アルフィー 仲良し。 プチ鹿島が語る THE ALFEEライブの素晴らしさ

アルフィー解散は小豆?高見沢俊彦と桜井賢が喧嘩!長続きの秘訣は?

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グッズ編• ペンライトやフライパンなど、さまざまなグッズが用意され、デザイン性も高い。 Tシャツはデザインが違うものが3種類も用意されている。 うちわの軸は丈夫で涼しげな竹製。 前回のツアーグッズも売っている。 お菓子も売られている(なぜか謎のトレーディングカード付き)。 レトルトカレーすらも、グッズとして売る。 パンフレットがムック本並みで、付録も付いている。 パンフレットだけでなく、イベントブックも用意されている。 パンフレットが、意味不明な厚さ。 ツアーグッズの種類は、アーティストによってさまざまです。 しかし、ここまで幅広いグッズを用意しているのは、珍しいのではないでしょうか。 グッズを選ぶだけでも、十分楽しめそうですね! そして次は、ライブの要でもある『コンサート編』です。

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徹子の部屋 THE ALFEE アルフィー デビュー40周年: download.bandwagon.io

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スポンサーリンク アルフィー解散危機になった小豆事件とは?高見沢俊彦と桜井賢が喧嘩! アルフィー プロフィール (画像引用元:) 名前 桜井賢 生年月日 1955年1月20日 出身地 埼玉県秩父市(旧:荒川村) 血液型 A型 芸名 坂崎幸之助 本名 坂崎幸二 生年月日 1954年4月15日 出身地 東京都墨田区 血液型 O型 名前 高見沢俊彦 生年月日 1954年4月17日 出身地 埼玉県蕨市 血液型 A型 明治学院高校在学中に、桜井の美声に目をつけた同級生が誘ってフォークグループ「コンフィデンス」を結成します。 アマチュアフォークコンテストでデビューのきっかけを掴むが、株式会社オリジナルコンフィデンスと同社音楽業界誌と混同の恐れがあるため、「シド」に名前にしたが、いつのまにか「Alfie(アルフィー)」に変えられていました。 アイドルフォークバンド「ALFIE」としてデビューするがヒットには至らず、1975年に三宅康夫が脱退し3人体制となるもヒット曲に恵まれませんでした。 1979年に自作の曲で「Alfee」として再デビューしロックの要素を取り入れ、シングル「別れの律動」からバンド名を「ALFEE」と表記変更し、ロックバンドとして活動を始めます。 1983年にアルバム収録曲の予定であったがシングルで6月にリリースしていた「メリーアン」がヒットし、同年の「第34回NHK紅白歌合戦」にも出演します。 これに続いて翌年には「星空のディスタンス」、「STARSHIP -光を求めて-」などのヒット曲が続き、歌番組以外にバラエティ番組への出演も増加により知名度を高めます。 以降もTHE ALFEE名義において全てのシングルをチャートインさせるなど、コンスタントなセールスを維持しています。 2014年3月18日にはでこれまでの功績が称えられ、明治学院大学で初の名誉学士称号が授与されています。 2015年2月21日はドキュメンタリー映画「THE ALFEE 40th Anniversary Film THE LAST GENESIS ~40年の軌跡と奇跡~」が全国ロードショーにて上映しています。 アルフィー解散危機になった小豆事件とは? 小豆事件とは、 高見沢俊彦さんが桜井賢さんの好きな小豆をバカにしたのに食べたことを発端に大喧嘩した事件です。 まだ売れていなかった当時、メンバーが集まり高見沢の家で飲むことになり、甘党の桜井賢さんは大きな小豆缶を持ってきたのです。 そんな、小豆を持ってきた桜井賢さんに対して、高見沢俊彦さんは、 「なんで小豆缶なんだ。 だからお前のベースは甘いんだよ」 と怒り、 「酒のつまみに合わない」等と桜井賢さんを散々バカにしたのです。 それから桜井賢さんは小豆を酒のつまみに飲んでいたが、全部は食べられず、「お前 高見沢は 食べないんだから、置いていってもいいよな」と、冷蔵庫に入れて帰りました。 しかし、高見沢俊彦さんは夜中にお腹がすき、冷蔵庫を見たら小豆缶があったので少し食べたら美味しかったので、 あれだけ罵倒した小豆をほとんど食べてしまったのです。 翌朝、寝ている間に再び桜井賢さんが来て、高見沢俊彦さんは冷蔵庫を開けているのを感じていたとのこと。 するといきなり桜井賢さんが「おい! 」と言い、寝ていた高見沢俊彦さんに対して叫び、目を開けたら、呪怨みたいな形相で、「お前食ったろ! 」と激怒したのです。 高見沢俊彦さんは、 桜井賢さんは怒った姿を見たのは初めてで、しかもすごい勢いだったため「ご、ごめん…」と謝ったそうです。 桜井賢さんが初めて高見沢俊彦さんに激怒した小豆事件が、一度だけ起きたアルフィー解散危機なのでした。 桜井賢と高見沢俊彦が加山雄三で喧嘩? 他にも加山雄三のせいで、高見沢俊彦さんと桜井賢さんが喧嘩になったこともあります。 高見沢俊彦さんが加山雄三さんのお父さん 上原謙 の名前が思い出せなくて、桜井賢さんと喧嘩になりました。 最終的に胸ぐらを掴みながら音楽について文句の言い合いになりましたが、小豆事件ほどの解散危機にまで至らなかったようです。 ちなみに、その喧嘩の時に坂崎幸之助さんは真ん中でギターを弾いてたと、マイペースだったのです。 そこが良かったのかもしれない。 売れても肩ヒジ張らず自然体で、いい意味でテキトー。 だからギスギスせず、半世紀近くバンドが続いている」 アルフィーのメンバーは見た目は個性が強くて主張しているが、性格は譲り合うタイプで解散危機になる衝突が少ないとのことです。 「 僕らは、お互いに譲り合っちゃうしね。 だから、これは桜井の歌、これは坂崎、これは僕って決めるようになった。 そうしないと決まらないから。 でも、それでも決まらないときはオーディションをします。 全員が歌って誰がいいかなって多数決で決めるっていう、そんなこともありました。 」 そのせいで、大事な曲を歌うことすらも譲り合うほどなのです。 「全員次男坊なんです。 兄貴がちゃんといて家を継いでくれているし、案外甘やかされて育っているっていう。 特に僕の場合、8つ離れているからほぼひとりっ子状態で、世界は自分中心に回っているような感じだった。 だから、こんなことになっちゃったんですかね? 」 高見沢「僕だけ体育会系で、あとの2人は文科系っていうのもいいのかも。 まぁバンドには運動部みたいな熱血漢はひとりいればいいのかもね。 とにかく3人は、いい具合にバランスが取れている。 そして、全員次男坊らしく、ある程度自由でいい感じ自由でなため、ノンストレスで衝突が少ないようです。 ただ、高見沢俊彦さんだけは熱血で、締める所はしめて上手くバランスが取れているとのことです。 このように、 譲り合うタイプなので衝突が少なく、次男坊なのか自由で程よく適当なのでストレス無く、解散危機にならないでいるのでした。 アルフィー解散危機は高見沢俊彦と桜井賢との小豆事件!譲り合って長続き! お互い譲り合うタイプなため、解散せずに長続きしきしていたアルフィー。 しかし、一度だけ小豆事件により、解散危機にまで発展していたのでした。 今後も高見沢俊彦さんも小豆だけはバカにせず、ずっとアルフィーが解散せずに長続きすることを祈っています。

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THE ALFEEのライブマナーに言葉を失う 初参加のファンが目にしたもの

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今年めでたくデビュー45周年を迎えたアルフィー。 音楽への熱い想いや、号泣モノの苦労話などを伺おうと思ったのですが、3人から出るのは愉快な仲良しエピソードばかり。 かなり響くと思います!! 高見沢:そう。 ふたりとも音楽をやっててね。 この人(桜井さん)はフォークで、僕はロック。 当時はロックは人気なくて、学園祭でライブやっても、桜井のクラスはいっぱいになるんだけど僕のクラスはガラガラで。 だから敵対心を持ってましたよ(笑)。 坂崎:まあ当時、ロックは不良だってイメージがあったからね。 高見沢:全然そんなことなかったんだけどねぇ。 桜井:僕ももちろん高見沢のことは知っていて。 派手だったから目立ってましたし。 僕も学園祭のとき中庭で演奏してるのを見て、すっごい高い声出して歌ってるヤツがいるぞって思ってた(笑)。 (笑) 当時流行ってたロッド・スチュワート(イギリスのロックミュージシャン)みたいに、トップを短めに切って立てて、裾が長めって髪型にしてたんだけど、髪質が柔らかいから、立たないわけ。 あと、眉毛剃ってました。 坂崎:ほぅ~(笑)。 高見沢:高校生のクセに、グラムロックに憧れてたからね(笑)。 桜井:へぇ…。 でもそれを見て、こいつ不良だと思ってました(笑)。 桜井、いい声してるなぁっていうのが第一印象。 で、夏休みに偶然会って練習見に行き、そこからなんとなく桜井のバンドに入る感じになって。 桜井:高見沢には、高校のときに会ったことある? 坂崎:高3の文化祭で会ってるよ。 それで、僕は桜井と同じ大学に行こうと思って明治学院大学に入ったら、校舎でばったり高見沢に会って。 話しかけたら、「音楽、今やってねぇんだ」って。 高見沢:そう、やめたんです。 プロになれるほどの実力でもないと思っていたので。 教職とって、親の後をついで先生にでもなるかな、と思ってましたね、当時は。 坂崎:それで、「どんな曲聴いてたの? どんなバンドコピーしてたの? ここじゃなんだから俺のアパート来いよ」って、お持ち帰りしたんです(笑)。 高見沢:なぁ、悪いやつに引っかかっちゃってね(笑)。 それで坂崎のアパートでふたりでギター弾きながらビートルズとか歌ってたんですけど、初めてハーモニーってものを坂崎とやってみたら、すごく気持ちよくて、おもしろくて、病みつきになっちゃった。 「明日のライブ、ちょっとギター手伝ってくれない?」って誘われて、行ってみたら桜井がいてね。 「お前何しに来たの?」「手伝いに」「うそ!! 」みたいな。 それで、僕もそのバンドに入ることに。 坂崎:アマチュアだから、誰が入ろうがやめようが深く考える必要ないし。 それよりも、高見沢は桜井より高い声が出るから、今まで高くて歌えないと諦めてた曲が演奏できることが嬉しくて嬉しくて。 それが本当に楽しかったんです。 坂崎:そう。 高見沢:所詮すねかじりの次男坊3人組だしね(笑)。 桜井:全然説得力ないよね(笑)。 坂崎:そうなんです。 メッセージとかよりも、きれいなハーモニーって、歌っても気持ちいいし、聴いても気持ちいいねって。 それだけですよ。 今もその気持ちで音楽をやってるし。 高見沢:音楽って、聴いてる人が気持ちよくなってくれればいいと思うんです。 3人でハモって歌うことで、音楽の楽しさを伝えられれば、それでもう十分。 大学生のときにデビューしたんですが、1枚目はね、デビューシングルだし、いろいろお金かけてもらったんですけど、全然売れなくて。 桜井:2枚目も売れないから、3枚目でちょっと趣向を変えて、パロディソングをやることになったんです。 僕らのキャラもこんなだから、それも生かして。 でも、前日に発売中止になっちゃって。 そこでレコード会社を首になり、ちょっとヤバいぞと。 高見沢:とはいえ僕はまだ大学生だったし、事務所には入っていたのでいろんな歌手の人のバックバンドとかやったりしてたんで、そんなに危機感はなかったかな。 高見沢:(笑)。 でもやめるって選択はなかったねぇ。 桜井:やめるきっかけもなかった。 バックバンドの仕事は入ってるし、なぜか公開録音の番組とかにキャスティングされちゃうし。 ポキッと。 それで、発売中止でさらにボキボキ。 桜井:折れっぱなしですよ。 折れたことにも気づかないくらい。 高見沢:もちろんね、売れたいとか思いましたけど、僕らってなんか、野心とか、前に前にとか、そういう気持ちがあんまりないんです、昔から。 坂崎:さっきも言いましたけど、3人できれいなハーモニーが作れれば、満足なんですよ。 高見沢:この話、よくするんですけれど、僕が楽曲を作りますよね、で、「さあ誰が歌いましょう?」ってなると、3人揃ってシーン。 誰も歌いたがらない(笑)。 しょうがないから一人ずつ歌って、「誰がいい?」って3人で多数決をとる。 「桜井がいい人、は〜い」 坂崎:「は〜い」 高見沢:「じゃ、桜井ね」って、そういう感じ(笑)。 でも、3人揃ってその性格だからこそ、45年間やってこられたんじゃない? 坂崎:バンドって普通、中心になるメンバーの色で、雰囲気が決まったりするじゃないですか。 でもアルフィーって、それがないんです。 わかりやすい特徴がない。 アルフィーの何が他のバンドと違うかって、たぶんそこなんですよ。 色がない。 なんか、モヤモヤしてるんですよ。 高見沢:だから、売れるのに9年近くかかったんだよね。 坂崎:たぶんそういう意味では、今でもモヤモヤしてる(笑)。 桜井:フロントを譲り合うバンドだからね。 坂崎:ずーっと、どうぞどうぞ、ですから(笑)。 デビュー45周年記念のアルバム『Battle Starship Alfee』(ユニバーサル ミュージック)が好評発売中。 通常盤¥3,000、それぞれ異なるライブ音源付きの初回限定盤A、B、トークCD付きの初回限定盤Cは各¥3,700。 また、8月3・4日に幕張メッセ国際展示場でデビュー45周年記念の夏のイベントライブ「Battle Starship Alfee 2019 夏の乱」を開催。 また3人の初のレギュラー出演ラジオ『THE ALFEE終わらない夢』が、毎週水曜23:00~NHK-FMにて放送中。 ジ・アルフィー 左・桜井賢、1955年生まれ、埼玉県出身。 Vo&ベース担当。 中・坂崎幸之助、1954年生まれ、東京都出身。 Vo&アコースティック・ギター担当。 右・高見沢俊彦、1954年生まれ、埼玉県出身。 Vo&ギター担当。 1974年にデビュー、『メリーアン』『星空のディスタンス』などのヒット曲で知られる。

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