会津 若松 御朱印。 白虎隊御朱印 取り止めたわけではなかった…もらえる方法、場所は?

『会津・鶴ヶ城(若松城)でにわか歴女』会津若松(福島県)の旅行記・ブログ by 遊子さん【フォートラベル】

会津 若松 御朱印

仏都会津の魅力 私は以前、仕事の関係で福島に住んでいたことがあり、東京に戻ってからも年に一回程度は温泉と蕎麦を目的に訪れています。 御朱印を契機に寺社仏閣巡りも目的に加わり主たる寺社を回り始めましたが、行くべきところがあまりにありすぎて、とりあえず有名どころからみたいな形で行っています。 会津には「会津ころり三観音」と言われる中田観音、立木観音、鳥追観音の他、日本三大虚空蔵の一つ福満虚空蔵尊圓蔵寺、神社では伊佐須美神社や大山祇神社など神社仏閣好きには外せないところがたくさんあります。 これに加えて会津若松の会津藩関係の施設や近年人気の大内宿などを加えると、とても1回や2回で回り切れないほどの魅力的なスポットが満載です。 今回は、昨年訪れた際に「事前予約が必要」ということを知らずに行き、拝観できなかった勝常寺と宇内薬師をメインに喜多方方面に足を伸ばしました。 勝常寺の国宝薬師三尊 勝常寺は平安時代初期の弘仁年間(810年 - 824年)徳一によって開かれたとされる古刹で、平安時代初期の9世紀のものとされる国宝の木造薬師如来及び両脇侍像をはじめとする12体の貴重な仏像を所有しています。 (こちらはパンフレットを撮影しています。 ) まずは場所ですが会津地方の湯川村という会津若松市と喜多方市の中間位に位置する村にあります。 郡山からは磐越道で会津若松ICまで行き、そこから最近できた会津縦貫道に乗って「湯川」で降りると5分位で着きます。 磐越道も昔は対面の2車線で走るのが怖かったですが4車線化されてとても走りやすくなりました。 お寺には駐車場はありませんが近くに村営の無料駐車場があります。 そこから歩いて1~2分ですのでそちらを利用してください。 拝観は事前予約が必要で、私は2日前に電話でお願いしました。 拝観料は1人500円です。 約束の時間にお堂の前で待っているとお寺の方(多分息子さん)がいらっしゃりご説明いただきました。 最初に薬師堂の中にご案内いただきました。 薬師堂は室町時代に再建されたものですが、これも国の重要文化財に指定されています。 御本尊の薬師如来像はほれぼれするような端正な顔立ちとふくよかな体躯のインド人らしいお姿で、仏教が日本化し仏像も日本人化する以前の形であることが見て取れます。 また脇侍の日光菩薩像、月光菩薩像もセットで美しいお姿をしています。 他にも四天王像3体(1体、広目天像は東京国立博物館に40年前に寄託され今は常設展示されています)や会津三十三観音の第10番木造十一面観音菩薩立像なども展示されています。 この木造十一面観音菩薩立像はもともとは秘仏であったそうですが、今は普通に拝見することができます。 御朱印は薬師様と会津三十三観音のものの2枚を書き置きでいただきました。 拝観時間は約40分でした。 次の上宇内薬師堂の約束まで1時間の間隔でしたので間に合いましたが、もう少し余裕を見た方がよかったかと思います。 会津御朱印関連書籍 上宇内薬師堂 上宇内薬師堂は勝常寺から車で約15分のところにあります。 地図で見るともう少し早く行けるかと思っていましたが、実際はいったん国道49号線まで出てから再度山側に上がっていくルートになるため想定より時間がかかりました。 上宇内薬師堂の本尊・薬師如来像は10世紀前半の造立とされ勝常寺の薬師如来像の影響を受けているとされていますが実際のところは不明です。 勝常寺の薬師如来像は一木から刻んだ後に、いったん前後に割り離して内刳をしてから矧ぎ合わせる一木割矧造と呼ばれる技法で制作されており、調査のときに中から836年作との文字が出てきたため作成年がわかりましたが、こちらは一木造で内刳をしていないため何の表示もなく一切不明ということとなっています。 ただし作風から平安期の仏像であることはわかるため10世紀前半の造立とされているとのことです。 こちらの薬師如来像も元は国宝でしたが戦後の国宝の見直しの中で重要文化財に格下げとなってしまいました。 理由はこちらの仏像は江戸時代の元禄期に大幅に手を加えられており、昔の姿ではないからとのことです。 1611年に会津地方を大地震が襲い、この一帯も壊滅状態となりお堂も壊れ、御本尊を含め諸仏は30年近く雨ざらしになってしまったそうで、元禄時代にやっとのことで修復したのが現在の姿です。 修復前はそうとうひどい状態だったようで、よくぞ残してくれたと先人に感謝すべきかと思います。 (こちらはパンフレットを撮影しています) こちらの拝観も事前予約が必要でわたしは2日前にお願いしましたがパンフレットを見ると1週間前にお願いしますと書いてあり、ご無理言ってしまったかもしれません。 拝観料は1人500円でした。 御朱印も書き置きのものをいただきました。 こちらは管理者の齋藤さんがお一人で対応されているらしく、後継者もおらず、なかなか大変なようです。 また維持管理のお金も必要で、拝観料は主な収入源だそうですので是非とも立ち寄って拝観していただければと思います。 連絡先はでご確認ください。 御朱印はこちらです。 ここから喜多方方面に向かいましたが、長くなりましたので、次回ご紹介します。

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仏都会津の旅 勝常寺と上宇内薬師堂

会津 若松 御朱印

会津若松市内 神社 御朱印めぐり この記事では、戊辰戦争の折、会津飯盛山で自刃した白虎隊士が祀られている宇賀神堂をはじめ、蚕養国神社や 神明神社などの会津若松市内に建つ神社をめぐる御朱印めぐりを紹介しています。 宇賀神堂 宇賀神堂(うがじんどう)は飯盛山の中腹、会津藩士の若い子弟たちで構成された白虎隊の自刃地 写真下)、 また白虎隊士19人が眠る墓の近くに立つお堂です。 また近くには、白虎隊士19人の墓が建てられています。 いただいた御朱印には、「白虎隊十九士霊神」と記されていました。 さざえ堂は、上りと下りで同じ道を通らず抜けてこられる二重らせん構造の斜路が続く木造のお堂で、 国の重要文化財に指定されています。 創建は、至徳元年 1384 、芦名直盛が鶴ヶ城を築城の折、その鎮護として田中稲荷神社から勧請したことに始まるそうです。 いただいた御朱印には会津葵の紋が押されていました。 祭神は、保食大神(うけもちのおおかみ)、稚産霊大神(わくむすびのおおかみ)、天照大御神 (あまてらすおおみかみ)の3柱になります。 社の由緒によりますと創建は、平安時代初期の弘仁二年(811)になるそうです。 創建は文禄二年 1593 になるようです。 社殿は土蔵造りになるそうです。 創建は、応安二年 1369 になるそうです。

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会津 若松 御朱印

寛永20 1643 年、会津の領主となったが、遠路を行けない人のために、この頃に定めたと伝えられている。 古刹「」が基本とされる。 古来より会津は仏都として栄えており、特定の寺院の力を削ぐ目的もあったようである。 信仰とともに農閑期の娯楽でもあった。 特に女性たちの楽しみとして発展し、「観音講」として親しまれていた。 御朱印は多額の寄進者への返礼や、各々個別に発行していた寺院などの例もあったが、お参りした際に御詠歌を唱えるのが会津の基本的な習わしである。 すでに無住のところも多く、1回の訪問で御朱印が入手できないことも多々あり、「難観音」とも云われている。 なお、御朱印は観光記念や蒐集するものではなく、あくまで信仰であることに ご注意を。 ほとんどの観音堂は、村々の中に、ひっそりと佇んでいる。 建物の多くは素朴すぎるほど小さいが、いにしえに思い巡らせる場所でもある。 御朱印の入手は別として、車なら2泊3日の巡礼コース。 《追》 平成28 2016 年度の日本遺産に認定されてから、 道案内版などが整備され、わかり易くなった。 かつて大岩集落の中であったが、集団移転してしまい今では無人。 注 仁王寺の境内にあるのは薬師堂。 0242-82-2479 池の中から聖観音菩薩座像が見つかったことから。 0241-45-2061.

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