんのどの 部 ぶ 分 ぶんが 紀 き 元 げん 前 ぜん609 年 ねんから 実 じつ 現 げんし 始 はじめましたか。 15 エゼキエルがエルサレムの 陥 かん 落 らくについて 伝 つたえた 数 すう 年 ねん 後 ごに, 預 よ 言 げんが 実 じつ 現 げんし 始 はじめます。 紀 き 元 げん 前 ぜん609 年 ねん,エゼキエルはエルサレムに 対 たいする 攻 こう 撃 げきが 始 はじまったことを 知 しります。 その 時 とき, 都 と 市 しを 守 まもるために 住 じゅう 民 みんを 集 あつめようとラッパが 吹 ふき 鳴 ならされましたが,エゼキエルが 予 よ 告 こくした 通 とおり「 誰 だれも 戦 たたかいに 行 い」きませんでした。 ()エルサレムの 住 じゅう 民 みんは 集 あつまることをせず, 侵 しん 略 りゃくしてきたバビロニア 人 じんと 戦 たたかって 都 と 市 しを 守 まもろうとはしなかったのです。 ユダヤ 人 じんの 中 なかには,エホバが 助 たすけてくださると 思 おもった 人 ひとたちもいたかもしれません。 かつてアッシリア 人 じんがエルサレムを 攻 せめ 取 とろうとした 時 ときにエホバが 助 たすけてくださり, 天 てん 使 しが 敵 てきをほぼ 壊 かい 滅 めつさせたことがあったからです。 ()しかし,このたびは 天 てん 使 しの 助 たすけはありませんでした。 程 ほどなくして, 包 ほう 囲 いされた 都 と 市 しは「 火 ひに 掛 かけ」られた「 鍋 なべ」のようになり, 住 じゅう 民 みんは 鍋 なべの 中 なかの「 肉 にく 片 へん」のように 捕 とらわれました。 ()1 年 ねん 半 はんにわたる 包 ほう 囲 いで 苦 くるしめられた 末 すえ,エルサレムは 滅 ほろぼされました。 私 わたしたちは,エホバが 時 じ 間 かん 通 どおりに 行 こう 動 どうするという 確 かく 信 しんをどのように 表 あらわせますか。 16 エゼキエルの 預 よ 言 げんのこの 部 ぶ 分 ぶんから 何 なにを 学 まなべるでしょうか。 当 とう 時 じの 状 じょう 況 きょうと, 私 わたしたちが 宣 せん 教 きょうで 伝 つたえるメッセージやそれを 聞 きく 人 ひとたちの 反 はん 応 のうに, 似 にたところがありますか。 エホバは, 間 ま 違 ちがった 宗 しゅう 教 きょうがいつ 滅 ほろびるかを 定 さだめていて,その 時 ときも 時 じ 間 かん 通 どおりに 行 こう 動 どうします。 () 私 わたしたちは, 間 ま 近 ぢかに 迫 せまっているその 時 ときがいつかをはっきりとは 知 しりません。 しかし,エゼキエルのように,エホバの 指 し 示 じ 通 どおり 人 ひと 々 びとに 繰 くり 返 かえし 警 けい 告 こくし,「 今 いまあなたに 終 おわりが 来 きている」と 告 つげます。 そのメッセージを 繰 くり 返 かえす 必 ひつ 要 ようがあるのはなぜでしょうか。 エゼキエルがそうしたのと 同 おなじ 理 り 由 ゆうです。 エルサレムの 滅 ほろびに 関 かんする 神 かみからの 預 よ 言 げんを 聞 きいた 人 ひとたちの 大 たい 半 はんは,それを 信 しんじませんでした。 ()しかし,バビロンで 捕 ほ 囚 しゅうにされていたユダヤ 人 じんの 中 なかには, 後 のちに 正 ただしい 心 こころの 状 じょう 態 たいを 示 しめした 人 ひとたちもいて, 故 こ 国 こくに 帰 き 還 かんすることができました。 () 現 げん 代 だいでも 同 おなじように, 多 おおくの 人 ひとは 今 いまの 世 よが 終 おわるということを 信 しんじようとしません。 ()それでも, 人 ひと 々 びとが 神 かみからのメッセージを 受 うけ 入 いれる 時 じ 間 かんが 残 のこっている 間 あいだ, 私 わたしたちは 誠 せい 実 じつな 人 ひとたちが 命 いのちに 至 いたる 道 みちを 見 みいだせるよう 助 たすけたいと 思 おもいます。 () 古 こ 代 だいエルサレムの 住 じゅう 民 みんが「 自 じ 分 ぶんたちの 銀 ぎんを 通 とおりに 投 なげ 捨 すて」たのはなぜか。 (17 節 せつを 参 さん 照 しょう) 17. やがて 来 くる 大 だい 患 かん 難 なんの 際 さいに, 私 わたしたちはどんなことを 目 めにしますか。 17 エゼキエルの 預 よ 言 げんは 次 つぎのことも 思 おもい 起 おこさせます。 やがて 宗 しゅう 教 きょう 組 そ 織 しきが 攻 こう 撃 げきされる 時 とき, 信 しん 者 じゃたちは「 戦 たたかいに 行 いか」ず, 組 そ 織 しきを 守 まもろうとしない,ということです。 助 たすけを 求 もとめて「 主 しゅよ, 主 しゅよ」と 叫 さけんでも 聞 きかれないことが 分 わかると,その 人 ひとたちは「 震 ふるえ」,「 手 て[が] 力 ちからなく 垂 たれ 下 さがり」ます。 ()ほかにどんなことが 起 おきるでしょうか。 ( を 読 よ む。 )エホバによれば,「 人 ひと 々 びとは 自 じ 分 ぶんたちの 銀 ぎんを 通 とおりに 投 なげ 捨 すて」ます。 これは 古 こ 代 だいエルサレムの 住 じゅう 民 みんが 行 おこなうことですが, 大 だい 患 かん 難 なんの 際 さいに 生 しょうじることにも 当 あてはまります。 その 時 とき, 人 ひと 々 びとは, 来 こようとしている 災 わざわいから 身 みを 守 まもる 上 うえでお 金 かねは 役 やくに 立 たたない,ということに 気 き 付 づきます。 物 もの 事 ごとの 優 ゆう 先 せん 順 じゅん 位 いを 定 さだめることについて,エゼキエルの 預 よ 言 げんからどんな 教 きょう 訓 くんを 学 まなべますか。 18 エゼキエルの 預 よ 言 げんのこの 部 ぶ 分 ぶんにはどんな 教 きょう 訓 くんが 含 ふくまれているでしょうか。 物 もの 事 ごとの 優 ゆう 先 せん 順 じゅん 位 いを 間 ま 違 ちがえてはならないということです。 考 かんがえてみてください。 エルサレムの 住 じゅう 民 みんは, 都 と 市 しと 自 じ 分 ぶんたちの 命 いのちが 終 おわりを 迎 むかえようとしていることや,お 金 かねや 物 ものが 何 なんの 助 たすけにもならないことを 理 り 解 かいした 後 あと にようやく, 物 もの 事 ごとの 優 ゆう 先 せん 順 じゅん 位 いを 大 おお 幅 はばに 見 み 直 なおしました。 持 もち 物 ものを 投 なげ 捨 すて,「 預 よ 言 げん 者 しゃに 預 よ 言 げんを 求 もとめ」 始 はじめましたが,すでに 手 て 遅 おくれでした。 () 対 たい 照 しょう 的 てきに 私 わたしたちは,この 邪 じゃ 悪 あくな 世 よが 終 おわりを 迎 むかえようとしていることをすでに 十 じゅう 分 ぶん 意 い 識 しきしています。 ですから, 神 かみの 約 やく 束 そくに 信 しん 仰 こうを 持 もち, 生 せい 活 かつの 中 なかで 適 てき 切 せつな 優 ゆう 先 せん 順 じゅん 位 いを 定 さだめてきました。 その 結 けっ 果 か, 熱 ねっ 心 しんに 働 はたらいて 天 てんに 宝 たからを 蓄 たくわえています。 それは 永 えい 続 ぞく 的 てきな 価 か 値 ちを 持 もつ 宝 たからであり, 私 わたしたちがそれを「 通 とおりに」 投 なげ 捨 すてることはありません。 ( を 読 よ む。 ) 19. エゼキエルの 預 よ 言 げんにより, 私 わたしたちは 何 なにを 行 おこなうよう 促 うながされますか。 19 まとめると,エルサレムの 滅 ほろびに 関 かんするエゼキエルの 預 よ 言 げんにより, 私 わたしたちは 何 なにを 行 おこなうよう 促 うながされるでしょうか。 神 かみに 仕 つかえるよう 人 ひと 々 びとを 助 たすけるために 残 のこされている 時 じ 間 かんは 少 すくない,ということを 思 おもい 起 おこさせられるので, 時 ときの 緊 きん 急 きゅう 性 せいを 意 い 識 しきしながら 弟 で 子 しを 作 つくる 活 かつ 動 どうに 取 とり 組 くみます。 誠 せい 実 じつな 人 ひとが 天 てんの 父 ちちエホバを 崇 すう 拝 はいするようになるのは 本 ほん 当 とうにうれしいことですが,たとえ 人 ひと 々 びとがエホバを 崇 すう 拝 はいしようとしなくても,エゼキエルが 当 とう 時 じの 人 ひと 々 びとに 警 けい 告 こくし 続 つづけたように,「 今 いまあなたに 終 おわりが 来 きている」と 言 いい 続 つづけます。 () 同 どう 時 じに, 常 つねにエホバを 信 しん 頼 らいし,エホバの 清 きよい 崇 すう 拝 はいを 生 せい 活 かつの 中 なかで 第 だい 一 いちにします。 エゼキエルが 演 えんじた 出 で 来 き 事 ごとは, 将 しょう 来 らい 起 おきると 聖 せい 書 しょが 予 よ 告 こくしているどんな 重 じゅう 要 ような 事 こと 柄 がらを 思 おもい 起 おこさせますか。 エゼキエルがエホバからの 警 けい 告 こくを 伝 つたえる 任 にん 務 むをどう 果 はたしたかを 考 かんがえると,あなたもどのように 宣 せん 教 きょうを 行 おこないたいと 思 おもいますか。 この 章 しょうで 考 かんがえた 預 よ 言 げんが, 物 もの 事 ごとの 優 ゆう 先 せん 順 じゅん 位 いを 見 み 直 なおすのに 役 やく 立 だつと 言 いえるのはなぜですか。 あなたはどんなことを 優 ゆう 先 せんするようになりましたか。

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天びんに関するよくある質問をまとめました。 「シングルレンジ」「デュアルレンジ」「ワイドレンジ」の違いは何ですか? 分解能の違いです。 例えばBX3200S(シングルレンジ)とBX3200H(ワイドレンジ)を例に取りますと、これらの天びんはどちらもひょう量(どれだけの重さのものが載せられるか)は同じ3200gです。 ところが最小表示(最小桁がどこまで読み取れるか)はBX3200S(シングルレンジ)は0. 1gであるのに対しBX3200H(ワイドレンジ)はさらに一桁細かい0. 01gです。 同じひょう量ではワイドレンジ形はシングルレンジ形に比べて、より小さな質量差を検出することができます。 大きなものでも高い分解能で測定したい場合に便利です。 次にデュアルレンジについてですが、上述のワイドレンジとシングルレンジの中間に相当します。 同じひょう量の3200gを例に取るとBX3200D(デュアルレンジ)は3200gのものを測定する場合は最小表示0. 1gとなります。 ところが600g以下のものを測定するなら、最小表示は一桁細かい0. 01gとなります。 大きなものを測定しても、小さなものを測定してもおおよそ同じ位の分解能で測定したい場合に便利です。 また、別の言い方をすれば、デュアルレンジ形はシングルレンジ天びん2台が1台の天びんの中に入っているともいえます。 「国家検定付」が必要になるのはどのような場合ですか。 計量器を 取引・証明のために使用する場合です。 「取引」とは、有償であると無償であるとを問わず、物又は役務の給付を目的とする業務上の行為をいい、「証明」とは、公に又は業務上他人に一定の事実が真実である旨を表明することをいいます。 例えばお肉屋さんのはかりでg当りいくらで売買するとか、薬局での調剤などがこれに当たります。 逆に研究・開発や、製造の中間管理工程での質量測定はこれには該当しません。 なお、平成5年に改訂された計量法により、平成13年11月1日以降は使用できなくなる特定計量器(旧法では特定計量器ではなかったが届出することにより平成13年10月31日まで使用が認められたはかり)がありますので、ご注意下さい。 GLPやGMP、ISO9000シリーズなどのスタンダードに合致させる体制を構築するためにはどのような天びんが必要ですか。 これらのスタンダードに対応するには、使用する天びんは予め自部門で定めた基準内に調整されている必要があり、定期的に点検し、その結果を記録として残しておかねばなりません。 日常的に行わなければならない点検項目としては天びん本体や表示器の汚れなど外観、水平、感度チェック(校正)などがあります。 また、、など天びんが自動的に校正を行ってくれる機種もあります。 これらの機能を有した天びんをご使用になれば大変便利です。 また、当社ではお客様ご所有の分銅や、天びん・はかりのサービスも行っております。 天秤のデータをパソコンに取り込むにはどうすればいいですか。 また簡単に取り込める天秤はありますか。 この機能が搭載された天びんでは、通信ソフトやそのインストールの作業が一切不要です。 RS-232Cケーブル(オプション)をご用意いただき、簡単な設定をするだけでExcelなどWindowsRのアプリケーションへ簡単にデータを取り込んでいただけます。 USBポートを使う場合は、別途変換キットとドライバのインストールが必要です。 WindowsR Vista への対応についてはご注意いただく必要があります。 詳細は。 この機能がない天びん・はかりはRS-232Cインタフェース(オプション)と及びRS-232Cケーブルをご用意いただければ天びんのデータがパソコンに取込めます。 なお、取り込みソフトを自作される場合は各種天びんの取扱説明書に掲載されております、通信コマンドを参照下さい。 また、Visual Basicで作成される場合のヒントを PDF 179KB へまとめましたのでご参照下さい。 天びんに直射日光が当たらない場所に設置すること 2. エアコンの風が天びんに当たらないこと 4. ドアの開閉で部屋の空気が大きく動かないこと 5. 天びんの水平が正しくとれていること 6. 頑丈な机(できれば除振台)を使用すること 7. 振動の少ない場所であること。 4KB また、AUW-Dシリーズの0. 01mgレンジなど、セミミクロ分析天びんを使用される場合は、安定した測定結果を得るため、細心の注意が必要となります。 次項でも注意事項を掲載しておりますのでご参照下さい。 また試料の種類や必要とする精度により一概にはいえませんが、一般的な注意事項としてさらに以下の点にもご留意ください。 湿度: 60~80%程度が適当です。湿度が50%以下になると帯電しやすくなり静電気の吸引力や反発力により表示が不安定になることがあります。 湿度が高いと物質によっては吸湿しやすくなり、測定値に影響を与えます。また湿度が高すぎると露点現象を生じ測定誤差の原因となることや電気回路に故障を生じるおそれもあります。 静電気の影響: 湿度が50%以下になると帯電しやすくなり静電気の吸引力や反発力により表示が不安定になることがあります。 湿度が低すぎる場合は秤量室内(分析天びんの場合)に水を入れたコップを置いて湿度を上げることができます。 除電器STABLO APの詳細はをご覧ください。 吸湿・蒸発の影響: 吸湿・揮発・蒸発しやすい試料を特に1mg以下まで測定する際には注意が必要です。対策としては蓋つきの試料容器や狭い開口部の容器を使用することなどがあります。 磁気の影響: 磁性物質を測定する場合は試料を載せる位置によって表示が変わることがあります。 対策としては天びんの秤量皿に非磁性のスペーサ(ビーカ、アルミニウム容器等)を置いて、秤量皿から遠ざけると効果があります。 床下秤量が可能な機種は試料を吊り下げて測定することも効果があります。 空気密度の影響: ビーカに少しだけ試料を入れて測定するような場合、ビーカ内の空気の温度と秤量室内の温度が異なると空気の密度差により誤差が生じます。またビーカ内の空気が周囲の温度になじんでくる際の膨張、収縮により表示値がドリフトすることがあります。 微小試料を測定する際、天びんが全く反応しなかったり、反応が遅いことがあります。 計量値をすばやく表示させる方法はありますか。 以下の方法のいずれか、またはいくつかを組み合わせてお試しください。 天びんの動作モードを「はかりとり(サンプリング)モード 」に設定する。 — はかりとりモードは、天びんの表示の安定より、反応の早さを優先させるモードです。 このモードに設定することで、天びんの表示が不安定になる場合があります。 天びんの「ゼロトラッキング機能」をOFFに設定する。 — 天びんの表示がゼロの時に、そのゼロ表示ができるだけ変化しないようにする機能です。 OFFにすることで、表示がより敏感に変化しやすくなります。 計量の際は、必ずTAREキーを押して、表示をゼロにしてから天びんに計量物を載せてください。 計量物を天びんに載せた後すぐに、天びんの皿に軽く触れる。 注 — 天びんは、表示が安定している時、できるだけその表示を維持して安定を保とうとする機能が働きます。 微小な物を載せた際は、その機能がかえって計量の妨げとなります。 天びんの皿に軽く触れて表示の安定を一時的に崩すことで、早い反応を促します。 (注) 軽くタッチする程度にしてください。 皿を強く押すと、天びんが故障する恐れがあります。 製品の評価の際に0. 01gの桁までは正確に読み取る必要があるのですが、その場合には最小表示0. 01gの電子天秤を使用すれば大丈夫ですか。 その天びんの精度によりますが、諸々の誤差を考慮し最悪のケースを考えた場合、一般的には天びんの最小桁は四捨五入程度の精度と考えられます。 天びんの性能を示す主要項目として、 1. 繰返し性(または再現性) 2. 直線性 がありますが、例えば次のような仕様の天びんの場合(出回っている天びんの一般的な仕様です) ・ひょう量: 300g、最小表示: 0. 02g を考えてみます。 02gとなります。 次に 2. 04gのばらつきの幅があるということになります。 さらに、据付時の環境、また機械の経年変化等を考えると、最小桁は四捨五入程度の精度と考えざるを得ません。 01gの桁が正確に必要なら、更に一桁細かい桁の0. 001gが最小表示の天びんを使用する必要があります。 注)上記の例は一般例ですが、当社の新質量センサ「ユニブロック」を搭載したUXシリーズ等は再現性、直線性ともより優れています。(当社従来機種比)(UX420S<ひょう量:420g、最小表示:0. 01gを実現しています。 ) 静電気を帯びた試料や容器を測定すると数値がずれたり、ばらついたりすることがありますが改善の方法があれば教えて下さい。 静電気を帯びた試料を測定(特にmgオーダー以下で)した場合、帯電した試料や容器が天秤の風防ガラスなどの間で引き合ったり、反発したりする力が生じ安定しないことがあります。 雰囲気の湿度が低い場合に静電気が起りやすいので、可能であれば天秤のひょう量室内に水の入ったビーカを置くことにより防げる場合があります。 当社では除電器(製品名:)を発売しております。 STABLO APは正負イオンバランスのよいイオンを照射し試料や容器の静電気を速やかに除去します。ぜひお試しください。 分析天秤で試料を測定する際、数値が次第に少しずつずれていくことがあるが、どのような原因が考えられますか。また改善策はありますか。 分析天秤は温度による影響を受けやすく周囲の温度変化により数値が次第にずれていくことがあります。 また試料や容器が静電気を帯びている場合もこのような表示となる場合があります。 日常点検と定期点検 ・ 日常点検は毎日あるいは使用前に行う点検で点検項目は、 1 天びんの皿や周囲が汚れていないか、 2 表示がばらついていないか、 3 ひょう量は合っているか、程度の点検です。 ひょう量の点検は質量の分っている分銅を皿に載せその表示値との差が基準値 使用者が独自に決めた数値 以内にあることを確認します。 基準値を越えた場合の処置も手順書で決めておく必要があり、再調整を行って基準値内になったことを確認するか修理に出すなどの手順を決めておきます ・ 定期点検は、日常点検よりも点検項目を増やし、日常点検の項目に 4 繰り返し性、 5 偏置誤差、 6 直線性の点検を加えるのが普通です。 必要に応じて ヒステリシスやドリフト検査を追加することもあります。 定期点検の周期は年1回で十分と思われますが、使用頻度が少ない場合は2年に1回でも良いと思います。 定期点検は当社サービス会社でも、JCSS分銅を使用して点検・校正を有償で行っています。 JCSS分銅 ・ 装置を校正する機器は国の基準器とトレーサビリティが取れていることが求められます。 天びん・はかりを校正する機器は分銅であり、トレーサビリティが取れている分銅で最も一般的なものはJCSS分銅です。 JCSS分銅では測定された値 協定値 とその信頼性区間 不確かさ が記入された証明書が付きますので、その協定値を分銅の質量として用います。 JCSS分銅の有効期限 ・ JCSS証明書の有効期限はありません。 ただ長く使用していますと傷がついたり汚れたりして質量値が変化している可能性がありますので、 2? 3年毎に校正 JCSS校正機関による再校正 を行うことをお奨めします。 校正分銅内蔵形の天秤はどのようなメカニズムで校正を行なうしくみになっていますか。 また、校正分銅内蔵形の天秤を使用すると、ISO9000やGLP、GMPなどの点検に際して、外部分銅は必要ないですか。 校正分銅内蔵形の天秤はその内部に校正用の分銅(計量法上は「おもり」)をもっており、それをモーター駆動機構などにより内部で載せ降ろしができるしくみになっています。 元々はこの「おもり」そのものには質量の値付けがされているわけではなく、この「おもり」を載せたときの荷重値を、標準となる外部分銅を載せたときの荷重値と比較し、外部分銅の質量のどれだけに相当するかという値を記憶させています。 こうすることにより、天びん内部の「おもり」に、標準となる外部分銅の代わりをさせることができ、天びんの感度校正ができる仕組みです。 標準となる外部分銅で校正した値と、内蔵分銅による校正値が同じであることが一度確認できれば、通常使用する上でズレが生じてくることはあまり考えられません。 その前提のもと内蔵分銅(おもり)よる校正により日常点検を実施することができます。 ところが、やはり長期間使用する間には様々な要因によるズレも考えられ定期的に外部分銅を用いて内蔵分銅(おもり)よる校正が正しく行なわれているか検証する必要があります。 定期点検ではこの検査のほかに日常点検だけでは補えない総合的な点検を行います。 天秤の性能点検する際の基準はどのように定めればよいですか。 具体例を教えて下さい。 よくお問合せをいただく質問ですが、性能点検する際の基準は基本的にはお客様側でお決めいただく内容で、この値でなければならないといった数値はありません。 仮に型式も全く同じ天びんであったとしても、お客様の使用目的や管理状況その他により、天びんの管理基準はお客様個々により異なります。 とはいえ、あまり基準が厳しすぎると、頻繁に校正をしなければならないことになりますし、逆に緩すぎる場合にはせっかくの天びんの基本性能を十分に生かしきっていないということになりますので、これらを考慮し、当社としては推奨する一般的な基準を設けています。 PDF 18KB 天秤・はかりの通常の点検との違いについて教えて下さい。 どちらの点検でも、国家標準とトレーサビリティのある分銅を使用し、繰返し性、偏置(四隅)誤差、直線性などの項目を検査します。 通常の点検ではそれぞれの計測ポイントでの測定値を記録するだけですが、の場合ではそれぞれの測定値がどれほど信頼できるか、その程度を示す「不確かさ」の値が表記されます。 厳密に計量のトレーサビリティを確保するためには「不確かさ」の算出が必要です。 現在自社ではJCSS分銅を使用し、天秤の校正を行なっているので、外部委託のJCSS校正を実施することまでは必要ないと思っています。 どのような場合にが必要となりますか。 検査結果を公に公開する必要がない自社内のみの品質管理のためであれば、自社での検査のみで特に問題はありません。 ところがISO9000シリーズのようなグローバル規模の品質システムに適合するためには厳密にはが必要です。 現状の審査の際にはまだそのレベルまで要求されることは少ないようですが、米国FDA査察や自動車業界、海外からの査察に対応するためには必要となってきています。ISO9000シリーズでも今後はの要求が高まってくると考えられます。 計量のトレーサビリティ確保のためには「不確かさ」が必要と聞きましたがこれはどのようなことですか。 不確かさとは「測定値の真の値が存在する範囲を示す推定値」とJIS Z8103で定義されています。 従来の「誤差」や「精度」といった概念は技術分野や国によって統一性がなく、計測値の信頼性を統一する方法としてまとめた新しい尺度が「不確かさ」です。 例えば100. 00000gの分銅があったとします。 校正に用いる分銅の質量は比較の連鎖(トレーサビリティ)のもとをたどると国家標準に行き着かねばなりませんが、その分銅の質量100. 00000gという値は測定値である限り、必ず誤差を含んでいるはずです。 そこで、測定した100. 00000gという値の真の値は本当はどの範囲にあるのか統計的に表したものが「不確かさ」です。 この100. 000015gとすると、この分銅の真の値は99. 999985g? 100. 000015gの間に約95. 4%の確立で存在する事になります。 (包含係数(拡張係数ともいう)=2として) なお証明書には必ず「不確かさ」が記載されます。 天秤の点検を実施した際、設定した基準範囲を超えてしまった(不合格となった)場合はどのような処置が必要ですか。 単に校正値がずれているだけなら、外部分銅または内蔵分銅により調整することになりますが、それでも合わない場合や、原因がそれ以外に考えられる場合にはメーカでの修理が必要となります。 なお、管理上の問題として不合格状態で使用した可能性のある測定全てに対し、前回の点検合格まで遡り、その有為性を検証し、適切な処置をする必要があります。 分銅の使い方や保管の際の注意事項を教えて下さい。 「分銅」と「おもり」の違いについて教えて下さい。

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與謝野晶子 晶子詩篇全集

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大いに関係しています。 趣味で猟を行う者たちの置かれた状況は、おっしゃる描写を境に入れ替わるのです。 「山猫軒」での不思議な体験は、ご質問の描写の間に挟まれるような位置に、まるで白昼夢のように存在しているのです。 「山猫軒」で男たちは、「人に多くを求める者は、かならず人から、すべてを奪うだろうこと」を知ります。 これは、ある意味、この世の中の縮図と言えるかもしれません。 ここで重要なことは、男たちは「趣味で狩猟をする者たち」であることです。 つまり、自分が生きるために必要なものを、殺生によって「必要以上に求める者たち」として描かれているのです。 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました」 ここを境に、男たちも、読者も、狩る側と狩られる側の両方を経験することになるのです。 宮沢賢治は無私を尊び、与えることを尊びました。 そんな彼の考え方は、狩る側と狩られる側の「入れ代え」によって、より明確なものになっているように思います。 作品を書く上での技法的な面からいうと、ある出来事をはさんで同じような文章が二度現われる場合は、その間に起こった出来事が、ほんの一瞬の間に見た夢の中での体験のような、非日常的な体験であったことを表現しています。 芥川龍之介の「魔術」で、主人公が不思議な体験をする前後に、 「御婆サン。 御婆サン。 今夜ハ御客様ガ御泊リニナルカラ、寝床ノ仕度ヲシテ置イテオクレ。 」 「御婆サン。 御婆サン。 御客様ハ御帰リニナルソウダカラ、寝床ノ仕度ハシナクテモ好イヨ。 」 という、よく似た「ミスラ君」のせりふが置かれているのも、そうした効果をねらっています。 中国の「邯鄲の夢」という話では、主人公の(夢の中での)波瀾に富んだ体験の前後に「栗粥」の描写が出てきます。 「注文の多い料理店」も、空腹のあまり気を失った紳士たちが見た夢だったのかもしれません。 それでは紳士たちにそんな夢を見させたのは一体なにものなのか。 日本の民話などでは、よく、狐や狸に化かされる話がありますが、「注文の多い料理店」でも、二人の紳士は、山猫に「化かされ」たのだと思います。 二人は山奥で迷子になりますが、童話的世界観においては、山奥というのは「異界」です。 異界は、化け物とか、死者とかがいるところです。 紳士たちがつれていた二匹の犬が、いったん死んだのに、紳士たちを助けることができたのも、夢だからというよりもむしろ、そこが異界だからです。 そして、「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。 」という文章に込められた意味についてですが、「風」や「草」や「木」は自然の象徴です。 この童話は、自然と人間(文明)の対立がテーマになっています。 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。 」という文章は、山猫による紳士たちへの懲らしめが、たんなる山猫のイタズラではなくて、「自然」による、自然を破壊する人間たちに対する懲らしめであることを表しています。 (紳士たちは、「東京」から来た、と書かれているように、狩猟によって生活している猟師ではなく、娯楽として必要もないのに動物の命を奪う都会人です。 賢治は、たとえば「なめとこ山の熊」にみられるように、自然と共に生活する猟師が生きるために動物の命を奪うことに対しては同情的です。 二匹の犬が、本来は自然界に属するはずなのに、山猫から紳士たちを助けたのは、「犬は人間の最良の友である」という言い習わしがあるからです。 この犬たちの存在によって、自然と人間の和解の可能性が示されています。 最後の行「しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。 」は、山猫軒で怖い思いをした紳士たちが、多少は反省して、東京に戻ってもその思いを忘れずにいたであろうことを示唆しています。

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