永守 重信 自宅。 「大学出ても名刺の出し方も知らない」日本電産社長の発言に批判が続出したワケ(2020年8月1日)|BIGLOBEニュース

日本電産・永守重信会長独占インタビュー 最後の大仕事は大学:日経クロストレンド

永守 重信 自宅

Contents• 永守重信の年齢・出身などのプロフィール 名前 永守重信(ながもりしげのぶ) 生年月日 1944年8月28日 年齢 75歳 出身地 京都府向日市 国籍 日本 職業 日本電産代表取締役会長(CEO) 永守重信の高校・大学などの学歴や経歴 高校は京都市立洛陽工業高等学校を卒業しています。 大学は職業訓練大学校(現在の職業能力開発総合大学校)に進学して、電気科を首席で卒業しています。 大学卒業後は、音響機器制作会社ティアックに就職して、子会社である山科精器取締役を経て、1973年に日本電産を創業しています。 創業当時はわずか3人の会社だったそうですよ。 日本電産はモーター製造会社として成功して、世界トップのシェアを誇る世界的な企業になっています。 2014年から2017年までソフトバンクグループの社外取締役を務めていて、経営者としての評価の高さがうかがえます。 2018年には京都学園大学理事長に就任して、世界大学ランキングで東京大学・京都大学の次のナンバー3の大学を目指しているそうです。 そのために私財を100億円以上も投入していて、本気であることがわかります。 スポンサーリンク 永守重信の息子がスゴイ! 永守重信さんには息子が2人いて• 長男が永守貴樹さん• 次男が永守知博さん です。 長男の永守貴樹さんは一部上場企業であるレック株式会社の代表取締役社長をしています。 レック株式会社は掃除用品などを取り扱っている会社で、「激落ちくん」が有名です。 1971年8月21日生まれなので、年齢は48歳ですね。 ちなみに、 大学は群馬県にある関東学園大学出身だそうですよ。 次男の永守知博さんは、1976年2月22日生まれで、年齢は44歳です。 京都成章高等学校・明治大学理工学部電気科を卒業後に、明治大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻を修了しています。 大学院では学会の賞も受賞していて、優秀な学生だったことがわかります。 その後、 富士通に入社するも2年で退社して、アメリカのサフォーク大学に留学してMBAを取得しています。 大企業をあっさり辞めてしまう行動力が凄いですね。 帰国後、 2009年にエルステッドインターナショナル株式会社を設立し、現在も代表取締役社長を務めています。 永守重信の年収や資産は? 年収 永守重信さんは日本電産の代表取締役会長ですが、上場会社では報酬が1億円を超える場合は有価証券報告書に記載する必要があります。 日本電産の有価証券報告書を見ると、 役員報酬が1億円以上のものはいないと記載してあるので、役員報酬は1億円は超えていないとこになります。 有価証券報告書には取締役6人の報酬の合計が2億5300万と記載されているので、1人当たり約4200万円となります。 会長なので多くもらっていると考えると、役員報酬は6000万円ほどではないでしょうか。 さらに、永守重信さんは日本電産の大株主でもあるので、配当金の収入があります。 2014年度の記録では配当金が約25億円だったそうです。 凄まじい金額ですよね。 合計すると25億6000万円が年収となります。 資産 永守重信さんはForbesが発表している「日本長者番付」で、2019年に9位となっています。 資産額は5000億円とのこと。 日本でトップ10に入るのだから超大金持ちですよね。 ちなみに、 ・3位がキーエンス創業者で代表取締役会長の滝崎武光さん 2兆670億円 ・2位がソフトバンクの孫正義さん 2兆6670億円 ・1位がファーストリテイリングの柳井正さん 2兆7670億円 となっています。 上位の人は兆レベルの資産となっていますね! 永守重信の結婚した妻について 永守重信さんは結婚していて妻もいますが、妻に関する情報はほとんどありませんでした。 ただ、 リーダーが成功するための1番の条件はどんな妻を選ぶかだと語っているので、妻をとても重視していることは間違いないでしょう。 妻と結婚するときに 『あんたには偉くなってほしい。 偉くなってくれるなら結婚します。 その代わり子供のことや家のことも全部やります』 と言われたそうです。 70代になった今でも、休みの日でも朝8時になると「早く会社に行け」と妻に言われるそうですよ。 まとめ 永守重信さんについて色々書いてきましたが、いかがだったでしょうか? まとめると、.

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日本電産のM&Aが過去57件すべて大当たりした理由【永守会長に聞く(2)】

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日本を代表するトヨタ自動車でさえ販売台数が激減。 今年の決算は減収減益となった。 拡大を続けてきたソフトバンクは1兆円近い赤字を出している。 名だたる企業が苦境に陥る中、コロナショックに立ち向かう経営者がいた。 「不況はチャンスだと思えと社員に言っている」と言うのは、日本電産会長・永守重信(75)だ。 本社は京都一高いビル。 売り上げ1兆5000億円。 世界一のモーターメーカーを一代で築きあげた。 夢は10兆円企業だ。 幾度ものピンチを乗り越えてきた永守だが、今回のコロナショックは勝手が違った。 「今回のコロナはやはり人命が一番優先。 リーマンショックの時なんかはなかった」 それでも永守は、コロナ後の世界も見据えていた。 「コロナの後はものすごい価格競争が来る。 だから、のんきにしていたら会社は潰れる」 永守が日本電産を創業したのはオイルショックのあった1973年。 仲間と4人で始めた小さな会社だった。 当時、テープレコーダー用モーターを開発。 従来の3分の1に小型化し、これが躍進のきっかけとなった。 その後、自動車用のモーター市場にも参入。 車の装備が電動化されるのに伴い使うモーターが増え、売り上げを伸ばしていった。 一方、パソコンのハードディスク用でも小型化を追求し、世界トップシェアに。 さらにスマートフォンのバイブ機能に使う超小型モーターも開発。 業績を伸ばす。 その技術力を支えたのが、永守の掲げる「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」。 カンブリア宮殿には2008年に初めて出演。 人の倍働くことで他社に打ち勝ってきた様子が紹介された。 毎朝6時50分に出社。 休みは元日の午前中のみ。 創業から50年近く休まず、文字通り人の何倍も働いてきた。 「社長は質的にも量的にも一番働かなきゃいかん」(永守) 半世紀近い経営者人生の中で、永守は幾度ものピンチに襲われるが、それをことごとくチャンスに変え、躍進してきた。 1991年、バブル崩壊。 その後長く続いた日本経済の大ピンチ。 このとき永守が仕掛けたのがM&Aだった。 不況で赤字に陥った会社を周囲が驚くようなペースで次々と買収していったのだ。 そのうちの1社が2003年に買収した三協精機。 ATMなどで使うカードリーダーや液晶パネルの運搬ロボットを作る、売り上げ1000億円の大企業だ。 だが、ライバルとの価格競争に敗れ、赤字に陥っていた。 そんな会社を永守は、リストラもせず再生させた。 永守の会社再建の鉄則が「3Q6S」だ。 会社再建には、「社員」「会社」「製品」の「3つのクオリティー」を高めることが必要。 そのためには「整理」「整頓」「清掃」「しつけ」「作法」「清潔」の「6つのS」を徹底することが不可欠、というのだ。 三協精機では朝8時、全員で社内を清掃。 社員だけでなく役員など幹部も例外なし。 備品の置き場所も決め整理整頓。 こうして無駄を減らし、仕事の効率を高める。 昼休みになると、オフィスの明かりを消して電気代を節約。 しかも誰が消すか、担当者まで決める。 社員をしつけ、コスト意識も徹底させた。 とはいえ尻を叩くだけではない。 永守は自腹で、買収先の社員たちと必ず昼食会を開く。 トップ自らが直接意見を聞き、問題点を洗い出す。 すると社員の意識が変わり、新商品が次々と生まれるようになった。 こうした積み重ねで、短期間に業績をアップさせていった。 社員のボーナスも赤字前の水準に回復させた。 2008年のリーマンショックだ。 だがこのピンチも永守はチャンスに変える。 M&Aを海外に拡大していったのだ。 イタリア・ミラノにある150年以上の歴史を誇るモーターメーカー「ASI」は2012年に買収。 船や発電所向けの巨大モーターを得意としている。 世界が相手でも永守流は変わらない。 工場に足を踏み入れると、たちどころに問題点を見つけ出す。 永守は12年前のインタビューでこう語っている。 「朝が来ない夜はない。 どんな時代でも、第1次オイルショックでも、バブルの時も、あとはものすごく伸びた。 そのために我々は不況の時に他社がやっていないことをやる。 風がなくても凧を上げる。 どうやったらいいかというと、凧を持って経営者が走る。 そうやったら風を自分で起こせる。 社員もパートのおばさんから全部で走る」 自ら走って風を起こし続けた永守は、日本電産グループを世界40ヵ国以上、360社へと拡大。 従業員数12万人、売上高1兆5000憶円の世界的企業へ成長させた。 今回のコロナショックでは、日本電産でも、緊急事態宣言が出されると多くの社員を在宅勤務にするなど、対応に追われた。 だがその一方で、永守は、コロナ後に打ち出す秘策を準備していた。 滋賀・愛荘町。 日本電産滋賀技術開発センターの開発現場に特別にカメラが入った。 そこに永守がコロナ後を見据え、力を入れている製品がある。 「来年の夏に発売する次世代の新しいモーターです。 世界のベストセラーになると思います」(車載事業本部長・早舩一弥) いま急ピッチで試作を進めているのは、電気自動車のエンジンに当たるモーターだ。 「エンジンは車で最も重要な部品。 大手メーカーでは1万人体制で開発しています」(早舩) 世界で覇権争いが熾烈な電気自動車の開発。 そのエンジンモーターを次の主力商品に位置付けている。 すでに去年、大型乗用車向けモーターの量産を開始。 同じ馬力のガソリンエンジンに比べて重さは半分ほど。 ここでも得意の軽量化を発揮した。 「今の車でもどんどんモーターの数は増えています。 さらに電気自動車になればさらに増えて、車そのものがモーターの塊になる」(早舩) 10年後の目標は世界シェアの3分の1に当たる1000万台。 永守はこの分野でも世界のトップをとろうとしているのだ。 「ロボットだって電気自動車だってドローンだって、何で動くのかと。 モーターが産業のコメになっていく。 今年できたばかりだという新校舎では、オープンキャンパスの模擬授業が行われ、大勢の高校生たちが集まっていた。 多くがこの大学への入学を希望しているという。 この大学の旧校名は「京都学園大学」。 看護学科や経営学科などを置くいわゆるFランクの大学だった。 2018年、そんな大学の理事長に永守が就任。 改革のため名前を一新、私財130億円を投じた。 「今の学生は役に立たない。 もう一回会社に入ってから基本から教えないと、学んできたことが全然役に立たない。 そういう印象を非常に強く持っています」(永守) 永守が目指すのは脱・偏差値教育。 グローバルなビジネスシーンで即戦力となる人材を育成するのが狙いだ。 その一環として今年、永守の肝いりで新たに工学部がスタートした。 その一期生として、この春入学した川原凌さんは、京都でも指折りの進学校出身。 関西の有名大学に合格できる力はあったが、あえて無名のこの大学を選んだという。 「外国でモーターとか工学関連の仕事に就きたいとずっと思っていました」(川原さん) 例えば、英語の授業で重視するのは、文法よりも会話力だ。 会話力を徹底的に鍛えるため、大手英会話教室「ベルリッツ」と業務提携した。 19ある必修科目のうち英語に関する授業は10コマと、まさに英語漬け。 こうしてグローバル社会で不可欠な英語を話せる人材を育てる。 肝心の工学の授業にも他にはない特徴がある。 コロナの影響でこの日は在宅授業。 大学から届いたのは光センサーの実験キットだ。 理論はもちろん大事だが、ここでは実際のものづくりを1年生のうちから教え込む。 教授陣も世界で活躍する一流の人材をヘッドハントしてきた。 この日、川原さんが作ったのは「明るさによって音の高さが変わる回路」。 こうした実践を重視した授業で、ものづくりの現場で役立つ発想力を鍛えていく。 「やりたかったことが出来ているなと実感しています」(川原さん) さらに永守の改革は、教師や学生の意識まで変え始めている。 「先生の意識もかなり変わってきたと思います。 東京・大田区にある1992年創業の「マテリアル」。 アルミの加工を得意としている。 「マテリアル」自慢の世界に負けない技術がアルミの細い針。 直径は髪の毛より細い、0.01ミリ。 ここまで細く削り出す技術は世界でもトップクラスだ。 社長の細貝淳一さんは「溶接をしないことで、伝導率だとか放熱だとかを非常に高くする。 宇宙だとかの分野に使える技術です」と言う。 日本の宇宙開発を陰で支えているが、こうした仕事のほとんどは部品メーカーの下請け。 いわゆる2次下請けに甘んじている。 しかもこの春からは、コロナショックで注文がストップ。 機械の3分の1は止まったまま。 今は、従業員の生活を守るため、2億円を借り入れてしのいでいる。 このピンチの中で、細貝さんは新たな一手に動き出していた。 その武器が、スケートボードの板とタイヤをつなぐ「トラック」という金具だ。 今回はスケートボード専門店からの直接発注。 アルミ加工の技術が認められた。 そこで、既存のものより強度は落とさず、ギリギリまで削って軽くした。 これをきっかけに自分たちの技術力を広く世間にアピールしたいという。 そんな細貝さんには、永守にどうしても聞きたいことがあった。 「中小企業が大企業に選ばれるためには、どういったことが必要なのかお聞きしたいと思います」と言うのだ。 日本電産本社からリモートで出演した永守は、次のように答えている。 「日本電産も、零細企業から始まって中小企業、中堅企業と経験してきたが、答えは時間軸。 一般的には納期と言うが、納期だけではない。 『何でも速く』です。 大企業はそれができない。 何かをやると言っても、すごく時間がかかる。 部品を作ると言っても、土日は休むので何もできない。 大企業ができないことをやる。 大企業ができない方法でやる。 速いというのはものすごく大きい武器になると思います」 ~村上龍の編集後記~ 永守さんはせっかちだ。 大学を作ったのは、現代の偏差値の高い学生に絶望したからで、仕事の現場に立たせても英語がまったく話せない。 営業をさせても注文が取れない。 理工学部出身なのにモーターの基礎もわからない。 だったら大学を作ってしまえばいい、というロジックだ。 創業時、3人の社員は有名大の出身ではなかった。 それから47年、日本電産は1兆5千億円の売り上げを誇る世界一の総合モーター企業になった。 永守さんは生きる伝説になってしまった。 孤独なんだろうなと思うが、それを楽しんでいるんだから、幸福な人だ。 <出演者略歴> 永守重信(ながもり・しげのぶ)1944年、京都府生まれ。 1967年、職業訓練大学校卒業後、ティアック入社。 1973年、日本電産創業。 2018年、京都学園理事長に就任。

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日本電産のM&Aが過去57件すべて大当たりした理由【永守会長に聞く(2)】

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永守重信氏の経歴 永守重信氏は、京都府で六人兄弟の末っ子として生まれました。 1963年に京都市立洛陽高等学校を卒業します。 その後、職業訓練大学校(現在の職業能力開発総合大学校)に入学、主席で卒業しました。 卒業後は、ティアックの社員、山科精器取締役の経歴を経て、ティアックの持ち株を元に日本電産を創業しました。 以後は、日本電産の代表取締役社長としてモーター事業において世界首位の実績を誇る企業に育て上げています。 2014年にはソフトバンクグループ社外取締役に就任しました。 永守重信氏の総資産は? 永守重信氏は、京都府に総額およそ70億円のがん治療の新設と医療機器を、個人資産から寄付したそうです。 そんな永守重信氏の総資産は、2500億円と言われています。 永守重信氏から学ぶ成功法則 永守重信氏は、ファーストリテイリングの柳井正氏が尊敬する人物に挙げるほどの経営者です。 永守重信氏の名言を紹介し、成功法則について考えていきます。 起業家に大事なのは、人より早く、そしてどんなことがあってもやり抜くガッツだ。 土曜日も日曜日も朝も夜もない。 人の何倍も働く心がないとだめだ。 柳井正氏は、永守重信氏のことを尊敬する理由を誰よりも働くことと言います。 永守重信氏掲げた創業精神は「努力は人を裏切らない」で、毎朝6時50分に出勤し、最低でも12時間働くそうです。 そして休みは元日の朝だけで、それ以外は、寝る時間、ご飯を食べる時間などを除いて常に仕事をしているそうです。 さらに飲酒や、喫煙をすることもありません。 1代で会社の規模をこれほどまでに大きくするには、個人的な楽しみを封じてでも、人より多く働く必要があります。 異端者を評価しない会社も問題です。 会社を創業して成功したり、革新的なアイデアを出したりする人の多くは変わっている人が多いように思います。 世の中にないものを生み出す異端者は、社会にとって非常に貴重な存在であると思います。 しかし、日本では他人と同じことをし、グループからはみ出さないことを良しとする考え方が根強く残っていると思います。 学校でも、教師が扱いやすいよう他の子供と同じことをするように教育していると感じます。 このような環境では、現状維持をするしかないと思います。 これからは、他人と違うことを恐れず行動する必要があると思います。

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