カミュ の ペスト あらすじ。 『ペスト』アルベール・カミュ 僕らは不条理の世界を生きている

「ペスト」カミュに学ぶ、不条理との向き合い方

カミュ の ペスト あらすじ

ペストに襲われた町の、約一年の記録。 登場人物数人の奮闘と、心境の変化が中心に描かれる。 翻訳の日本語文が読みにくいので、あまりおススメしない。 ペストは「黒死病」ともよばれ、14世紀や17世紀に世界や欧州で大流行した歴史と、「ペスト医師」という奇妙な格好の姿(検索するとわかります)が、頭にあったからでしょう。 その「ペスト医師」の姿はどこかで見たことがあるなと思ったら、『ベルセルク』で見たような気がする。 漫画は手元にないので分らないが、この前見た新作アニメ版の記憶にあったような気がする。 ところで、なぜ私がこんな本編と関係ないことを、だらだら述べているかというと、内容に関して、書くことがそれほどないからです。 最初は、ペストの可能性を頭に入れつつ、なぜか人々はそれを否定しようとする。 約450ページのうち(文庫改版バージョン)、約100ページあたりで、ようやく市は閉鎖され、外界から隔離され、『ペスト』という作品の本番が始まった感じです。 『ペスト』は、医師である「リウー」の奮闘を中心に、「タルー」、神父の「パヌルー」、支庁の吏員「グラン」、犯罪者の「コタール」、新聞記者の「ランベール」他、数人の人物が、突然襲いかかった災厄を、どのように受け入れ、あるいは、お互いに助けあいながらペストの「病疫」に立ちむかったかが、えがかれています。 しかし、この訳書の日本語文は、読みにくい箇所(読みにくいというより、何が書いているか分からない)がいくつもあり、私は、その人間関係の細かいドラマを、十全に理解できず、消化不良のまま読み終えた感じです。 まあ、「ランベール」という人物が、閉鎖環境から抜け出そうと努力し、やがて心変わりをする、その過程だけは共感的に読むことができて、それだけは良かったですが。 さて、この作品は、実際に起こったことを書いたものではないので、いわば寓話として読むものなのでしょうが、現在では、どのような状況を想定して読めばよいのでしょうか。 現在だと、感染症の大流行というより、大災害の方が身近で最も(人的被害の)危険性があるでしょう。 病気もそうですが、災害(地震や津波など)による「不条理」は、人間(日本人の場合は特に)が甘受しなければならないものでしょう。 原発事故による放射性物質汚染のように、肉眼では確認できないもの(ペスト菌も同様)に対する恐怖も顕在化しました。 まあ、放射能の場合は人災のきらいもありますが、『ペスト』の中で、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもないものであり、数十年の間……(中略)……眠りつつ生存することができ……(中略)……人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来る」とあるように、人間を襲う何かしらの危険は、常に伏在しているのでしょう。 結局、『ペスト』では、ペストを克服したというより、いつの間にか災厄が去っていた、という感じで、これは人間の無力さをあらわしているのかもしれません。 「ペストと生とのかけにおいて、およそ人間がかちうることのできたものは、それは知識と記憶であった」という一文は、よく心にとどめておくべきものではないでしょうか。 最初(三行の説明部分)にも書きましたが、日本語の訳文が本当に読みにくいので、これを読書感想文に選ぼうと思っている学生さんなどは、やめておいてほうが無難でしょう。 そのせいで、おススメ度は星2つというものになりました。 むしろ、本文よりも、訳者「解説」の方が読みやすく、作品を概括的に捉えるには最適なので、邪道ですが、「解説」だけ読むという手もあります(おススメしませんが)。 (成城比丘太郎).

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カミュ「ペスト」のあらすじ

カミュ の ペスト あらすじ

第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家アルベール・カミュ 1913- 1960)。 彼が自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。 舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。 猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。 その一方でオラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。 医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。 後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者……。 圧倒的な絶望状況の中、それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。 いったい彼らを支えたものとは何だったのか? 「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。 過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。 カミュ自身がレジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。 それだけではない。 「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」「この世にはびこる悪」……私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。 「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもあるのだ。 番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを読み解いていく。 4月11日(土)【Eテレ】午後3:00~4:36 カミュ「ペスト」再放送に寄せて 〜「誠実さ」を武器に闘うこと〜 100分de名著・カミュ「ペスト」一挙アンコール放送をご覧いただき、ありがとうございました。 SNS上では今までにない数のご意見や感想をいただきました。 全て目を通させていただき参考にしています。 今回の再放送決定には特別な思いがありました。 再放送に向けてのチェック作業のために番組を見直す中で、医師リウーとその友人タルーたちの姿に、今、日本全国、全世界で最前線で闘う医療従事者の姿が重なってみえたのです。 専門家ではない私は、ただ祈り応援するしかありませんが、下級役人のグランのように一市民として彼らを支えたい、そう強く願っています。 当面、私ができることは、「名著」の中に、厳しい状況に立ち向かうための智慧や勇気を見出し、お届けすることしかないと思っています。 この作品が何よりも凄いところは、今いるそれぞれの現場で、私たちが何を大事にして行動しなければならないのか、どんな声を上げていかなければならないのかを教えてくれることです。 「ペストと闘う唯一の方法は誠実さだ」と主人公のリウーは語りました。 「自分の職務を果たすことだ」とも。 今の私たちが新型コロナ・ウィルスと闘うために必要なのは、何よりもこの「誠実さ」だと思います。 「ペスト」を読み返す中で、私自身も、自らの甘さを痛感させられましたし、心を新たにさせられました。 NHKオンデマンドで、現在も配信中です。 今後も一人でも多くの人にみていただきたいと願っています。 ペスト蔓延という事態の中で繰り広げられる出来事は当時の状況と瓜二つである。 それは現代社会にも通じているといってよい。 後手に回り続ける行政の対応、人々の相互不信、愛する人との過酷な別離…精神も肉体も牢獄に閉じ込められたような状況の中で、それに照らし出されるように浮かび上がってくる人間の尊厳。 極限状況の中で、「誠実さ」「自分の職務を果たすこと」といった言葉を唯一の支えとして敢然と災厄に立ち向かっていく人々が現れる。 第一回は、やがて多くの人々や行政をも突き動かしていく医師リウーやその友人タルーたちの姿を通して、極限状況下における人間の尊厳とは何かを考えていく。 ペスト予防や患者治癒の試みがことごとく挫折する中、現実逃避を始める市民に対して神父パヌルーは「ペストは神の審判のしるし」と訴え人々に回心を迫る。 その一方で、保健隊を結成しあらん限りに力をふりしぼってペストとの絶望的な闘いを続ける医師リウーやその友人タルー、役人グラン、脱出を断念し彼らと連帯する新聞記者ランベール。 彼らを支えたのは、決して大げさなものではなく、ささやかな仕事への愛であり、人と人とをつなぐ連帯の感情であり、自分の職務を果たすことへの義務感だった。 第二回は、人々を絶望な状況に立ち向かわせる「希望の源」は何なのかに迫っていく。 しかし、それは病状を改善させるどころか苦悶の中での死をもたらした。 罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの心は大きく動揺。 神を信じないという医師リウーは彼に対し「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない。 私はそれと闘い続ける」と宣言。 それを受け、パヌルーは異端すれすれの思想を人々の前で表明、リウーたちと信条を超えて助け合うことを確認する。 一方、リウーの友人タルーは、若き日の挫折から抱き続けた罪悪感を告白し、「神によらずして聖者たりうるか」を自らに課すという信条を吐露する。 第三回は、それぞれの闘いを通して、人は「神」という存在なしに倫理を貫き人間の尊厳を守り続けることができるのか…というカミュの根源的な問いについて考える。 そんな中、医師リウーを支えてきたタルーがついに発病した。 彼は「今こそすべてはよいのだ」という言葉を遺し静かに死を受け容れる。 追い討ちをかけるように、遠隔地で結核の治療を続けていた妻が死んだという知らせがリウーのもとに届く。 最後までリウーを打ちのめし続ける「不条理」。 それでもなおリウーは後世のためにこれら全ての記録を自ら記し残していこうと決意する。 第四回は、思想家の内田樹さんを交えて、彼の思想の根幹にあるキーワード「反抗」の深い意味を明らかにし、人間は、私たちを打ちのめし続ける「不条理」とどう向き合えばよいのかを探っていく。 グランのように闘うこと 中条省平「実は、こんな風に作品のエッセンスを凝縮してしまうと小説の面白さというものが見えなくなってくるんです。 たとえば、いろいろな人生の不条理や悲惨っていうものと闘うとか敗北するといった物語を書いていながら、一方で「セラヴィ(それが人生さ)」と語るおじいさんをぱっと出してくる。 カミュは人間を見る目が多面的だから、こういうことができるのであって、英雄が物語を進行させているんじゃない。 だから、ぜひ原典を読んでいただきたいという気持ちが強いです」 内田樹「文学作品っていうのは、いろいろな読み方があるわけで、たぶんここで提示したのは一つの読み方であって、本当に無数の読み方がある。 今回、焦点を合わせた登場人物とかエピソードとか言葉とかだって、全体の1パーセントにも達しないわけで、残りの99パーセントの中にも珠玉の言葉や場面があります。 トーク内容の密度が高すぎて、どうしても編集で落とさざるを得なかった言葉ですが、「ペスト」ほど、中条さんと内田さんがおっしゃったことを痛感した回はありません。 また、番組ではほとんど触れることができなかったリウーの母親、人生の深みを知りぬいているような、豆を数え続けるおじいさん…彼らのような名もなき人々の存在感もすごい。 点描される彼らの人生からも私たちは大きなことを学べます。 ですから、ぜひ「ペスト」は原典を読んでほしい。 これは制作者としての切実な願いです。 いいようのない衝撃に打ちのめされるとともに、不思議に「生きる力」や「勇気」を与えてくれた本で、何度も読み返しました。 信じていた友人の裏切り、両親との意見の相違、受験戦争の空虚さ……スケール感はまことに小さいですが、さまざまな「不条理」に直面していた私にとって、カミュは生きるための武器を与えてくれました。 それは、リウーのいう「誠実さ」であり、「職務を果たすこと」というシンプルな言葉。 この頃の私にとって、これらの言葉がどれだけ支えになったことでしょう。 今から15年くらい前のことと記憶します。 社会人になって中堅どころの位置をしめるに従って、どこか惰性に陥っていた私に冷や水を浴びせてくれました。 この本をきっかけに猛烈にカミュの著作を読み返したのを今でもよく覚えています。 そこまで極端ではなかったかもしれませんが、カミュがもっとも忌み嫌ったそんな思考法に、当時の私は陥っていたと思います。 世界は複雑で、シンプルに色分けして理解できるわけはないのに、善と悪という二色で塗り分けることにどこか快感を覚え、その論理を振り回してしまうこともありました。 中条さんが執筆した番組テキストからその解説を引用させていただきます。 この現実には完全に正しいことも完全な間違いもない。 それなのに、この世界を善と悪、白と黒に塗り分け、自分を正義の側に置き、邪悪な存在を「外側」に作り出して糾弾をし続ける精神のありよう。 それこそが「ペスト」という象徴を使って、カミュが指し示そうとしたことだったのだと気づきました。 そして、自戒をこめて思うのですが、「ペスト」が暗示したこのような精神のありようは、今、世界やこの国にも蔓延しています。 この点については、番組の中でもいろいろなポイントが語られましたが、ここでは、時間の関係でどうしても番組の中にいれられなかった議論を一つご紹介いたします。 でも、そこに深い愛情をもっているわけですよね、グランっていう人間は。 それと同じような情熱をもって、淡々とペストとの闘いを引き受けていく。 読んでいると、グランっていう人間に、書き手がずっと敬意を込めていることがわかる。 そんな思いを新たにしました。

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『ペスト』カミュ

カミュ の ペスト あらすじ

繰り返される戦争や災害など、私たち人間は「不条理」を避けて生きることができません。 望まなくとも否応なく巻き込まれてしまいます。 そんな時、私たちは 「不条理とどう向き合い、その中でどう生きていくのか」を問われることになります。 カミュの「ペスト」は、そんな「不条理」の中での生き方について、私たちに多くのヒントを与えてくれます。 ) スポンサーリンク 「ペスト」あらすじ 舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカのオランという町。 始まりはネズミの不審な大量死。 その後人間にも感染が広がっていく。 医師リウーはこれがペストによるものだと確信する。 しかし、それを訴えるものの行政は真剣に受け取ってくれない。 後手に回り続ける行政の対応の中で感染は拡大。 オラン市は感染拡大阻止のため封鎖されることに。 そんな中、混乱する市民に対して神父のパヌルーは「ペストは神からの罰である」と説く。 また、新聞記者のランベールは、パリにいる妻のもとへ戻ろうと、裏社会を利用してオランからの脱出を計画。 コタールという犯罪歴のある人物は、それまで苦しんでいた逮捕される恐怖から解放され、恐怖に苦しんでいるのは自分だけではないことにどこか安堵していた。 町の閉鎖が続く中、ペストに感染した幼い子供が苦しみながら死んでいく姿を見た神父パヌルーは、なんの罪もない子供が犠牲になっている現状にショックを受ける。 そして「ペストは神からの罰である」という持論を撤回し、宗教者は信仰を捨てるか、自分に降りかかる全てを受け入れるかを決めなければならないと説くようになる。 その後、パヌルー神父もまたペストのような症状に侵されるが、医師の診察を拒み、神の手に自分の運命のすべてをゆだね、息を引き取る。 医師リウーやその友人タルー、役人グランは保健隊を結成し、ペストの脅威の中で抵抗を続けていた。 彼らの姿を見て、新聞記者ランベールは脱出を断念し彼らと連帯するようになる。 発生から9ヶ月、ペストは沈静化し始める。 しかし、それまで医師リウーとともに奔走してきたタルーがペストに感染。 「今こそすべてはよいのだ」という言葉を遺し死亡する。 追い討ちをかけるように、離れていた妻の悲報がリウーのもとに届く。 度重なる「不条理」の中でもなお、リウーは後世のためにこれら全ての記録を残しておこうと決意する。 伝染病に限らず、戦争や災害をはじめ、事故や病気、生まれ持った境遇など、私たちは誰もが何かしらの不条理の中で生きていると言っても過言ではありません。 「誠実さ」と「連帯」 「ペスト」の物語には様々な人物が登場します。 自己中心的な行動をする人• 考えることをやめ現実逃避する人• 相互不信や無関心を強める人 あらがいようのない不条理の中で、いつの時代でも多くの人々はまずはこうした反応を示すのでしょう。 現実から逃れたい一心で無関心になったり、自分や家族の身を守りたい一心で自己中心的な行動をするようになったり、中には宗教にのめり込んでいく人もいるでしょう。 そんな中で、主人公の医師リウーたちのとる行動と態度はとても印象的です。 (これが、著者であるカミュがこの小説の中で最も訴えかけたいポイントなんだと思います。 ) キーワードは、 「誠実さ」と 「連帯」です。 不条理に立ち向かうのは、神でもなく、特別なヒーローでもなく、いたって普通の人々のささやかな誠実さと連帯であるとカミュは言いたいのだと思います。 主人公の医師リウーのこんなセリフがあります。 「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。 これは誠実さの問題なんです。 こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一 の方法は、誠実さということです。 僕の場合には、つまり自分の職務を果すことだと心得ています。 」 不条理の中では、マスコミはすぐに悪人を仕立て上げ、巨悪に立ち向かうヒーローを作り出すかもしれません。 宗教家は救済を求める人々に「神の手に全ての運命を委ねる」よう説くかもしれません。 不条理という正解のない状況下では、私たちはどうしてもそうした感情的、感動的、または神聖な物語に魅力を感じてしまいます。 しかし、実際にペストに抵抗するのは、決してそんな大げさなものではなく、 普通の人々のささやかで誠実な仕事の積み重ねであるわけです。 決して自暴自棄にならず、誰かを憎むこともなく、自分の人生に誠実に向き合い行動する姿こそ、私たちのあるべき理想の姿なんだと思います。 しかしそれは、誠実であるためにあえて中途半端な立ち位置にとどまるという難しい作業を自分に強いることでもあります。 悪に戦いを挑むヒーローになるでもなく、神に身を委ねる聖職者になるでもなく、単純な正義感を振りかざすわけでもないのです……。 敵を作ったり、何かに身を委ねる方が圧倒的に楽なのに、あえてそれをせずに誠実さを貫くというのは、 「強い信念」と「心の成熟」がなければ簡単にできることではありません。 不条理の中でこそ磨かれる精神 では、「強い信念」と「心の成熟」は、どうやって生まれるのでしょうか? それには試練が必要です。 大きな試練と真剣に向き合う時にこそ、心の成長が可能となるのです……もちろん、「不条理」はそれに該当する大きな試練です。 小説の中では、たくさんの登場人物がそれぞれの形で不条理と向き合っています。 パヌルー神父は、罪のない人々が理由もなく死んでいく中で、 神に救いを求めても何も変えられない現実に直面し苦悩します。 しかし最後は、自分の信仰に身を捧げ、医師の診察を拒み、神の手に自分の運命のすべてをゆだねる決断をし、死んでいきます。 自分自身と誠実に向き合えば、おのずと答えは導き出されるでしょう。 この物語はそのための多くのヒントを私たちに与えてくれます。 少し読みづらい所があるので、読書初心者にはあまり向いていないかもしれませんが、興味のある方はぜひ読んでみてください。

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