ば かな 俺 で ごめん な 誰 より も 輝い てい た 女 歌詞。 #2 今世はモブを愛していこう 2

新渡戸稲造 自警録

ば かな 俺 で ごめん な 誰 より も 輝い てい た 女 歌詞

「よし、こっちの道は安全だ。 ゆっくり進んでみよう」 「あっ近くに川がある。 ちなみに刀を打ってくれた人もモブみが強かった あの後ですね、動けない私を錆兎が離すことなく「俺の育手のところに連れて帰る」とか何だか言いやがりはべりまして、何とか意地でも抱きつかないぞとザビエルになってたら... 来てくれました私の師匠!!! 「っ!師匠!!」 「あっよかった!怪我はだいじょ... うぶっ!」 「師匠~~!!!」 師匠を見た瞬間疲れなんて吹っ飛んだよね ごめんな、子鹿。 先に行くわ 思いっきり暴れ、師匠に抱きつく その勢いに錆兎が呆然としていた 「... えっと... 貴方がこいつの師匠ですか?」 「あ、えっと君は... 」 「錆兎と申します。 彼女に助けてもらった者です」 「そうなのかい?」 「... 別に助けてない... 」 「そっか~流石はみ... むぐっ!?」 あ... 焦ったーーー!!!! ちょ... ちょ待てよ 癖強く 「師匠~?ダメです!」 「むぐ?」 あぁ、今日も師匠が可愛い... じゃなくて!ダメだ... 絶対にこいつら 主要キャラ に名前を知られてはいけない なんでダメかって?... いや、皆の者、よく考えて欲しい 主要キャラって言うのは名前の呼び方だけで距離を詰めてこようとするんだ!例えばだぞ... 「日和!」から「美夜!」とか「ミーヤ!」やらと呼んでくる... どう思う?... 急にイケメンが!美女が!「... 美夜」なんて言ってきたら! こちとらフツメンでやらせて頂いておるのだ 虚しくなるだろう... 美しい名前に名付けられてる感... そう、私は主要キャラに名前を知られる訳にはいかない... 「なぁ」 「ヒッ」 「俺の名前は鱗滝錆兎... お前の名前は?」 「... ノラ」 「?のら?」 「そう、ノラ」 やめて師匠そんな生暖かい視線をむけないで 「なぁ... 」 「しっ師匠!私もう疲れた!帰りたい!」 「おーよしよし。 見てみなさい皆の者... モブは素晴らしいだろう ___... 遠くなっていく背を見ることしか出来ない 「あの人があいつの師匠か?それより... 」 あの時の流し目... せめて名前教えて貰えるくらいには視界に入らないとね 「... くそっ」 俺とは明らかに態度が違っていた 師匠! あんな風に笑うのか... 何とも... 」 「う~~ん... 」 「え...... ?」 私の刀なんだが... 色がわからない いや、ほんとに分からない。 例えるなら アレだ、水彩画描いてる時の小さいバケツの中の色 濁ったようなモザイクがかかってるような... 強いて言うならマゼンタの色が強めかなぁ... 「まっまぁ、色変わりは起きましたので鬼殺隊の才能はあるかと」 「そっそうだぞミーヤ!」 「師匠」 「なっなんだい... 」 「最高」 「 」 ありがとう どこかの素晴らしい夢女子のように透明に輝いたり虹色に彩られることのないどよやかな色よ 勝ち取りましたよおかみ 強く拳を高く掲げた 「にしてもどういう意味の色なんでしょうね?彼女の呼吸にあまり関係がないような... 」 「... 殺す」 貫禄はついた ____ 刀が届いてから早速任務が入り、ほとんど休みがない生活を送っている でも着実に力はついてきてると思う。 感情をある程度コントロール出来るようになったのだ。 そうして訓練していくうちに分かったのは、私が前世から元々持っている感情とこの体に入っていた感情はほぼ裏表だということだ 簡単に言えば、 表情はただ暗く動かない 感情パラダイス エクスプロージョンの通常私 表情は雄弁百面相 感情ただ1点のサブ私 といった感じだ。 浮かんだだろう、あの五感組 そういう事だ やはり私の呼吸は樹中を得意とした 平地よりも飛び回れ、隠れて奇襲、なんて環境が1番やりやすいのにゃ 『そう言えば残念なお知らせだよ~』 「それは残念だね今までありがとう少しの間だったけど煩わしかったよ」 『せめて楽しかったと言ってもらいたかったよ。 後、そういった内容じゃないからね。 罰ゲームなんだけど私が考えることが出来なくなった』 さぁ今夜は焼肉だ 『ひいきを疑われてね、より厳しい奴が担当になった。 ごめんな、死なないくらいには加減するよう言っとくから』 さぁ肉を狩ろう 『ごめんごめん、その目と構えをやめようか 見えてないよね。 てことで... 』 パァン! 『早速のようだね』 視界がグルンと回った _________ 「... ッケホッ... ねっ猫の呼吸 壱の... 」 「ぎゃぁぁぁ!!!!」 にゃぁぁ... キャットも元気がないよ... 」 なっなんっつぅ罰ゲーム... というか... 小指ダメージがひいきだとぉ? 同じ目にあえ もぅ... ほんと... ダメだや... 任務は待ってくれず次々と与えられる 絞り尽くした顔色の私を気遣って、出会った鬼殺隊ボブたちは度々共に闘ってくれたよ... そうさ、モブが好きだからここまで来れた モブが嫌いな奴には無理だった 「きゅっ... 休け キャァァ...... っ」 モブが、モブが呼んでいるぞミーヤ 「っ... 結構きつい... ウェェ.. んだけど」 いいのか、見捨てるのか、モブを ダレカァァ... っ!」 さぁ行け モブを 「... 助けろ」 スザァァァァ!!!... 待っててモブ 『いやぁ俺かっこいい』 そういやSSCお前だったわ 「ヴォエエエ!!」 走りながら今日一の吐き気 ハッ!人影... えぇ!女の子!?」 1番あっちゃいけねぇ奴にあった 「... お見苦しいところを... 申し訳ございません... 」 「いいや!気にしないでくれ!そんなことより、ほんとに大丈夫なのか?もっと休んでからにしないか?」 「いいぇ... 問題ないです... 」 「嘘だ!ねぇ君!なんで嘘つくんだよ!気にしなくていいからもう少し休もうよ!」 「ぃゃ... ほんとに大丈夫ですのでお気遣いなく... 」 「こら!また逃げようとする!一緒に行動しようといってるだろ!」... もう大丈夫です!... っ!ではこれで!」 「えっちょっ!」 逃げろ、逃げるのよミーヤ 大丈夫、ここは樹中... 私の独壇じょ... 「待って!!」 ガシッと腕を掴まれた... 嘘でしょう... はや過ぎない善逸君... っ!離して!!」 「「?!」」 知ってる、君たちは私が何を思ってるか分かるんだ。 だったらこの威嚇を感じろ... 「こんなくらい!... 大じょ... ぶですから!もうこれで「「ダメだ」」 「次逃げたら... 抱っこだ」 なにかの火を付けてしまったようだ 「... そう言えば君、名前は?」 「... ノラです」 「「名前は??」」 解せぬ ______ あれから2人は頑なに私の名前を聞きたがり、ノラと読んでくれない... なぜバレたし 感情コントローレストの私より彼らの感覚は鋭いのか... そう言えばこれはどこの時間列なんだろう 炭治郎と善逸が樹中でモブらを助けるなんてシーン、あっただろうか... もっとモブに輝きを与えてくれ... いいとこいっぱいあるんだか 『ゆぅめーじゃない!あれもこれもぉ!』 「!?!?」 「?どうしたの?」 えっいやどうしたの?? 『そのてぇでドアをあけましょおおー!』 はっ!向こうの建物?の中には... モブ!あの高さじゃ命が危ない! 『しゅうくぅふくがほしいのなっらー!』 間に合うか... いや!間に合ってみせる! 『かなしぃみをしり!ひとぉりぃでなぁきましょおー!』 あと少し... ! 『そしてぇかぁがやぁく』 『ウルトラソウル!!!』 『Hey!!!!!!』ズザァァァァ!!!... 決まった... 確実にSSCがうるさい 「ちょっ... ちょっと待って... 」 「そっその人は... 」 「... 大丈夫ですか?」 「アッ... グッ... なっ何とか... 」 危なかった... それにしてもこの人... 「何があったんですか!?」 血まみれだ 「あっ... 子供?」 子供? 「こんにちは。 こんな所でどうしたのかい?」 男女? 「手乗り雀だ」 あっ 察し チラッ 禍々しい建物 あっ 察し 「つづりの音が... あれからなんやかんやあって、無事に物語通り鬼を倒し、伊之助を仲間にし、何とか落ち着いた 私?いや求めなさんな 私が救うのはモブ。 今回の戦いは確実に主要イベントでしょう?鬼のつづりを利用して何とかはぐれ、伊之助と炭治郎とのケンカ ? を玄関近くで見ていた ー主要キャラ同士の喧嘩ー こういうのは後に上手くいくように出来てるんだ... っ やめよう... 善逸が私に視線を送ってたけど別に仲裁に入ってあげようなんて優しさはないんだ。 善逸こそ行けという意味を込めて少し苛立ちを込めた感情を目線に込めたけど何故か悲しいような、苦しいような表情をされた... あっいや、ごめんよ... いじめるつもりはないんだ... なんで偽名を使うのだろう? そんな時だった 「!?」 困惑の匂いをさせた後、 彼女が急に一目散に走り出した 「えっ!何!?」 驚いた... これだけ訓練してきた俺でも、俺よりずっと速い善逸でも、少し反応が遅れたとはいえ全く追いつけない 「きっ急にどうしたんだ!?」... なんとか追いつくと、彼女は血まみれの男性を抱えていた 「... 大丈夫ですか?」 まさか... あの距離から気づいたのか? 鼻のきく俺でも、耳がいい善逸でも気づけなかったというのに... そう言えばあの時だって、彼女がいる匂いなんて分からなかった 確かに実力はあると思う... でも、、何かおかしい。 彼女からは 心から男性を心配する匂いがする... 助けようとする思い、なのか? 伊之助が気絶した後、ふと建物の玄関あたりから匂いがした... っ! そこにはぼぅっとどこかを見ている彼女がいた そこには具体的な感情の匂いなんてしない... なんだ... なんで偽名を使うんだろう?それに、、 なんで苦しんでもこの名前を使うのだろう? 「!?」 一瞬で彼女の背中が小さくなる 速い 全然追いつけない... !? 「... っハァ... !?」 なんだ... つづり? 禍々しい音をさせた建物の前、 彼女は男の人を抱きしめていた 「... 大丈夫ですか?」... っ なんてあったかい音をさせるんだろう ちょっと前までの押し込められていたような音は一切せず、包み込むような暖かい音がする 思えば出会った時だって、あんな必死に、縋るように刀を振るう人を初めて見た 救わせて欲しいとと泣き叫んでいるようで言葉が出なかった 炭治郎が猪頭の奴と殴りあってるのをぼうっと見ていたんだ... っ!? バッと音がした方を見た なんで... 私はもう行く」 「!?何を言ってるんだ!君も多少なりとも怪我をおっているだろう!一緒に休もう!」 「そうだよ!女の子なんだからもっと体を大事にして!」 「大丈夫」 「... スンッ... いいや!強がってる匂いがするぞ!それに気持ちが悪いのも治っていないのだろう?無理をして欲しくない!」 「?この女誰だ?」 「ノラ」 「それは偽名だろう!」 「オラ」 どっちもちゃうわ はぁ... まぁ、この時のために用意したようなものだからな... 「?どうした?やっぱり具合が... 依代 ____キィィィィン_______ 「「「!!!!????」」」 さぁ味わえ 苦しみに耐え続けて生きてきた私が対応しきれないほどの 2つ目の感情だ 「ガハッ... 」 「... 」 「っ... 結構逃げたな... あれから少し息を整え、さぁ休もうと言う時 「はぁ... ブラック企業... 」 「カァー!南南西!南南西!モットハヤクハシレ!」 任務が訪れた 「はぁ... 焼き鳥だけじゃ夜までもたないよ... 」 「ガァー!!!!!」 「ちょっ!つつくなって!!って... 」 ー鬼の気配ー 「!?センリ!見張ってて!」 「カァー!」 自身の鎹鴉に見張りを頼む チラリと視線を送ればもうはるか上空を飛んでいるのが見える 彼は視野が広くいい意味でも悪い意味でも頭がいい 「... 」 ピチャン... 泣いていた その目に今までの敬意、親愛、全て映して 真っ黒な体を真っ赤に染めて 小さく、小さく泣いていた 「ごめん... なさい... 」 あぁ... きかないで 「間に合わなくて... ごめんなさい... !」 こんな戯言... きかないで それでも口は止まらなくて 資格もないまま涙を流すのだ もう誰かもわからないその瞳が 責めた目をしてくれないかと願いながら もう原型がわからないその体には新しくない傷が多いのが分かる。 決して訓練のあとでは無い。 血の気はないがその顔にはこびり付いた隈の痕がみてとれた 実際のところさ、鬼殺隊のブラックさにはびっくりだよ。 確かに人数足りないのは分かるけどさ、これじゃあモブ達が生き残れない訳だよ。 そんな、昨日の、その前の疲れまで引きづって走り回ってるようじゃ勝てるものも勝てないだろうに 「... 無駄死にした人だって、1人や2人じゃないだろう... 」 「ギャハハハ!!こんな夜に美味そうな女がいるじゃねぇか!!」 ねぇ 「有難く思えよォ~?この俺様が食ってやるんだからなぁ~!!」 君は誰だったの 「んじゃあ!いただきまぁす!!!」 なんのために死んだの ズザァァァァ!!! 「アグっぁぁああ!!」 「おい」 「ヒッ... !」 「「邪魔だ」」 ズザァァン!!!!... ゴドッ... どうして避けなかったんだ」 「... 」 「どうして立たなかったの」 「... 」 「なんで刀を持たねぇ」 「... 気づかなかったの。 凄いね 一瞬でやっつけちゃうんだ」 「腰がね、ぬけちゃったの。 危なかったね」 「手にね、力が入らなかったの。 情けないよね」 ピチャン... 「君のせいじゃない」 ピチャン... ハハッ... 私のせいだよ」 「違う」 「違わない」 「私が間に合わなかったの」 トスッ... 「あっち... 行ってよ... 」 「間に合わなくて... ごめん」 「う... 」 大っ嫌いなのに こんなにも嫌悪感を表してるのに 「ぅぁああああああああああ!!!!」 なぜ離してくれないの なんで放って置いてくれないの そう思うのに、 彼に縋るこの手を離すのはあまりにも怖くて ただ震える体で、震える体にしがみついた 「... っ」 「 うん」 少しも身動ぎ出来ないほど強く抱き締められた。 混じりすぎた感情に押しつぶされ、 そのまま視界は暗くなった__ _________________ オリキャラ:今の年齢はだいたい16~17歳くらい。 感情の切り替えがある程度出来るようになったが、気持ちが高まりすぎると枷が外れる。 自分に間に合ってもなんの意味もないのに、でも助けてくれた、正義のヒーローなんていらない、でも寄り添ってくれる、大っ嫌い、でも感謝してる、でも... と、感情がごちゃごちゃになり意識が落ちた。 炭治郎・善逸:2人の第一印象が違ったのは、 留まらない匂い、と聞きづらい音という違いのため。 オリキャラの身長、童顔的に同い歳かそれより下だと思っている。 誰かを助ける時だけ怪物のように強くなるオリキャラに トゥンク... してしまった。 あの後、気絶したオリキャラを共に宿まで運ぶ。 軽くてびっくり... ちゃんと食べてる? 「何故そんなに抱え込むんだ... 」 伊之助:隣にいた変なやつだと思ってたら今までに感じたことの無い重い感情を肌で感じた。 オリキャラのことは少し気がかり 「オラ」 ノラだよ.

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4th選抜発表カナ?265

ば かな 俺 で ごめん な 誰 より も 輝い てい た 女 歌詞

皆様こんばんは。 お世話になります。 (苦笑+汗;) また、洋楽の場合は、訳詩も併せてご紹介いただければ、なお、ありがたく思います。 その曲に対する想いなども、よろしければお書き添えください。 なお、重複回答は歓迎します。 この曲を初めて聴いたのは中学生のころでしたか(懐)・・・ アルバム「二色の独楽」に収録されていました。 拙い、お礼とも取れぬ文章表現力に乏しい駄文に終始しますこと、お礼が遅くなりがちになりますこと等、予めご了承いただければ幸いです。 とりあえず、簡単な集計も取ってみたいと思います。 締め切り時点で、「この回答を支持する」の得票数が一番多いご回答に、同数の場合はご回答の早い順にポイントを進呈させていただきます。 また、質問者から、感謝の意をこめてご回答の全てに一票ずつ、「この回答を支持する」に投票させていただきます。 質問文が長々となり申し訳ありません。 それでは、宜しくお願い致します。 改めて、心より感謝申し上げます。 今回は、質問者から、全てのご回答に対する感謝の意を込めた「この回答を支持する」1票に加え、他2票、計3票の支持投票を集めた、こちらのご回答に「ベストアンサー20点」を進呈したく想います。 なお、皆様から寄せられた曲目は、お一人様一回答に一曲カウントで、以下のとおりです。 「天使の誘惑」黛ジュンさん 「バニラ」橘いづみさん 「けんかをやめて」竹内まりやさん 「ごめんねジロー」奥村チヨさん 「甘い生活」八神純子さん 「花ぬすびと」明日香さん 「素直にI'm Sorry」チェッカーズ 「ごめんなさい」バービーボーイズ 「for you」高橋真理子さん 「It's My Own Fault」B. King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん 「YOU」浜崎あゆみさん 「Coldplay」 The Scientist 「ムーンライト伝説」DALI 「London Grammar」Strong 皆様、有り難うございました。 (笑)今回もご回答をいただきありがとうございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 (笑) 1968年(昭和43年5月1日)発表の黛ジュンさんの4枚目のシングルです。 この曲で、その年の「第10回日本レコード大賞」も受賞しました。 (ウィキペディアより) この年を代表するヒット曲、と言って差し支えないでしょう。 当方も小学生になった頃に、この曲に接しました。 歌詞の意味もわからずに口ずさんでいましたねえ~・・・ おかげで周りの視線が妙に冷たかったのを憶えています。 (苦笑+汗;) ペダル・スティールギターの音色がどことなくハワイアン音楽を連想させる、綺麗なメロディに感じました。 そういえば、この頃の歌謡曲には、ペダル・スティールギターの音色を生かした曲が多かったように感じます。 当時の映像がありましたので、ついでに貼っておきます。 (笑) 有り難うございました。 (笑)度々のご来訪をいただき有り難うございました。 「重複回答」とは、同じ内容の回答を別々の回答者が挙げることを指します。 例えば、今回の質問では「お気に入りの曲が有りましたら、よろしければ一曲限定でご紹介願います」と、していますので、同じ曲名が複数の回答者から挙げられた状態のことになりますね。 (実際に一曲ありましたが、一方のご回答は曲目が複数ありましたので、カウントには反映させていませんが・・・) 回答者様の、今回の、ご回答の場合は、「追加回答(複数回答)」ですね。 もちろん、これも歓迎するべきことに間違いはありません。 ただ、まぁ、とりあえず、一つのご回答に一つの事例でお答えいただいたほうが、愚鈍な質問者にとっては、理解・カウントがしやすい、との状況により、お願いをしていることに過ぎませんので、どうかお気を悪くなさらないようにお願い致します。 ご紹介、お手製のご翻訳に心より感謝します。 (笑) 金髪美人と称して差し支えなさそうなルックスの、ヴォーカルのハンナ・リードを中心とした音作り、やはりこの歌声は多くの人に届くのだろう、と感じます。 しかし、ロックの持つ荒々しさはあまり無く、どちらかといえば、静かな響き、しかも、どことなく、暗くて湿った感じ・・・ いささか個人的なこじつけの感が強くて恐縮ですが、例えばアメリカのカラッとした風土とでは生まれにくいような音楽だ、との気もしました。 実は、はじめて(ちらっとしか聴いていませんが)北欧出身のグループかと思ったぐらいです。 ひょっとして、人々が、その営みの上に目を背けること(例えば阻害・軋轢・他)を通じて環境問題について言及しているのか、とも考えましたが・・・ 難しい曲ですね。 (苦笑+汗;) こういった曲をご推挙される回答者様に、改めて敬意を表したく思います。 (笑) 大変緻密なご回答、たびたびのご来訪に厚く感謝申し上げます。 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん 「YOU」浜崎あゆみさん 「Coldplay」 The Scientist 「ムーンライト伝説」DALI 「London Grammar」Strong こんにちは。 (笑)ご回答をいただき有り難うございました。 「ムーンライト伝説」DALI(ダリ) これも懐かしい部類の曲となりました。 (笑) テレビアニメ「美少女戦士セーラームーン」および「美少女戦士セーラームーンR」(1992年3月7日の第1話から1994年3月12日の第89話)でオープニング曲として使用されました。 (ウィキペディアより) なるほど、お嬢様のカラオケ・デビュー曲でしたか。 心温まるエピソードのご紹介を有り難うございました。 (笑) 残念ながら私は独り身でして自分の子供はいませんが、当時、私の姪っ子を含め、私が住んでいた場所の近隣に住むお嬢ちゃま(笑)たちにも絶大な人気でして、皆さん、ちっちゃなお口で、よく口ずさんでらっしゃいました。 (笑) あの当時の子供たちも、今ではよきオトナに成長されたことでしょう。 しかし、時の流れるのは早い・・・(遠い目) もちろんアニメも大ヒット。 記憶が定かではありませんが、放送期間が2年に及んだ番組は、このころあまりなかったように思います。 歌手のことまでは念頭になかったのですが、オリジナルを歌唱したDALIは、アクションズの中から選抜された高橋美鈴さん、西本麻里さん、石沢晶さん、土屋さゆりさんの4人のアイドルグループで、「ムーンライト伝説」のリリース直後に解散し、高橋さんと西本さんは、その後にMANISHを結成、とのこと。 (ウィキペディアより) 懐かしい曲と、それに併せて、ご自身の心温まるエピソードのご紹介に、心より感謝申し上げます。 (笑) 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん 「YOU」浜崎あゆみさん 「Coldplay」 The Scientist 「ムーンライト伝説」DALI こんにちは … すぐに思いついたのですが … 非常に重い内容なので … 辛くなり過ぎてしまう方も多いのではと … でも大切なことかと … Coldplay - The Scientist もしも事故とか過失致死のようなエピソードが大丈夫でしたら …、 まずオフィシャルのを何もなしでご覧になられ、 それから此方の訳をお読みになられ、 オリジナルへのlyrics 版でもう一度ご覧になられてもよいのでは … … 今回 i-tune 版のオフィシャルというのを発見し … 見てしまいましたが … … どうも歌はカヴァーのようで (…? ) … オリジナル程、力が無く、声も違うように … 映像のせいで歌はすぐに何処かへ行ってしまう為、そういうものにされているのか … ともかく、こういう事故が余りにも多くなってきているので、オリジナルにヒントを得て 警察 等 の協力を得て作られた version なのか … これを見たのと見ないのとでは 本当に気をつけよう、という意識が格段の差になるとは、思うのですが … 既にそういうことが起こってしまった方々には非常に辛いというか … 特に巻き込まれた車のベビー・シートの赤ちゃんの目が … どちらかというと縮瞳しているようなのですが … 光に反応しないような … 出来るだけショックが少ないように綺麗な作りにはなっていますが … オリジナルのほうは …、此処からは、御覧になられてから読んでいただきたいのですが、 … 彼女がシート・ベルトを外したままだったのは、その直前に脱いでいたジャケットを 後部座席から拾って着たからで、その直後に、あることでハンドルを切り、回避したかに 見えて … 起こった事故はどうしようもなかったことだと思われ、それでも生き残った 彼の心は何度も何度も其処へ舞い戻る … 彼女に謝り、祈り、取り返しのつかないことを 取り返したいという願いで … … そういえば、割と最近の映画で、取り返した、というのがあり … もし フラストレーションになられて、未だ御覧になられておられないようでしたら、ぜひ … 「ミッション 8 ミニッツ」 デヴィッド・ボウィの息子さんが監督された作品です … … i-tune version は、御覧になられないほうがいいかもしれません … ちょっと 何というか … これは …、多分、lyrics 版の横にも出て来ていると思われますが … (これですが … ) こんにちは。 洋楽のカテゴリーでよく拝見しますが、こちらへは初めてのご来訪でしたね。 (笑) ご回答を有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 このグループには明るくありませんが、この曲と、このビデオは憶えています。 ショッキングな交通事故のシーンを含む巻き戻し映像が当時話題となりました。 個人的には視聴に耐えますが、近親者や家族、恋人等を事故で失った人たちには、他のご紹介のものも含めて、これらの映像はツラいでしょうね。 ただ、普段自動車を運転する立場から申し上げますと、事故は、ほんの一瞬のタイミングのズレで起きます。 おっしゃるとおり、件の彼女がシートベルトを外さなかったら・・・ 改めて、身が引き締まる思いです。 最近「歩きスマホ」の危険性が声高に叫ばれていますが、こちらなど、言語道断ですね。 それにしても、よく撮れているなぁ~・・・ 確かに、交通事故への啓蒙活動にはよろしいかも知れません。 ところで、デヴィッド・ボウィ氏の息子さんは映画監督だったんですか。 存じませんでした。 どうも最近の話題には付いてゆけなくて・・・ まったくお恥ずかしい限りです。 面目ありません。 (苦笑+汗;) 大変緻密なご回答ぶり、感服の極みにございます。 ただ、質問者本人の知性・話題性・文章作成能力・情報処理能力に難がありまして、この程度の駄文の書き込みしかできない事を申し訳なく思うのみで、お許しいただければ幸いです。 ご見識の深さに改めて敬意を表します。 ご来訪を有り難うございました。 もう一つのご回答については、お礼が少し遅れます。 あらかじめご了承ください。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん 「YOU」浜崎あゆみさん 「Coldplay」 The Scientist おはようございます。 (笑)ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 申しわけありません。 どちらかといえば、アップテンポで華やいだ曲が多い印象ですが、このような、しっとりとした曲調の曲もあるんですね。 たぶん、今回が初めてじっくりと聴いたんだと思います。 ご紹介に心より感謝します。 言いえて妙ですね。 (笑)詞も切なさせを感じさせます。 こういった機会でもなければ、なかなか耳にすることもなかったでしょう。 ご紹介に心から感謝申し上げます。 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん 「YOU」浜崎あゆみさん おはようございます。 (笑)今回もご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 これも懐かしい曲ですね。 ご紹介を有り難うございました。 いま、ウィキペディアで確認しましたが、この曲は、当時大ヒットした同名のテレビドラマや映画の主題歌ではないそうですね。 いま初めて知りました。 (爆!) マコとミコ、2人の純愛を描いた作品は、当時大きな反響を呼んだそうですが、例えば「世界の中心で、愛をさけぶ」や「いま、会いにゆきます」等の純愛小説の先駆けだったともいえましょう。 (ウィキペディアより) 当時としても空前の大ヒットだったようです。 私も幼少時に、意味もわからずによく口ずさんだものです。 (苦笑+汗;) 今聴くと、青山和子さんの歌声は、島倉千代子さんの歌声に通じるものがあるなぁ、とは、あくまで個人的な感想です。 久しぶりに聴きました。 ご紹介に厚く感謝します。 (笑) 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 「愛と死をみつめて」青山和子さん おはようございます。 (笑)今回もご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 当時は飛ぶ鳥落とす勢いでしたが・・・ この曲は、存じませんでした。 ビデオの存在も存じませんでした。 ご紹介に心より感謝申し上げます。 (苦笑+汗;) たしかに、最後に謝っていますが、「スカートめくりを助長する」とかなんとか、そちらの方面からクレームが付いたりしなかったんでしょうか?へたすりゃ「発売禁止」にもなりかねないように感じましたが、まぁ、こういった曲を唄いきることができるのも彼らならでは、と、いったところでしょうけれども・・・ あのねのねは、初期の頃は「赤とんぼの唄」等、フォークに根ざした音作りと、独特の輪廻感を併せ持つ詞が特徴的だったように記憶していますが、きっと、これは、グループとして後期の曲なんですね。 聴きようによってはだいぶくだけた感じです。 「夕暮れ時はさびしそう」NSP これは、先のご回答にもご紹介が有りました。 青春の一ページ、とは言い過ぎかも知れませんが、せっかくの夕暮れ時のデートを果たしたものの、相手の気持ちは離れていっているようで、余計なお世話ですが、二人のその後が当時は気になったものです。 (苦笑+汗;) オカリナの、なんとももの悲しい響きが夕暮れ時の寂しさを際立たせていますね。 「I'm Sorry」ブレンダ・リー これも懐かしい曲ですね。 1960年の発表でした。 あまり、この歌手には詳しくないんですが、デビュー当初はパンチの効いた唄いっぷりで、はちきれんばかりのティーン・エイジャー・シンガーとして世間に認知されていた「ダイナマイト娘」も、こんなにしっとりとしたバラードを唄いこなす、ということで、当時、大いなる驚きの目で受けいられたそうですね。 ご入魂の3曲のご紹介ですが、とりあえず1曲でお願いしたいので、誠に勝手ながら、大変申しわけありませんが、一番最初にご紹介された『「パンツ丸見え体操」あのねのね』をカウントさせていただきます。 悪しからず、ご了承願います。 ご回答に厚く感謝申し上げます。 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「パンツ丸見え体操」あのねのね 続けてのご回答を有り難うございます。 (笑) 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago 「素直になれなくて」シカゴ これは1982年に発表された曲で、彼らの代表曲のひとつに数えられるヒット曲です。 洋楽にお詳しい回答者様に能書きタレるのもはばかるのですが(苦笑+汗;)、 私は個人的に、シカゴは「長い夜(25 or 6 to 4)1970年発表 などの、ブラス・ホーンセクションの活躍するバンドだと思い込んでいました。 が、しかし、この曲を初めて聴いたときは、えっ?これがシカゴ?と想うくらい、そのサウンドの変わりように愕然としましたね。 ホーンの類はあまり、といいますか、殆ど鳴らさずに最小限に抑え、代わりに当時の流行となったシンセサイザーと、ヘビーなエレキ・ギターを中心としたサウンドになりました。 もう過去のバンドだと言われていた当時、久しぶりに全米一位に輝いたんだっけ・・・ これも言ってみれば、恋人への謝罪の唄、でも陳腐な面は見せない洗練されたオトナの唄・・・とは言いすぎでしょうか・・・(苦笑+汗;) こちらも久しぶりに聴きました。 ご紹介に厚く感謝申し上げます。 (笑) たびたびのご来訪を有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP 「Hard to Say I'm Sorry」 Chicago こんばんは。 (笑)今回も、ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 1974年7月10日の発売、この曲の舞台となった河原は、メンバーで 、2005年にご逝去された天野 滋さんの出身地であり、3人が学生時代を過ごした一関市の磐井川だそうですね。 (ウィキペディアより) オカリナの物悲しい響きが、なんともいえぬ哀愁を漂わせます。 まぁ、青春の一ページの風景、と、でも言いますか、情景がよく描写されています。 結局彼女は来てくれたんだけど・・・その後の進展に暗雲立ち込めることは必至でしょう。 (苦笑+汗;) 久しぶりに聴きました。 ご紹介に厚く感謝申し上げます。 有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon 「夕暮れ時はさびしそう」NSP こんばんは。 (笑)今回も、ご回答をいただき有り難うございました。 お礼が遅くなり、申しわけありませんでした。 ウィキペディアも確認してみました。 結構、いわくつきの曲のようですね。 ビートルズ時代の曲の歌詞を、オノ・ヨーコに自身の嫉妬深い性格をわびる内容に改め、アレンジも変えたそうで・・・ I'm sorry that I made you cry. 君を泣かせてすまなかった・・・ 確認できました。 (笑) オリジナル・ビデオは、今回初めて拝見しました。 野山が連なる風景は、このゆったりとした曲調に、よく合うものと感じます。 久しぶりに聴きました。 ご紹介を有り難うございました。 King 「花はおそかった」美樹克彦さん 「 I Apologize」Anita Baker 「Jealous Guy」 John Lennon Q 好きだけど別れたそんな気持ちを歌った曲を教えて下さい。 8年近く遠距離恋愛で付き合って、結婚をしようと思っていましたが、お互いの生活環境などから、別れなければならなくなりました。 お互い好きなままです。 そんな好きだけど別れた気持ちを書いた曲を教えていただきたいです。 悲しいけれど少しでも早く彼が幸せになってくれたらいいですが。 彼からそろそろと言われましたが、私が母1人と子供を置いて家を出れないと判断し、別れを切り出しました。 彼は私より若く、私の子供までは見れないので。 私も辛いですが、彼はもっと辛いと思います。 個人的な事をダラダラすみません。 若くないので、バラードみたいな曲が好きですが 一番重要は詩です。 本当は会いたくて仕方ないのですが・・・ 宜しくお願い致します。 いくつになっても女の意識は持ち続けて行きたいですが、哀しく辛いです。 ちょっと古いし、高校生が好きそうな音楽ですが、いい歌ですよ。 ここから先は独り言 だだし、これが仕事上のこととなると話は別かも。 仮に会社で上司が「15日までに書類を提出してく れ」と言ったとします。 言外には「16日の出張で 商談に使うからな」ということもありますよね。 もし、そうなら15日の早いうちに書類をチェック したいかもしれないですね。 できれば >14日中に書類を提出してほしかったと 言われることも会社組織のなかではあることですよ ね。 「だったら、そう言って下さいよ。 」って言えませ んよね。 また、本当に15日中で提出がいいとしても終業 間際に提出してたらだめですよね。 もう一つ、ちょっと違うけど、 「15日までに相手銀行口座にお金を振り込んで ください。 」と言われたら、15日のうちなら 何時に振り込んでもいいのではないですよね。 当然相手口座に15日中に入金されていなくては ならないですよね。 質問とは関係ないですけど。 「書類」という言葉から勝手に仕事の事と考えました から。 14日に欲しいと言わないアンタが悪い、ではね。 確かに質問者は正しい。 でもネ。 人生、先手先手。 「15日と言われましたが早めにお持ちいたしました。 」 な~んてね。 ここから先は独り言 だだし、これが仕事上のこととなると話は別かも。 仮に会社で上司が「15日までに書類を提出してく れ」と言ったとします。 言外には「16日の出張で 商談に使うからな」ということもありますよね。 もし、そうなら15日の早いうちに書類をチェック したいかもしれないですね。 できれば >14日中に書類を提出してほしかったと 言われることも会社組織のなかで... Q 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 つまり、土日はまるまる2日、ほとんど寝ているんです。 熱はないし、食欲がない、いくらでも眠れる・・・という感じで、とにかく衰弱してるんです。 今日も20時間ほど、トイレもいかずに寝ていました。 月曜日になると、朝6時に起きて、始業時刻の1時間前には出勤し、12時間以上働いて帰宅します。 平日はこの調子で金曜まで元気いっぱいです。 でも、この土日になると、とたんに無気力になり何にもできないんです。 世間には、私のような人はいらっしゃらないでしょうか?ほんとに怖いくらい無気力になってしまうんですが、これって、病気ではないでしょうか? 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。 まず、朝、起きることができません。 昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。 例えば、友達と約束をしていても外出することができません。 休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。 Q さきほど5時前、夜勤あけの彼氏 28才 から電話があり、迎えにいきました。 彼は明日も仕事で、休めない事情があります。 14時ころには家をでなければなりません。 回答お願いします! 1、寒いと言って寝ましたがやはり暑いらしく、今布団をぬいでしまいました。 10時になれば近所のドラッグストアがあきます。 何を買うのが最適ですか? 自分がこんな高熱をだしたことがなく、どうすればいいかわかりません。 たすけてください! A ベストアンサー 本当はまず病院!です。 高熱が続くのは危険です。 私は不明熱を患っていました。 40度以上の熱が出て、嘔吐を繰り返し 脱水症状で救急搬送されること数度。 どこを検査しても異常はなく 結果「不明熱」という病名になってしまいましたが・・・ そのときに高熱に対する対処の仕方は 医師から教わりました。 熱が出るということは 何かの病と体が戦い熱が出ている、 38. 5度以下の場合はむやみに解熱をさせずに 戦わせる。 勝つというのが前提らしいが 38. 5度を超えたら体の衰弱が激しくなるため 解熱をさせる。 脱水症状を防ぐために スポーツドリンクなどを少しずつでも飲ませる。 解熱には体の太い血管のある場所、 わきの下、足の付け根などを氷嚢やアイスノンで冷やす。 寒いと感じているときは熱が上がってきているとき 悪寒 熱が上がりきるとやはり体は熱くてたまらないが 布団をぬいだとのことなので今この状態ではないでしょうか いくら暑がってもクーラーはダメです!! 発汗をした方が熱は下がるので むやみに体を冷やさない。 解熱の太い血管冷却は続ける 水分補給を欠かさずにしてください。 汗をかいたらすぐに着替えさせてください。 汗で濡れた服のままだと体を冷やしてしまい 発汗による解熱が失われていきます。 また発熱への逆戻りなりますので。 枕元に着替えのシャツとタオルをおいておくといいです。 マクラにはアイスノンより氷枕の方が 寝返りをうったときでも 面積が広いのでお勧めです。 私は氷枕を使います。 解熱剤を用いる。 高熱は本当に体力を消耗させますので 栄養価の高いものを摂取させる。 バナナや栄養補助食品など利用すると良いでしょう。 とにかく熱が出るということは 体が病原体と闘ってる証拠です。 高熱には要注意です。 できれば病院に行ってください。 本当はまず病院!です。 高熱が続くのは危険です。 私は不明熱を患っていました。 40度以上の熱が出て、嘔吐を繰り返し 脱水症状で救急搬送されること数度。 どこを検査しても異常はなく 結果「不明熱」という病名になってしまいましたが・・・ そのときに高熱に対する対処の仕方は 医師から教わりました。 熱が出るということは 何かの病と体が戦い熱が出ている、 38. 5度以下の場合はむやみに解熱をさせずに 戦わせる。 勝つというのが前提らしいが 38. 5度を超えたら体の衰弱が激しく... A ベストアンサー NO.7です。 私が今の彼と付き合っていてつくづく思うのは、人って自分の思うようにはならないということです。 私には私の理想の付き合い方があるように、彼には彼の理想の付き合い方があります。 例えば、私は毎日でも連絡したいし、少なくとも週1は会いたいし、二人の休みが合ったときは一緒に過ごしたいし…などなど理想は尽きませんが、 私の彼は、連絡は会う約束をするときぐらいでよくて、会うのも2週に1度程度でよくて、二人の休みが合ったからと言って別に一緒に過ごさなくてよい…というのが理想と思っているように感じます(実際に聞いたことはありませんが…) そんな二人がお互いの理想を押しつけるだけではうまくいくはずがないと思っています。 そんなに我慢してまで付き合う必要はあるのかと言われればないのかもしれませんが、私は彼が好きで必要なので別れるなんて考えられません。 だからがんばっています。 例えば、 ・連絡が来ないとき、文句を言いたい気持ちを言い換えて「連絡してくれたらうれしいな」という言葉にしてメールや電話で伝える ・連絡してくれたときに、連絡してきて当然という態度ではなく、感謝の気持ちをもつ …などなど、本当は文句を言いたかったり思いきりふてくされたりしたいところを我慢して、前向きな表現に変えるようにしています。 〉電話で別れを告げたところ、がちゃ切りされました これは質問者様のことを好きなら相当ショックだったと思いますよ。 逆の立場で考えてください。 私も相手から電話で別れを告げられたら同じことしますよ。 〉でもその次の日、何事も無かったかのようにいつもよりやさしいメールが来て、仲直りしました。 ここから質問者様への思いを感じます。 相手の方も、自分の気持ちを分かってもらいたいのに分かってもらえず、それでも質問者様とは別れたくないと思っているのでしょう。 相手だっていっぱいいっぱいの感じがします。 それなのに… 〉あそこまで言わなければ、わかってもらえないのかと悲しくなりました。 私から言わせてもらえば、別れを告げた質問者様の方に問題があると思うのに、メールをしてくれるなんてとても優しい方と思います。 ここで本当に別れていたとしたら、それこそ今頃質問者様は激しく後悔していたと思いますよ。 そうさせなかったのは相手の優しさ・質問者様への思いです。 自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちを考えるということをがんばってほしいです。 疑う気持ちは痛いほど分かります。 でも、寂しいとか辛いとかそういうことばかり言っていたら、相手だって「自分とは一緒にいない方がいいのではないか」と思ってしまいますよ。 相手は十分質問者様のことが好きだと感じました。 だから、相手の気持ちをもう少し信じてあげてください。 NO.7です。 私が今の彼と付き合っていてつくづく思うのは、人って自分の思うようにはならないということです。 私には私の理想の付き合い方があるように、彼には彼の理想の付き合い方があります。 例えば、私は毎日でも連絡したいし、少なくとも週1は会いたいし、二人の休みが合ったときは一緒に過ごしたいし…などなど理想は尽きませんが、 私の彼は、連絡は会う約束をするときぐらいでよくて、会うのも2週に1度程度でよくて、二人の休みが合ったからと言って別に一緒に過ごさなくてよい…というの...

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吉川英治 宮本武蔵 水の巻

ば かな 俺 で ごめん な 誰 より も 輝い てい た 女 歌詞

とかく道徳とか仁義とかいえば、 高尚 ( こうしょう ) 遠大 ( えんだい )にして、通常人の及ばざるところ、たまたま及ぶことあれば、 生涯 ( しょうがい )に一度か二度あって、専門的に修むる者にあらざれば、単に 茶話 ( さわ )の 料 ( かて )か、講義の題として聞くもののごとく思い流すの 懼 ( おそれ )がある。 もちろん道徳の思想は 高尚 ( こうしょう )、その道理は 遠大 ( えんだい )であろう。 しかしその効用と目的は日々の言行に現すほど、 吾人 ( ごじん )の意識の中に 浸 ( し )み 込 ( こ )ませるところにあると思う。 古 ( いにしえ )の賢人も道はここにありと教えた。 なお賢人の 曰 ( い )うに、「 言 ( げん )近くして 旨 ( むね )遠きものは 善言 ( ぜんげん )なり。 守ること約にして 施 ( ほどこ )すこと 博 ( ひろ )きものは善道なり。 君子 ( くんし )の 言 ( げん )は 帯 ( おび )より 下 ( くだ )らずして 道 ( みち ) 存 ( そん )す」と。 これを思えば道すなわち道徳はその 性 ( せい )高くしてその 用 ( よう )低く、その来たるところ遠くして、その及ぼすところ広く、 田夫野人 ( でんぷやじん )も守り 得 ( う )るものであるらしい。 わが 邦 ( くに )においては道徳に関する文字は漢語より成るもの多きがゆえに、学問なければ、道も 修 ( おさ )め 得 ( え )ぬ心地す。 仁義礼智 ( じんぎれいち )などとは 斯道 ( しどう )の人にあらざれば 解 ( かい )し 能 ( あた )わぬ 倫理 ( りんり )として、 素人 ( しろうと )のあえて関せざる道理のごとくみなす 風 ( ふう )がある。 これもそのはずであって、むかしは 堅苦 ( かたくる )しき文字を 借 ( か )りて、 聖人 ( せいじん )にも 凡人 ( ぼんじん )にも共通なる考えを言い現す 癖 ( くせ )があった。 これはただに 儒学 ( じゅがく )のみでなく、仏教においても同然で、 今日 ( こんにち )もなお 解 ( と )き 難 ( がた )き句あれば「 珍聞漢 ( ちんぷんかん )」とか、あるいは「お 経 ( きょう )の 様 ( よう )」なりという。 また、かくのごときは 独 ( ひと )り 本邦 ( ほんぽう )ばかりでない、西洋においても一時は 解 ( わか )りきったことさえも、わざわざ自国の通用語を 排 ( はい )してラテン語をもって、論説した時代もあった。 薬も長きむずかしき名を付ければ 効能 ( こうのう )多く聞こゆるの例によりて、ややもすると、今もこの 弊 ( へい )に 陥 ( おちい )りやすい。 なるほど、なにごとにしても、理を 究 ( きわ )めんとすれば心理学の原理に入らざるを得ないから、 容易 ( ようい )ならざる専門的研究となるが、 吾人 ( ごじん )の平常 踏 ( ふ )むべき道は 藪 ( やぶ )の中にあるでなし、 絶壁 ( ぜっぺき ) 断巌 ( だんがん )を 沿 ( そ )うでもない。 数千年来、数億の人々が 踏 ( ふ )み 固 ( かた )めてくれた、 坦々 ( たんたん )たる 平 ( たいら )かな道である。 吾人 ( ごじん )が母の 胎内 ( たいない )においてすでに幾分か聞いて来た道である。 孟子 ( もうし )の、「 慮 ( おもんぱか )らざる所にして知るものは人の良知なり」と言った通り、 慮 ( おもんぱか )らずして、ほとんど無意識に 会得 ( えとく )してある 教訓 ( きょうくん )に従うを道徳と称するものでなかろうか。 わが 輩 ( はい )は決して道徳問題は、みなみな 無造作 ( むぞうさ )に解するものと言うのではない。 一生の間には一回二回もしくは数回 腸 ( はらわた )を 断 ( た )ち、胸を 焦 ( こが )すような 争 ( あらそい )が心の中に起こることもある。 しかしそんな難題は生涯に何回と一本か二本の 指 ( ゆび )で 数 ( かぞ )えつくせるくらいなものである。 平常の 鍛錬 ( たんれん )が成ればたまたま大々的の 煩悶 ( はんもん )の 襲 ( おそ )い来る時にあたっても解決が 案外 ( あんがい ) 容易 ( ようい )に出来る。 ここにおいてわが 輩 ( はい )は日々の 心得 ( こころえ )、 尋常 ( じんじょう ) 平生 ( へいぜい )の 自戒 ( じかい )をつづりて、自己の 記憶 ( きおく )を新たにするとともに同志の人々の考えに 供 ( きょう )したい。 外国語では人という 名詞 ( めいし )をただちに 男 ( おとこ )に代用するが、わが 国 ( くに )において人というのは西洋のいわゆるペルソン( 人格 ( じんかく ))を指し、ただちに性の区別をいいあらわさない。 しかしてこの人なる 語 ( ことば )はあるいは 高尚 ( こうしょう )な意味に用いることもあれば、またすこぶる 野卑 ( やひ )なる意味を 含 ( ふく )ませることもある。 たとえば、 「人と生まれてかかる事をするのは 恥 ( はじ )である」 という場合に用いられた人は、万物の 霊長 ( れいちょう )であり、したがって 廉恥心 ( れんちしん )も自然に 備 ( そな )わっているものなれば、よろしく 自 ( みずか )ら 重 ( おも )んずべきものなりとの意味をいいあらわし、動物に対して人の 尊重 ( そんちょう )すべきを示したものである。 しかるにこれに反し、 「どうせ 人間 ( にんげん )だもの、このくらいのことをするのは当然だ」 という 口調 ( くちょう )を放つときは、 神 ( かみ )ならぬわれわれは肉も血もあり、多くの弱点を備うるものなれば、時にこれしきの 罪業 ( ざいごう )をするのは 免 ( まぬか )れぬと、 半獣性 ( はんじゅうせい )の欠点に富めることをいいあらわすに 用 ( もち )いられる。 かくのごとく人間といえば上は神、下は 獣類 ( じゅうるい )のあいだに 介在 ( かいざい )するものであるから、両者の性質を 兼備 ( けんび )し、自分の 勝手 ( かって )で 都合 ( つごう )よきほうに 較 ( くら )べ、ある時はみずから 尊者 ( そんじゃ )の敬称を 甘 ( あま )んじて受け、またある時はみずから 野卑 ( やひ )と称するほど 謙遜 ( へりくだ )る。 信玄 ( しんげん )の歌に、 人 ( ひと )はたゞ 人 ( ひと )とならねば 人 ( ひと )ならず、 人 ( ひと )となれ 人 ( ひと )、 人 ( ひと )となせ 人 ( ひと ) とあると同じく「 人 ( ひと )」なる 観念 ( かんねん )を二つにしていることが明らかである。 すなわち「人」なる字が善悪の二 様 ( よう )に用いられている。 この人間のうちには男もあれば女もある。 しかして「 女 ( おんな )」なる言葉はその用うる場合により、「人」の場合と同じく、善悪両様の意味を別々に含ませている。 むろん男のことを「女らしい」というときは、十に八、九まで 誹謗 ( ひぼう )する 意旨 ( いし )であるが、しかし女自身に使用するときでも、おもしろからぬ意味を 諷 ( ふう )することはしばしば見るところである。 たとえば、 「 女子 ( じょし )と 小人 ( しょうじん )は 養 ( やしな )い 難 ( がた )し」 という場合、単に 女子 ( じょし )という文字だけにてはさらに善悪の意を含んでおらぬが、 小人 ( しょうじん )という 語 ( ことば )と 結 ( むす )びあわせると、 女子 ( じょし )を 卑下 ( ひげ )する心持が現れている。 ちょっと普通行わるる 諺 ( ことわざ )を見ても、 「どうせ女の事だもの」 「家の乱は女から」 「七人の子は 生 ( な )すとも女に心を許すな」 「 大蛇 ( だいじゃ )を見るとも 女人 ( にょにん )を見るべからず」 などと女に関する 悪口 ( あっこう )がたくさんある。 畢竟 ( ひっきょう )いかに男子が自己の 愚 ( ぐ )より婦人に迷ったかを 自白 ( じはく )するに過ぎぬ。 ことに漢字では女の字を 偏 ( へん )または 旁 ( つくり )に含めるものは、むろん善意を含めることなきにあらざるも、多くの場合むしろ悪意を含ましている。 たとえば女を三字集めた 姦 ( かん )、 両男 ( りょうだん )の間に女を ( はさ )んだ 嬲 ( なぶる )(もっともこれは女のほうより 左右 ( さゆう )にある男のほうが罪あるに相違ない)、奴(やっこ)、妄(みだる)、奸(みだす)、妨(さまたげる)、妖(わざわい)、妬(そねむ)、婪(むさぼる)、嫉(ねたむ)のごときは悪い意味である。 その他普通の用語にしても女といえばなんとなく 卑 ( いやし )めるがごとき印象を受ける。 わが輩は常に女といえばただちに母ということを頭脳に思い出すから、いちがいに女という文字を 嘲笑的 ( ちょうしょうてき )に用うる人多きを見て、 不愉快 ( ふゆかい )に感ずる。 しかし女を 卑下 ( ひげ )する思想は必ずしも日本のみでなく、またシナのみに限らぬ。 西洋においても多少この傾向の存在を否定することはできぬ。 かのシェークスピアの句に Woman, Frailty is thy name. (女よ心弱きとは 爾 ( なんじ )の名なり)といい、またテニソンの Woman is a lesser man. (女は小さき男なり)といえるなど、よほど女を見下げた言葉である。 もしそれかかる 例証 ( れいしょう )を文学中より拾い集めんとすればほとんど無数である。 されば女という言葉だけで、いわゆる 外面如菩薩 ( げめんにょぼさつ )、 内心如夜叉 ( ないしんにょやしゃ )という思想を含ませることは、世界を通じて広く行われることである。 しかし同時にまたこれと反対の意味を含ませて用うることもある。 たとえば、 「 某 ( ぼう )はさすがに女だけありて」 といえば、もちろん弱いという意味にも用いらるるが、またしばしば 柔和 ( にゅうわ )で従順で 廉潔 ( れんけつ )なるの意を含ませて 使 ( つか )わるることもある。 漢字を見ても好(このむ)、妥(しずか)などは善い意味である。 西洋の文学にも女といえばただちに 天使 ( てんし )と同一視する例も少なしとせぬ。 かくのごとく女という字だけを用いる時は、単に男と性を 異 ( こと )にする人なりという簡単な意味にとどまらないで、善とか悪とかいう 道徳的 ( どうとくてき ) 評価 ( ひょうか )で判断さるるものである。 しかしてこの評価はその使用の場合によりあるいは高きことあれば、あるいは安きことありて、 相場 ( そうば )が一定しない。 しからば男という言葉もまた人もしくは女というように善意にも悪意にも用いらるるかというに、これは 奇態 ( きたい )に悪意に用うることがほとんどない。 単に男というときは、ただちに男らしいとかあるいは 剛毅 ( ごうき )とか、あるいは 大胆不敵 ( だいたんふてき )、あるいは 果断 ( かだん ) 勇猛 ( ゆうもう )、あるいは 任侠 ( にんきょう )というような一種の 印象 ( いんしょう )を 惹起 ( じゃっき )す。 「 天川屋儀兵衛 ( あまがわやぎへえ )は男でござる」 と一 喝 ( かつ )すれば 捕手 ( とりて )の者も 閉息 ( へいそく )する。 男一 匹 ( ぴき )なる句は一種 爽快 ( そうかい )なる感想を人に与える。 わが輩はその出所を知らぬが、おそらくは徳川時代の産物であろう。 普通動物に用いる一匹なる言葉をそのままに、万物の霊長たるしかも女に 優 ( すぐ )れたる男子に応用するは、一見男子を 侮辱 ( ぶじょく )せるかの 疑惑 ( ぎわく )を 促 ( うなが )すが、おそらく動物としても優勝なるものの資格を嘆美するために用いた言葉ではあるまいか。 すなわち前に述べた 勇猛 ( ゆうもう )とか 任侠 ( にんきょう )とかという勇ましいところに重きをおいてこの句を用いたのではあるまいか。 いわば動物として最も 微妙 ( びみょう )なる知能を有する者、または才能によりて力の足らぬところを、武器をもって 補 ( おぎな )い、 豺狼虎豹 ( さいろうこひょう )も遠く及ばぬ力を 逞 ( たくま )しゅうするさまをいいあらわしたものであろう。 右のごとく考え来たれば一 匹 ( ぴき )なる言葉には、やはり幾分か 侮辱 ( ぶじょく )の意が含まれているごとく思われる。 けだし 聖人 ( せいじん ) 君子 ( くんし ) 高僧 ( こうそう )等より見れば、普通にわれわれの賞賛する武勇は 猛獣 ( もうじゅう )の勇気に類したもので、 孟子 ( もうし )のいうところの 匹夫 ( ひっぷ )の勇に過ぎぬ。 わが武士道においてもかくのごとき勇気をもって 猪勇 ( ちょゆう )と称し、 深 ( ふか )く尊敬しなかったものである。 しかしこれは高き見地より見てのことであって、社会がいまだ 法治 ( ほうち )の階段に進まない時代には、武勇は社会の安全に対する 保障 ( ほしょう )で、武勇なければ生命も財産も危険に 瀕 ( ひん )するばかりである。 今でも一 朝 ( ちょう )事ある際には、たちまち一国が猛烈なる 所為 ( しょい )に出る。 沙翁 ( さおう )の 言 ( げん )に、 「ラッパの 音 ( ね )のわが耳に 響 ( ひび )く時は 吾人 ( ごじん )のまさに 騎虎 ( きこ )の行動を 倣 ( なら )うの時なり」 と。 暴虎馮河 ( ぼうこひょうが )の 徒 ( と )には 孔子 ( こうし )は 与 ( くみ )せずといったが、世俗はいまだ彼らに 敬服 ( けいふく )する。 昔時 ( せきじ )、ローマ時代には徳という字と勇気という字とは二つ別々に存在しなかった。 勇 ( ゆう )すなわち 徳 ( とく )、 徳 ( とく )すなわち 勇 ( ゆう )と考えられていた。 かかる時代には よしや動物性が混じ、 匹夫 ( ひっぷ )の 勇 ( ゆう )以上に 昇 ( のぼ )らずとも、それが 尊 ( とうと )かった。 しかして男子として 褒 ( ほ )むべきはこの種の 勇 ( ゆう )を有したからで、国がやや進歩し、法律をもって善悪 曲直 ( きょくちょく )を 判別 ( はんべつ )する時代にいたっても、依然としてなお 匹夫 ( ひっぷ )の 勇 ( ゆう )が 尊 ( とうと )ばれ、男を 褒 ( ほ )むるに一匹の言葉をもってしたものであろう。 ヨーロッパでは 耶蘇教 ( やそきょう )が普及して以来、人生観が一変した。 したがって人間の 評価 ( ひょうか )もまた変わってきた。 柔和 ( にゅうわ )なる者は幸いなりとは、 基督 ( キリスト )の 教訓 ( きょうくん )であるが、 汝 ( なんじ )に敵する者を愛せよとか、あるいは 汝 ( なんじ )を迫害する者に 復仇 ( ふっきゅう )するなかれとか、 汝 ( なんじ )に一里の道を 強 ( し )うる者あらば二里を 歩 ( あゆ )めとか、右の 頬 ( ほお )を打つ者あらば左をも 叩 ( たた )かせよというがごとき、 柔順 ( じゅうじゅん ) 温和 ( おんわ )の道を説き、道徳上の理想としてこれが一般社会に説かれたのである。 しかしこれを実行する者はほとんど皆無であった。 わずかに有志者があるいは世を去りあるいは山深く 庵 ( いおり )を結び、あるいは市街にありても 僧 ( そう )となりて俗縁を断ったものが、文字どおりにこれを実行したるに過ぎなかった。 普通一般の人はみずから 耶蘇教徒 ( やそきょうと )なりと 称 ( しょう )しながら、この 柔和 ( にゅうわ )の道を守らなかった。 すなわちニーチェが 耶蘇教 ( やそきょう )を 奴隷 ( どれい )の道徳と 悪口 ( あっこう )したのも無理ならぬことで、 現時 ( げんじ )の戦争にも現れているとおり、 基督 ( キリスト )の言葉が決してそのままに行われておらぬ、むしろその反対の 勇猛 ( ゆうもう )なる 教旨 ( きょうし )が、 耶蘇教 ( やそきょう )以前より一貫して 欧州 ( おうしゅう )に 盛行 ( せいこう )している。 これこそ実にニーチェのいわゆる 治者 ( ちしゃ )の道徳である。 これは前に述べた女らしく柔順なれという 基督教 ( キリストきょう )に対し、男らしかれという教訓である。 こんにちの世界はこの両者 相俟 ( あいま )って始めて円満なるを得るものであるが、 外 ( そと )に対して常にわれわれの眼を喜ばせるものは、 男々 ( おお )しき男性的道徳である。 しかしこの柔和なれと 訓 ( おし )うるは 独 ( ひと )り 耶蘇教 ( やそきょう )に限ったことでない。 道徳とさえいえば、マホメットの 回々教 ( フイフイきょう )を除き、たいてい 柔和 ( にゅうわ )の徳を主として教えざるものはない。 孔子 ( こうし )の教えのごときは、 よほど俗界に 縁 ( ゆかり )の近いものであるが、なお恭謙譲の三者をもって最高の徳として考えている。 もちろんこれらはいずれも個人を主とし、その実行すべき徳を説いたもので、これをもってただちに国と国との関係にまで応用すべしとは、おそらくはいかなる宗教家でも説いてはおらぬであろう。 またこの宗教の旨をそのままに 遵奉 ( じゅんぽう )すれば、とかく 柔弱 ( にゅうじゃく )に流れ、かえって開祖の主旨に反する 虞 ( おそれ )もある。 現に 基督 ( キリスト )のごときは前にも述べたごとく 柔和 ( にゅうわ )主義の教えを垂れたるにかかわらず、ときには大いに 憤 ( いきどお )り、綱をもって神殿を 汚 ( けが )した商人を 放逐 ( ほうちく )したことがある。 この事実に 徴 ( ちょう )すれば温和を主とするとはいえ、必ずしも不正なる要求に対しても 唯々諾々 ( いいだくだく )、これに 盲従 ( もうじゅう )せよとの意ではなかったことがわかる。 ゆえに人にはあくまでも男らしい気骨がなければ宗教の 主旨 ( しゅし )にも 適 ( かな )わなくなる。 人は軟骨動物ではない。 愛とは単に老牛が 犢 ( こうし )を 舐 ( な )むるの類に 止 ( とど )まらぬ。 しかしてこれは 啻 ( ただ )に男子にかぎらず、女子においてもまた然りである。 今より六、七十年前、英国の思想家のあいだに 基督教 ( キリストきょう )の 柔弱 ( にゅうじゃく )に流るるを 憤慨 ( ふんがい )して、いわゆる 腕力的基督教 ( マスキュラークリスチャニーチー )を主張したものがあった。 この事業に従った主なる人には文豪キングスレー、大説教家モリース、『トムブラオン』の著者として有名な裁判官ヒュース等があった。 もちろんこれら一派の 紳士 ( しんし )は腕力を 縦 ( ほしいまま )にしたのでなく、 基督 ( キリスト )の仁と称するは決して悪き意味における婦女子の愛のごとき 猫可愛がりでないと説いた。 そして彼らの腕力は一時ロンドンに響いたものである。 ヒュースのごときは身は裁判官でありながら、ロンドンのちまたに 喧嘩 ( けんか )があると、職務 柄 ( がら )の礼状を発することなく、みずからその 渦中 ( かちゅう )に飛びこみ、「サアここにヒュースが来た、ヒュースの 拳骨 ( げんこつ )を知らぬか」と 名乗 ( なの )り、もってしばしば 喧嘩 ( けんか )を仲裁したという。 彼らはまさしく男一匹の心持で活動したのである。 わが国にていえば、まず男 伊達 ( だて )の 趣 ( おもむき )を備えた人である。 わが 輩 ( はい )はつねに男 伊達 ( だて )の制度を 景慕 ( けいぼ )する者である。 なかでも 幡随院長兵衛 ( ばんずいいんちょうべえ )のごときは、これを談話に聞いても、書籍に読んでも、じつに我が意を得たものとして 尊崇 ( そんすう )せざるを得ぬ。 任侠 ( にんきょう )の 標榜 ( ひょうぼう )するところには、 些細 ( ささい )なる点においてまことに 児戯 ( じぎ )に似たることも少なくない。 たとえば 手拭 ( てぬぐい )はどう持つものとか、尺八はどう ( さ )すとか、帯はいかに結ぶとか、語尾はいかに発音するかというがごとき、 愚 ( おろか )なことではあるが、その子分として用いた者が多くは無学の 熊公 ( くまこう ) 八公 ( はちこう )の 類 ( るい )であったから、かくのごとき 紋切形 ( コンヴェンション )を 設 ( もう )け、これによりて 統御 ( とうぎょ )の 便 ( べん )を 計 ( はか )ったのも、あるいは止むを得なかったことであろう。 これらの 些細 ( ささい )の事柄は笑うべきではあったが、まただいたいにおいて彼らのなすところ、 物騒 ( ぶっそう )の傾向なきにあらざりしも、その動機においてはいかにも男性的で、子分の顔を立てるためには自分に不利益なる 喧嘩 ( けんか )を 買 ( か )ったこともあろう。 自分の命を投げ出したこともあり、強きを 挫 ( くじ )き弱きを 扶 ( たす )くるを主義とし、 義 ( ぎ )を見ればいかなることにも 躊躇 ( ちゅうちょ )しなかった。 この 任侠 ( にんきょう )な勇猛な性質は、 勘定 ( かんじょう )高き 現今 ( げんこん )の社会においておおいに 珍重 ( ちんちょう )すべきものと思う。 されとてわが輩は、法律もろくろく備わらなかった社会に発達した風俗を、法治国たる憲法政治のもとにそのままに実行することは、 断 ( だん )じて非なりと信ずるゆえに、たとえ 当年 ( とうねん )の男 伊達 ( だて )の意気を 思慕 ( しぼ )するとはいえ、こんにちの男一匹は長兵衛そのままを写して 可 ( か )なりとは思わぬ。 争議起これば、 今日 ( こんにち )はこれを 治 ( おさ )むるために 相応 ( そうおう )の法定機関がある。 これによりて 是非曲直 ( ぜひきょくちょく )を判断すべく、みだりに腕力を用うることを許さぬ。 ゆえにわが 輩 ( はい )は外部に表れた男 伊達 ( だて )の行為よりも、むしろこの行為を生み出した 任侠 ( にんきょう )の心持が 欲 ( ほ )しいのである。 すなわち、 「男は気で食え」「 男前 ( おとこまえ )よりは 気前 ( きまえ )」 などいうところの男性的気象が 欲 ( ほ )しいのである。 人にまけ 己 ( おの )れにかちて 我 ( が )を立てず義理を立つるが男 伊達 ( だて )なり の一首まことに 深重 ( しんちょう )の味がある。 ことに 上 ( かみ )の句の「 人 ( ひと )にまけ」のごときは前に述べたもろもろの宗教の教うるところで、右の 頬 ( ほお )を打たるれば左の 頬 ( ほお )を出すがごとき意を含んでいる。 またそのつぎの「 己 ( おの )れにかちて」などは勇の最も洗練されたるものである。 勇気もこの階段に達すればもはや猛勇でなく、 匹夫 ( ひっぷ )の勇でもない。 孟子 ( もうし )のいわゆる大勇なるもので、西洋の学者のいうモーラル・カレッジ( 道徳的勇気 ( どうとくてきゆうき ))である。 男一匹たるの資格は第一に勇を 揮 ( ふる )うて 己 ( おの )れに 克 ( か )つにありと思う。 己 ( おの )れに 克 ( か )つものはほかに勝つこともさほど難事でない。 己 ( おの )れに 克 ( か )つものは 世界 ( せかい )に 勝 ( か )つことを 得 ( う )と古人の 言 ( い )えるのはこのことである。 なお古い漢書に 曰 ( いわ )く、 「善く身を 処 ( しょ )する者は、必らず世に処す。 善く世に処せざるは、身を 賊 ( ぞく )する者なり。 善く世に処する者は、必らず 厳 ( げん )に身を修む。 厳 ( げん )に身を修めざるは世に 媚 ( こ )ぶる者なり」 と。 決して女子は勇気なくともよいというのではないが、女子の強きところは 耐忍 ( たいにん )にありとせば、男子の特長は 猛進的 ( もうしんてき )なる 奮闘 ( ふんとう )の力にある。 このことを論ずるには 多言 ( たげん )を要せぬ。 動物を見てもすみやかに天意のどこにあるやは 察 ( さっ )しられる。 孔子 ( こうし )の 弟子 ( でし )なる 子路 ( しろ )は 勇 ( いさ )ましい男性的の者であって、つねに勇を好んだ。 ある日 孔子 ( こうし )にたずねた、 「 君子 ( くんし )は勇を 尚 ( とうと )ぶか」 と、孔子は答えて、 「君子は義をもって 上 ( じょう )とす。 君子 ( くんし )勇ありて義なければ 乱 ( らん )を 為 ( な )す。 小人 ( しょうじん )勇ありて義なければ 盗 ( とう )をなす」と。 じつにそのとおりで、古人の語に、 「 深沈 ( しんちん ) 厚重 ( こうちょう )は 是 ( こ )れ第一等の 資質 ( ししつ )、 磊落 ( らいらく ) 雄豪 ( ゆうごう )は是れ第二等の資質、 聡明 ( そうめい ) 才弁 ( さいべん )は是れ第三等の資質なり」と。 しからば男一匹たるの資格は、勇気の 有無 ( うむ )のみをもって定むるかというにそうは行かぬ。 勇気なるものは目的に達する方法であって目的でも動機でもない。 なんのために勇を 揮 ( ふる )うかといえば、義のためにするのである。 義を見てなせばこそ勇と 称 ( しょう )すれ、不義と知りながら行えば、いかに奮闘してもそれは 怯 ( きょう )たるを免れぬ。 ここにおいて男性として 欠 ( か )くべからざる要素は事の 本末 ( ほんまつ )物の 軽重 ( けいちょう )を分別する力である。 テニソンが「女は小さき男なり」といったのは、むろん形の大小を意味したのでなく、知能の多少を指したのである。 わが輩は 脳髄 ( のうずい )において女性が必ずしも男性に劣るとはいわぬ。 女性にして学者や芸術家や宗教家を出しているに見れば、両性のあいだにおいて 脳髄 ( のうずい )の作用が種類を 異 ( こと )にするとは思わぬ。 今までは西洋においても女性は男性ほどに教育の恩典に 与 ( あずか )るの便がなかったゆえ、その頭脳もまた思う存分に啓発されなかった。 しかし女子教育の便も進みたれば、今後女性の智力の発展は男子のそれに比べてますます大なるものであろう。 もっとも普通に女子は男子に劣るという言葉のうちには、 腕力 ( わんりょく )の差違を含めることはいうまでもないが、 思慮 ( しりょ )において男子の女子に 優越 ( ゆうえつ )なることを述べたのである。 「女 賢 ( さかしゅ )うして牛売り 損 ( そこ )なう」「女の 鼻 ( はな )の 先 ( さき )思案」 などいうは、こんにちの女子に対してははなはだ 侮辱 ( ぶじょく )の 言 ( げん )に聞こゆるも、女学校の設置なかりし時代においてはさもありしなるべしと思われる。 否 ( いな )、女学校に通う学生のあいだにおいてさえも、なお往々にしてこの 謗 ( そし )りを 免 ( まぬか )れないものもある。 わが 輩 ( はい )のいう 思慮 ( しりょ )とはいわゆる「ロジカル・マインド」で、推理の力の 謂 ( いい )である。 かくすればかくなると直接に起こる因果の関係は何ぴとでも 測 ( はか )りやすきことであるが、その先は? なおその先は?と先の先までも推論を下して遠き 慮 ( おもんぱかり )を 凝 ( こ )らす力は、今日では(将来はいざ知らず)なお男子の特長(もちろん男子にも 無思慮 ( むしりょ )の者多きはいうまでもなけれど、女子に比すれば少なかるべく)とも称すべきものであって、男一 匹 ( ぴき )と 誇 ( ほこ )るものはものごとの利害、曲直について 篤 ( とく )と 思慮 ( しりょ )する要素を備えねばならぬ。 思慮 ( しりょ )のただ 胸中 ( きょうちゅう )にあるのみにては、まだ男性の資格を充分に 発揮 ( はっき )したとは言い 難 ( がた )い。 なんとなれば男性の特性は活動にある。 働きかけすなわち能動は男性的にして、女子は受け身である。 また男子の働きは外部に現るるを 誉 ( ほまれ )とするも、女子の働きは 内助 ( ないじょ )にある。 しかしてこの 内助 ( ないじょ )はただに一家のうちの意味にとどまらずして、心のうちの助けの意味とも解すべきであると思う。 ゆえに一家に事あり、これに 処 ( しょ )するは男子の任であるが、その動機はあるいは女性に起こることが少なくない。 キングスレーの 詩 ( し )に、 Men must work and women must weep. (かせがにゃならぬ男の身、泣かにゃならぬ女の身) という一 句 ( く )がある。 詮 ( せん )じつめれば男子の力は 思慮 ( しりょ )に 止 ( とど )まらでこれを判断し、しかしてこれを実行するにある。 女子の力は判断するについてははなはだ弱い。 しかし思慮するに参考とすべき種々の観察を下し、あるいはこれが材料を集むることは決して男子に 劣 ( おと )るものでない。 かつてある学者の 言 ( げん )に男子の 脳髄 ( のうずい )は 帰納的 ( きのうてき )なるも、女子は 演繹的 ( えんえきてき )なりとあったが、女子は感情が 勝 ( まさ )っているから冷静に事物に接することが 難 ( かた )い。 しかし感情の力をもって事物を観察すれば、理性によりて発見しえざることがらを、往々にして発見することがある。 昔の男一匹は動物的に猛勇を 揮 ( ふる )うを特性としたとはいいながら、なおかつ当時においても女子よりは 思慮 ( しりょ )と判断の力が 優 ( すぐ )れていたであろう。 こんにちの男一匹は、文化の進歩とともに 昔時 ( せきじ )のごとき 蛮勇 ( ばんゆう )の必要はいちじるしく 減少 ( げんしょう )したけれども、 思慮 ( しりょ )と判断力とにおいて 多々 ( たた )ますます進むにあらざれば、男一匹として女子に 優 ( まさ )るの理由を失うにいたる。 近来、人類の進歩を考うるに、女子の進歩は男子にくらべて速度が早いと思われる。 知識上のことはいうまでもなく、その身体のうえにおいてさえも、近時、男子の体格上に起こる変動よりも、女子の体格に起こる変動が多い。 ある学者はかくのごとき有様が続いたならば、世は遠からず 蒲柳 ( ほりゅう )の美人がなくなるだろうというている。 思慮、学問、決断において女子が男子のごとくなれば、身体までも 相 ( あい )類似してくる。 かくなればもはや男一匹などいうことは決して男子の誇りの言葉でなくなる。 昔時 ( せきじ )の得意を夢み、油断していると、男子はその長所を失うて粗雑な荒くれ男のごときものとなり、さらに一歩を進めて道徳上に退化を来たしたならば、いよいよ一匹の匹が動物的男性なることを示すにいたりはせぬか。 ある人は今後の戦争は女性との対戦ならんといった。 もちろんこれは 腕力 ( わんりょく )の戦いでなく、経済的の戦いである。 この戦いはすでに開始せられ、工場において、学校において、商店において、事務所において、女性は一部男性に代って仕事しつつある。 この競争は今後急に終るまいと思うが、今やまた知識上の競争も始まらんとしている。 これを思えば男一匹の将来ははなはだ危ぶまるる。 この戦争が将来いかに成りゆき、いずれが勝つか、いずれが負けるか、はたまたいずれも勝負なしに円満なる 平和 ( へいわ )をもって解決さるるか、それは未来の事とし、 吾人 ( ごじん )の目下の務めは、男子は男子だけの性質を 忌憚 ( きたん )なく発揮することにある。 競争とか勝負とかいえば、両性のあいだに利害を 異 ( こと )にするように聞こゆるし、また 現 ( げん )に経済上の競争においては利害を異にしているが、この利害を異にする関係は永遠に続くものであるか、あるいはまた男女は単に性の相違するのみで、その他の利害はことごとく共通するものではないかという問題も起こってくる。 従来、男は女に比し優等なりしために、男は女を保護するをもってその義務となし、またこれを 愉快 ( ゆかい )とした。 がこの点についても今後両性が 相 ( あい )類似するときは同等となり、一方が一方を保護する必要がなくなりそうであるが、おそらくはそれは空想にとどまり、動物の例により 推測 ( すいそく )するに、男性はあくまでも女性を保護するものらしい。 すなわちある意味において女性はあくまでも弱き地位に立つもので、男は松、女は 藤 ( ふじ )である。 今後、女性の身体の構造にいかなる変化が来たるとするも、男子に 乳房 ( ちぶさ )が加わる時の来ないあいだは、母たるの役目はいつまでも女子に属する。 この一時に 鑑 ( かんが )みても男子は女子を保護するの義務が 天然 ( てんねん )に備わっていると思われる。 ゆえに男一匹に欠くべからざる要素は女性に対して保護者となるにある。 女性の弱きに乗じて彼らを 弄 ( もてあそ )び、あるいは彼らを苦しめるがごときは、これ男性の権能を 濫用 ( らんよう )するのはなはだしきもの。 力ある者が力なきものを養いかつ 護 ( まも )るこそ、生物界における永遠 不易 ( ふえき )の法則である。 むかしの 任侠 ( にんきょう )と称する者を見ても、彼らは外見上 放蕩 ( ほうとう )三 昧 ( まい )に身を持ち 崩 ( くず )すようでありながら、なお女子に対する関係は思いのほかに潔白で、足を 遊里 ( ゆうり )に踏み込んでも、女子を 弄 ( もてあそ )ぶがごときことは少なかったようである。 この程度に達せざれば二十世紀における男一匹として世に誇ることはできぬ。 女子の保護者たる役目を 全 ( まっと )うするには 猛勇 ( もうゆう )では 叶 ( かな )わぬ。 やはり優しきところ、一見女性的のところがなくてはならぬ。 血も涙もあってこそ真の男と称すべし。 今後の男 伊達 ( だて )は決して 威張 ( いば )り一方では用をなさぬ。 内心 剛 ( かた )くして外部に 柔 ( やわ )らかくなくてはならぬ。 むかしの賢者も教えて 曰 ( いわ )く、 「 人 ( ひと ) 剛 ( ごう )を好めば 我 ( われ ) 柔 ( じゅう )をもってこれに勝つ」 と、また 曰 ( いわ )く、 「 柔 ( じゅう ) 能 ( よ )く 剛 ( ごう )を制す、 赤子 ( せきし )に 遇 ( あ )うて 賁育 ( ほんいく )その 勇 ( ゆう )を 失 ( うしな )う」と。 男子は 須 ( すべか )らく強かるべし、しかし強がるべからず。 外 ( そと )弱きがごとくして 内 ( うち )強かるべし。 負 ( ま )けて 退 ( の )く人を弱しと思ふなよ 智恵 ( ちえ )の 力 ( ちから )の強き 故 ( ゆえ )なり とは、 真 ( しん )の男子の態度であろう。 男もこの点まで 思慮 ( しりょ )が進むと、先きに述べたる宗教の 訓 ( おし )うる趣旨に 叶 ( かの )うてきて、 深沈 ( しんちん ) 重厚 ( じゅうこう )の 資 ( し )と 磊落 ( らいらく ) 雄豪 ( ゆうごう )の 質 ( しつ )との 撞着 ( どうちゃく )が消えてくる。 かくなると 羊 ( ひつじ )のようにおとなしい性と 虎 ( とら )のごときたけき質とを兼備する人格が出るであろう。 悪きことは 豺 ( さい )を見て 戦 ( おのの )く 臆病心 ( おくびょうしん )にあるのだから、その温順 寡慾 ( かよく )なる羊質をもちながら、なお 虎 ( とら )の 驍悍勁 ( ぎょうかんけいれい )なる質を修めたら、すなわち 廉毅忠果 ( れんきちゅうか )の性格となりてこれに 超 ( こ )ゆる人格はなかろう。 政治家かつ文学者として高名なるバヤード=デーロル氏の詩に 曰 ( いわ )く、 永き過去を持たぬ人にも、自己の身の上を反省し、もって将来のことを計るのは、折々あることであろう。 まして一生の旅路の坂を下りかけた人にはしばしばある。 ゆえにこれは 老若 ( ろうにゃく )を問わず誰しも経験あることと信ずる。 凡人の習いと言わんか、僕もこの例に 違 ( たが )わず四十歳前後のころよりしばしば、 「 己 ( おの )れは一 人前 ( にんまえ )の仕事を 為 ( な )したであろうか」 を自問した。 しかしてこの問題の起こると同時に起こる疑問は、そもそも一人前というはいかなる 量 ( りょう )を指すかということである。 一 人前 ( にんまえ )、一 人分 ( にんぶん )、一と 通 ( とお )り、 人並 ( ひとなみ )、十 人並 ( にんなみ )、男一 匹 ( ぴき )の任務などいう言葉はわれわれのつねに聞くところである。 なかんずく一人前という言葉は種々の場合に応用されている。 反物 ( たんもの )一反あれば一人前の衣服が出来る。 五 合 ( ごう )の米があれば人間一人の一日の生命をつなげる。 独立の生活を営み得るだけの芸術を習得すれば、一人前の芸人となる。 料理屋で 飯 ( めし )を注文すれば一 合 ( ごう )二、三 勺 ( じゃく )を一人前という。 牛肉屋に肉を注文すれば二十五 匁 ( もんめ )より三十五 匁 ( もんめ )までをもって一人前とする。 一人前に 対 ( たい )してかくのごとき標準を 設 ( もう )けたのは何より起こったのであるか。 四 尺 ( しゃく )に足らぬ 小 ( こ )男にも、六 尺 ( しゃく )ちかい 大兵 ( だいひょう )にも、一 反 ( たん )の反物をもって不足もしなければあまりもせぬ。 もっとも仕立の方法によりてはいかようにもなし得られる。 特別の理由あるにあらざれば、 丈 ( たけ )の長短を 斟酌 ( しんしゃく )せず一人前は一 反 ( たん )と定めてある。 また小食の人も 健啖家 ( けんたんか )も、 肉 ( にく )を注文すれば同じ分量を 授 ( さず )けられる。 ほとんど個性を無視して 男 ( おとこ )一 匹 ( ぴき )の 食物 ( しょくもつ )は 何合 ( なんごう )、衣類は 何尺 ( なんじゃく )と、一人前なる分量が定まっている。 して、この分量は数学的に割り出したのではない。 日本には何尺の反物が出来る。 これを人口に割り当てて一人前は何尺としたのでなく、また消費の額を精算して、日本人は春夏秋冬を通じて衣服は何枚 要 ( い )るかから割り出したものでもない。 それと同じく人の 容貌 ( ようぼう )を評するにも、よく十人 並 ( なみ )という言葉を使う。 これはすなわち 美醜 ( びしゅう )の一人前という意味であるが、美醜の割り出しなどは、 眼鼻 ( めはな )や 顔形 ( かおかたち )の寸法を 計 ( はか )って出来得るものでない。 まして芸などについては 算盤 ( そろばん )にかけることは絶対的に不可能のことである。 これによりてこれを見れば一人前あるいは一人 分 ( ぶん )と称するは、統計学者が平均人と称するものとはだいぶ 趣 ( おもむき )を異にしているように思う。 大槻 ( おおつき )先生はその著『 言海 ( げんかい )』において、人並みという言葉を説明して、世の常の人の 列 ( つら )なること、 尋常 ( じんじょう )と説いている。 これをもって見ても人並みまたは一人前ということが平均とは違うことがわかる。 統計学者がよく用うる言葉にノルム(norm)というがある。 通常これを標準、規範、 型 ( かた )などと訳しているけれども、この訳語にては他の文字と混同する 虞 ( おそれ )があるから、僕は 原語 ( げんご )のままにノルムという字を 用 ( もち )いたいと思う。 ノルムはその 語原 ( ごげん )を調べると 大工 ( だいく )の使用する 物指 ( ものさし )すなわち 定規 ( じょうぎ )である。 この定規に 適 ( かな )ったものがノルム 的 ( てき )すなわち英語にいうノーマル(normal)である。 一人前の 人 ( ひと )というのはノルムで測って不足なき人をいうので、すなわち常識的に言わば肉眼鑑定で見て、まずまず一ととおり 具備 ( そな )わっているものを指していうのであろう。 未開国なら未開国相応に風俗・習慣・智能・信仰があって、これに応ずる態度がある。 これすなわちその国のノルムに 適 ( かな )うというべきものである。 もしこのノルムに達し得なければ、その人は社会の一員として取扱われぬ不幸に 陥 ( おちい )る。 ゆえに同じ 国人 ( こくじん )のうちでも精神薄弱児とか精神異常者を測ればノルムに 適 ( かな )わぬ。 ノルムと平均とを同じように用いても差し支えないこともあろうが、平均は 実在的 ( じつざいてき )現象を測るもので、ノルムは実際経験の後、 誰 ( た )れいうとなく、十 目 ( もく )が見、十 指 ( し )が 指 ( ゆびさ )して、一種の理想的標準を設け、物を測定するに用うるものであると 思 ( おも )う。 老子 ( ろうし )の有名なる語に、 「 道 ( みち )の 道 ( みち )とすべきは 常 ( つね )の 道 ( みち )にあらず」と。 これは種々に解釈されるが、平均とノルムとをもってしても解釈の一 法 ( ぽう )となし得はせぬか。 人が普通に 道 ( みち )というのは実測上のすなわち平均の道というので、常の道というのはノーマルの道をいうのであろう。 さすれば同じく平均だけの仕事をするものをもって一人前の任務を終えたものとみなすことが 出来 ( でき )ようか。 僕はかくのごとき問題で長く 頭脳 ( ずのう )を痛めたが、恥ずかしいことにはこれを自己に応用して問題を解決し得なかった。 しかしてこれは今もなお出来たとは断言しがたい。 この問題を提出したならば、 何人 ( なんぴと )もそれは国柄や年齢にもよろうし、社会の位地職業等にもよろう。 五十歳の男と二十歳の青年と同一にこの問題に 当 ( あ )つることは出来ぬというであろう。 一人前の 業 ( ぎょう )を客観的に一定することが出来ればまことに気が楽であるが、とても 諺 ( ことわざ )にあるごとく、 「 田舎 ( いなか )の一 升 ( しょう )は 江戸 ( えど )でも一 升 ( しょう )」 というわけにはゆくまい。 僕もまた幾ぶんかそう思うけれども、二十歳の者なら二十歳の一人前並みであるか、 丁稚奉公 ( でっちぼうこう )の職にあるものならば 丁稚 ( でっち )の一人前のことをなしたか、一国の 宰相 ( さいしょう )なら宰相として一人前の仕事をしたか。 こういうように一人前なる意義をせまく取りてこの問題を解決せんとすれば、恐らく各自に解決が出来ると思う。 しかしいかなる問題もこれを根本的に解決することは容易ならぬことである。 ゆえに根本的でなくとも、一時的の解決にてもよかろうが、とにかく幾らか安心の出来るだけの解決はしたいものである。 自分は果たして一人前の仕事をなしたかというのと、自分は果たして一人前の人間であるやということとは、二つの問題であって、もちろんそのあいだに少なからざる差違がある。 今しばらく仕事について 愚説 ( ぐせつ )を述べてみよう。 一人前の仕事という分量は 何人 ( なんぴと )が定めるのか、これをきわめて具体的にわかりやすく 譬 ( たと )えれば、学生の身なれば一日の一人前の仕事は 授 ( さず )けられた学科を習得し、点数は百点に達しなくとも、七十点も取れれば一人前とみなされるであろう。 商売人であればその日の取引を残らず 結了 ( けつりょう )することであり、一家の主婦なれば一日のあいだに 為 ( な )すべき 掃除 ( そうじ )なり料理なりその他 夫 ( おっと )に対する義務、子供に対する世話をも 首尾 ( しゅび )よく 為 ( な )しとげることであろう。 右は一日の仕事をいったのであるが、これを一年を通じてその日その日の務めを 完 ( まっと )うし、ひいては終身これを継続せば、この人はたしかに一人前の仕事をした人で、天にも地にも人にも恥じぬ人であろう。 古人の言のごとく、 「 世 ( よ )に 在 ( あ )ること一日ならば、一日の 好人 ( こうじん )と 做 ( な )るを要す」 との心掛けを連日実行して、一生を 貫 ( つらぬ )けば、その人は 実 ( じつ )に好人である。 しかるにこの例について起こる疑問は、 定規 ( じょうぎ )として用いた標準はみな自己以外にあることである。 学生ならば学校の規則と教師の要求する業務を行うのである。 商売人ならば他より起こる取引を 完 ( まっと )うするのであり、婦人ならば家政上のことを、いわば余儀なくさせらるるのである。 ノルムは 定規 ( じょうぎ )なりといったが、この定規は自己以外に、 世人 ( せじん )がわれわれに期待する業務の分量であり、してその分量は、同じ境遇にある普通の人が 為 ( な )しつつある分量であって、甲も乙も 丙 ( へい )も 丁 ( てい )も やり得るのだから誰れでも やるべきものと定められている分量である。 俗にいう 世間 ( せけん )の勤めとはこのことをいうらしい。 ここで僕の心を苦しむることは右のごとく一定の職務とか地位とかが要求するのなら、ずいぶん明白に寸法に従って測り得るが、しかし 俺 ( おれ )は一人前の人間なりやというにいたっては、仕事をもって測るのでなく、思想をもって測るのではあるまいか。 果たしてそうとすれば自分の心を測るノルムは果たしていかなるものなりや。 またどこにありや。 もしノルムにして自己以外にあるものならんには、自分の 勝手 ( かって )にならぬことは確実である。 たとえば牛肉屋に行き、 俺 ( おれ )は人並みよりも大食であるといったからとて、一人前として五十 匁 ( もんめ )なり六十匁なりを持っては来ない、私は小食ですと遠慮したとしても、一人前の注文すれば牛肉はやはり三十 匁 ( もんめ )である。 己 ( おの )れは 碌 ( ろく )な教育を受けなかったといったからとて、自分が一人前に足らぬ 業 ( ぎょう )をすれば世間は 斟酌 ( しんしゃく )せぬ。 私は最高教育を受けた者だといったからとて、一時の尊敬を受くるかは知らぬが、その人格にいかがわしきことがあれば、彼に対する尊敬は永続せぬ。 学問は人並み以上でも人として果たして一人前なりや 否 ( いな )やはおのずから別問題である。 故に人を 測 ( はか )るについて、 目方 ( めかた )をもって 某 ( それがし )は 何貫 ( なんがん )ときめることは出来る。 丈 ( たけ )をもってして某は何 尺 ( じゃく )何 寸 ( ずん )と定むることも出来る。 そしてこの人の 貫目 ( かんめ )、あの人の身長は人並みとか人並み以上とかまたは以下と判断することも出来る。 それと同じく無形なることについても学問は人並み以上とか、談話は人並み以下とか、思想は人並み 優 ( すぐ )れて高いとか低いとか、かく別々に 測 ( はか )ることは出来る。 こういう体格、知力、才能は根底において相互に関係があるかも知れぬ。 たとえば英国の王立学士院では英国一流の学者を網羅してあるが、彼らの 寸尺貫目 ( すんしゃくかんめ )を測ると平均人よりはるかに以上に当たっている。 この点より推測すると学問の出来るものは 脳髄 ( のうずい )もよい。 脳髄のよい者は体格も偉大にして 肉附 ( にくづき )もよく大きいという関係があるかも知れぬ。 しかし必ずしもそうとは断言されぬ。 ナポレオンのごとく一代の豪傑にして身長の低い者もある。 ことに学者中には 頭脳 ( ずのう )の透明 鋭利 ( えいり )な者にして肉体のこれに伴わぬものがたくさんある。 ゆえに人の力を種々に区別し、そしていずれの力では人並み以上とか以下とか、個々別々に離すことは案外たやすいことで、また普通に行わるる方法である。 専門家が 世人 ( せじん )よりたっとばるるのもこれがためである。 専門家というもあながち学問に限るのでない。 いかなる芸、いかなる職業においてもある一方面に練習を 加 ( くわ )え 優 ( すぐ )れた者は世に 貢献 ( こうけん )することが多い。 その専門の道については、たしかに普通人の標準に比し一人前以上の仕事する人である。 前に述べた芸人などの例はもっとも 能 ( よ )く当たることであるが、これはいわば人を 幾多 ( いくた )の 片 ( へん )に切り、そのもっとも長じた所を一般的ノルムで測るのである。 しかるに専門家中には、その専門に 熱中 ( ねっちゅう )し、他の 天稟 ( てんぴん )の力を発達せしめない者がたくさんある。 その 怠 ( おこた )りたる力をもって測れば遠くノルムに及ばぬ者も 間々 ( まま )ある。 すなわちかかる人は 全人 ( オールメン )として見れば一人前に足らぬ人である。 己 ( おの )れの職業については一人前の仕事をしたと称するも、人としては一人前の人ならぬ人が多い。 学者などのうちにはほとんど人間失格者のごとき人がある。 自分の専門の範囲については大家であるが、人間としてはまったく成っておらぬ場合も往々ある。 むかし 孔子 ( こうし )は、 「 君子 ( くんし )は 器 ( き )ならず」 といったが、学者はとかく器械化しやすい。 ゆえに、世俗の人がややもすれば学者をぼんやりした人間失格者のごとくいう。 しかし 実地家 ( じっちか )の中にも同じ 過 ( あやま )ちに 陥 ( おちい )るものが多い。 すなわち実業家と称する人の中には自分の商売を進むるに 鋭 ( するど )く、その成功のためにはほとんど人倫を 紊 ( みだ )すも 恬 ( てん )として恥じざるのみか、かえってこれを誇りとするがごとき人をしばしば見受ける。 かかる 風 ( ふう )あるものは人間失格者としか思われぬ。 おそらく人間として平均の調和を 失 ( うしな )えるものは、学者よりも実業家にかえって多いかと思われる。 譬 ( たと )えていえば、人の 腕 ( うで )は 身幹 ( しんかん )に比して 何分 ( なんぶん )とか、たいてい一定した割合がある。 この割合を 越 ( こ )えても 不具 ( ふぐ )であり、不足しても不具である。 いわゆる世の実務家あるいは実業家などには 手 ( て )の長過ぎる人があるとすれば、学者 間 ( かん )に短か過ぎる人のあると同然、両者ともに不具なりとの 譏 ( そしり )はまぬがれまい。 かくいったからとて僕は専門に集中することをやめて、人間一 人 ( にん )並みになるには、あれも少し、これも少しと音楽も商売も政治も踊も大弓もやれというにはあらぬ。 仕事するにはよろしく専門的であるべしと僕は確信している。 堂に 昇 ( のぼ )らばよろしく 室 ( しつ )にも入るを要する。 しかして 甲 ( こう )がその専門についてある点まで上達すれば、乙がまた他の専門についてある点に達するに比べて専門がいかに違っても、各自の 造詣 ( ぞうけい )は深さ高さによりて測り、たしかに 某 ( それがし )は何の道においては人並み以上なりということが出来る。 もしかくのごとき人にしてたとい非倫のことを 為 ( な )したとしても、その人はやはり専門については一人前の 分 ( ぶん )をなしたものといわねばならぬ。 しかるにこの人は果たして人として一 人 ( にん )並みであるや 否 ( いな )やにいたっては疑問であるといわねばならぬ。 しからば一人前の人となるのと、一人前の仕事をするのとはまったく別であろうか。 人としては不具者であるも、仕事をして 衆 ( しゅう )に 優 ( すぐ )れたならば、それで甘んじて死すべきか。 この問題になるとおそらく人々の考えに 大分 ( だいぶ )の相違があるであろう。 今日 ( こんにち )のごとく功利的思想のさかんなる時代においては、人となりは一人前ならなくとも、仕事の 効果 ( こうか )さえ 挙 ( あ )ぐるを得ば人として生まれ来た 甲斐 ( かい )ありと信じ、仕事に重きを置いて人となりを 顧 ( かえり )みぬであろうが、しかし真に偉大なる効果を挙ぐる 仕事師 ( しごとし )は、その人格においても人並み以上たらねばならぬことがだんだんに分かって来はせぬか。 「文は人なり」 というが、人格を示すもの 豈 ( あ )に独り文のみならんやで、政治も人なり、実業も人なり、学問も人なり、人を 措 ( お )いては事もなく 業 ( ぎょう )もない。 一人前の仕事を 為 ( な )し 遂 ( と )げんと欲する者はあらかじめ一人前の人となることを心がくべきものと思う。 一人前の仕事さえ出来れば、一人前の人なりとは断定し 難 ( がた )きものでなかろうかとは、僕の常に疑うところである。 これを 譬 ( たと )えていえば、ここに 数多 ( あまた )の 器 ( うつわ )があるとする。 そしていずれもその容積は異なっている。 大きいものは一 石 ( こく )も 容 ( い )るれば小さきものは一 勺 ( しゃく )も容れ得ぬ。 しかしいかに 小 ( しょう )なるも 玩具 ( がんぐ )にあらざる限りは、皆ひとかどの徳利と称する。 ただ何の実用にもならぬほど小さければ徳利一本といわずに玩具一つと呼び 做 ( な )す。 してみれば徳利の徳利たる 所以 ( ゆえん )はある最小限以上の容積すなわち分量すなわち仕事にあると思わるれども、分量の 多寡 ( たか )には大差がある。 人も同じく多数の者が同種類の仕事に従事していても、仕事の能率の上に非常なる差があっても、 白痴 ( はくち )でなければ、みな一人前と 算 ( かぞ )えらるるであろう。 しかるにここに大いに考うべき一条は各自が果たして各自の容積いっぱいに水を含めるや 否 ( いな )やの問題である。 四 斗樽 ( とだる ) 大 ( だい )を 備 ( そな )えても 空 ( から )なれば四 升樽 ( しょうだる )にも劣る。 二 合徳利 ( ごうどくり )でもいっぱいに 満 ( み )つれば一 斗 ( と )入りの 空徳利 ( からどくり )に 優 ( ま )さる。 人もどれほど「 王佐棟梁 ( おうさとうりょう )」の才であっても、これを利用もせず 懶惰 ( らんだ )に日を送れば、 小技 ( しょうぎ ) 小能 ( しょうのう )なるいわゆる「 斗 ( とそう )の 人 ( ひと )」で正直に 努 ( つと )める者に比して、一人前と称しがたく、ただ 大 ( だい )なる「 行尸走肉 ( こうしそうにく )」たるに過ぎぬ。 してみれば一人前の仕事とは各自がめいめい 天賦 ( てんぷ )の才能と力量のあらん限りを尽すことであろう。 果たしてそうとすれば一人前の仕事を計る基準は当事者めいめいに存在するもので、 己 ( おの )れ以外に求むべきものでなかろう。 すなわち己れの仕事を計るものは己れ自身である。 ( 自尊 ( じそん )、 自知 ( じち )、 自治 ( じち )の三 路 ( じ )は、一 生 ( しょう )を 導 ( みちび )いて王者の位に達せしむるなり) と。 太古ギリシアの 神託 ( しんたく )に、 「 己 ( おの )れを 知 ( し )れ」 とありしは自己の性質能力を 覚 ( さと )り、もって自己の使命の何たるを認識することで、世には人を 知 ( し )らざるを 患 ( うれ )うる者がある。 人の 己 ( おの )れを知らざるを 患 ( うれ )うる者はさらに多いが、 己 ( おの )れを知らざるを 患 ( うれ )うる者ははなはだ少ない。 冒頭 ( ぼうとう )にいうがごとく僕は永く自分の身に 顧 ( かえり )みて、我は果たして一人前の仕事を 為 ( な )し終えたるか、我は果たして一人前の人となりしかという問題について、いささか所感を述べたが、これが解決は 遺憾 ( いかん )ながらいまだ述ぶることは出来ぬ。 恐らくは 何人 ( なんびと )といえども、 己 ( おの )が身に 顧 ( かえり )みてこの問題を提出したならば、 確固 ( かっこ )たる答えを 為 ( な )し得るものはあるまいと思う。 もし為し得る人があるとすればもって 世人 ( せじん )に示して欲しい。 僕がここに自分の 迷 ( まよ )いの 径路 ( けいろ )を述べたのは、同じ問題に苦しめる人の参考に 供 ( きょう )したいからである。 [#改ページ] 克 ( か )つといえば 誰 ( たれ )しもただちに強い、すなわち力の有るという思想と連関して考える。 しかして強いあるいは有力というについてただちに起こる考えは少なくとも二種ある。 一つは人に負けぬこと、一つは人に勝つことである。 ゆえに 克 ( か )つことについても、この二 種 ( しゅ )の考えが含まれている。 字引 ( じびき )を見ると、 克 ( かつ )の字はもと家を 支 ( ささ )うる材木の意味であり、したがって人の場合には重荷を 荷 ( にな )って 堪 ( た )える意を含ませてあると 聞 ( き )くが、これはいわゆる勝つ 所以 ( ゆえん )を最もよく表したものと思う。 克 ( か )つ人といえばとかく外部の敵に勝つように思わるるが、その外に障害物を一 掃 ( そう )する人、もしくは 破壊 ( はかい )する人と思われる。 また 野蛮人 ( やばんじん )の社会においては、破壊する人が一番の強者として尊敬される。 ひとり野蛮人のみならず、進歩したる今日の社会においても、ややもすれば乱暴に破壊する力を 逞 ( たくま )しゅうする者が最も強いように信ぜられ、何かぶちこわすことが偉いことにされている。 わが 輩 ( はい )が往年 塾 ( じゅく )にあったとき、食堂で茶碗類をこわすものがあると、人に強い 奴 ( やつ )と思われ、自分もまたそう思うらしく、あるいは 洋燈 ( ランプ )でも 叩 ( たた )きこわすと、強い 奴 ( やつ )と 賞 ( ほ )め 讃 ( たた )えられた時代もあった。 これはあたかも茶碗やランプを相手にする者は力あるものと信じ、取りも直さず器具に 克 ( か )つことをもって偉いこととみなすのである。 つまらぬことではあるが、今もなおわが 輩 ( はい )の記憶に残れることがある。 十余年以前であった。 あるところに 宴会 ( えんかい )が開かれ、当時議会で 羽 ( は )ぶりのよい有名な 某 ( ぼう )政治家が招待せられ、わが輩もその 末席 ( まっせき )についたことがある。 酒 数行 ( すうこう )、 主客 ( しゅかく )ともに興 酣 ( たけなわ )となり、談論に花が咲き、元気とか 勝気 ( かちき )とかいさましい議論の風発せるあいだに、わが輩は退席せんとして玄関に出た。 某政治家も 爛酔 ( らんすい )して前後もわきまえず女中の助けをかりて 蹣跚 ( まんさん )として玄関に来たが、自分の強さ加減を証拠だてるため、女中が 冠 ( かぶ )らせた帽子を、 戦 ( おのの )く手より奪いとり、玄関の柱に 叩 ( たた )きつけ、意気揚々として車で帰ったことがある。 この時までわが輩はおおいにこの政治家の人物を尊敬したが、このいわゆる強さを見て、 「ハハア、かねて聞き及べる 某 ( ぼう )の 硬骨 ( こうこつ )とはこのへんが程度かな。 この人は古シャッポを相手に 克 ( か )つ人だナア」 と思い、 爾来 ( じらい )大いに尊敬の念を失ったことがある。 この前にもその後にも、他人についてこれに類した 事実 ( じじつ )をしばしば目撃したが、こういうことが果たして強い証拠であろうかと思うと、何となく人を動物視したくなって来る。 またこれに類する話であるが、われわれがしばしば出会わすことは自分の勝った 手柄 ( てがら )自慢話である。 俺 ( おれ )はこういったら先方は一言もなかったとか、向うを大いに へこましたとか、最もしばしば耳にする語はこうこういって やったなどと、語る人の言によれば、いかにも先方は恐れ入ったように聞こゆるけれども、さて先方に 質 ( ただ )してみると、一 向 ( こう )やられたともなんとも 歯牙 ( しが )にかけないでおることがある。 これらは独り 相撲 ( ずもう )で 力 ( りき )んでおる人である。 世には、かくのごとき児戯に類した 示威 ( しい )運動により 怖 ( おそ )れたり、またはこれを偉いもののように思う者も多くある。 論より証拠、おりおり 日比谷 ( ひびや )の近辺をはじめ諸所に行わるるモッブ騒ぎを見ても分かる。 自分から進んで他を 威赫 ( いかく )したり、あるいは苦しめたりするのは、未開の社会における強さである。 もちろん文明の進んだ今日とても、なさけないことには、かくのごとき示威運動の必要なる場合もある。 しかしこれは他の手段方法がすでにまったく尽きた最後になすべきことで、未開国ならいざ知らず、法治国においてはかくのごとき方法によりて自己の意志の 鞏固 ( きょうこ )なることを示すを必要とする場合ははなはだ少ない。 かつまた人を 威 ( おど )して 克 ( か )つのは、みずから 恥 ( は )ずべき 下劣 ( げれつ )なる勝利である。 また個人々々の一身上にとりても攻撃的態度をもって他人にせまる必要は、はなはだ少ないと思う。 しからば文明国にては文明の進歩とともに強力が減退してますます人が柔弱になるかというに、決してそうではない。 減退するのでなく、強さの形、力の現れ方が変化するのである。 いわゆる強さの形が変化するというは、 克 ( かつ )の字について前の「 説文 ( せつもん )」にいえるがごとく、重荷を 荷 ( にな )うて堪えること、すなわち 辛苦艱難 ( しんくかんなん )に堪える、 耐忍 ( たいにん )の力あることをもってその強さが計られる。 他人より 侮辱 ( ぶじょく )をうけ、カッとなりてこれに手向かいするは、一見極めて勇ましく思われ、第三者より 見 ( み )てにぎやかにおもしろく、見物としては 誂 ( あつら )え向きである。 これに反し打たれても 蹴 ( け )られてもジッとこれに堪えるのは、はなはだ陰気で 卑屈 ( ひくつ )のごとく、普通の人にはちょっとその強さを見ることが出来ぬ。 韓信 ( かんしん )が 市井 ( しせい )の 間 ( あいだ )に 股 ( また )をくぐったことは、非凡の人でなければ、 張飛 ( ちょうひ )が 長板橋 ( ちょうばんきょう )上に一人で百万の敵を退けたに比し、その勇気あるを喜ぶものはなかろう。 進歩したる人にあらねば真の強さは 忍耐 ( にんたい )にあることを 会得 ( えとく )し得ぬ。 僕は好んでプルタークの『英雄列伝』を読む、読んでいるあいだに古代の英雄豪傑の勇気 凛然 ( りんぜん )たること、いわゆる強いことに何もかも忘れて 震 ( ふる )い上がるごとく感ずることがある。 しかるに『新約聖書』を見ると、その説くところはなはだ 柔和 ( にゅうわ )にして強みがさらになきにかかわらず、読んで行くあいだに犯すべからざる力を感ずる。 百万人が襲来しても、 毫 ( ごう )も動かざる心の強みを与うること、『英雄列伝』の遠く及ぶところでない。 もっともこれは誰れしもかく感ずるとは断言することを 憚 ( はばか )るし、あるいはわが輩一人の所感であるかも知れぬけれども、同感の人も必ずあろうと思う。 わが輩の信ずるところによれば、いわゆる世人の強いと称する 匹夫 ( ひっぷ )的の勇と、霊的に強い沈勇とのあいだには 大 ( だい )なる差違がある。 絵草紙や講談師の筆記にある 木村長門守 ( きむらながとのかみ )が茶坊主のために 辱 ( はずかしめ )を受けたとき、 起 ( た )ってこれを斬り 捨 ( す )つることは、なんらのめんどう手数もなかったであろうし、また女子供らの 喝采 ( かっさい )を博するためには、たちどころにこれを切り捨てたほうが勇ましくも思われたであろう。 しかるに彼の精神を 酌 ( く )み得るものは、彼が 眉間 ( みけん )に傷をうけ、しかもそれを茶坊主輩の手よりうけながら、なお 泰然自若 ( たいぜんじじゃく )としていたのを見て、心ある者は泣かずにおられぬ。 かつこの若貴公子は真に強い人であると賞嘆するを禁じ得ない。 ドイツの先帝フリードリヒ陛下が不治の病気に 罹 ( かか )りて数日間病床に 呻吟 ( しんぎん )し、しかもその病気は苦痛の最もはげしいものであったので、かたわらに 侍 ( じ )するもののみならず、国民全体がふかき同情をよせ、一日も早くご 平癒 ( へいゆ )あらんことを祈った。 あまりに苦痛のはげしいときは、 呻 ( うな )りでもすれば、幾ぶんか苦痛の気休めにもなり、また世人はよく覚えず 呻 ( うな )りやすきものであるが、帝は決して 呻 ( うな )られたことなく、またかつて苦しい顔色を示されたこともなく、つねに 莞爾 ( かんじ )として左右に接せられた。 ほとんど病苦のその身にあることを知られなかったようであった。 崩御 ( ほうぎょ )の数日前、今のカイゼルを 枕頭 ( ちんとう )に召され、 「 小言 ( こごと )を言わずに、堪うることを学べ」(Lernen zu leiden ohne Klagen) と 訓 ( おし )えられたが、フリードリヒ帝の強さは相応に 解 ( わか )った人でなければ 図 ( はか )り得ぬことである。 ドイツの植民地よりまっ 裸 ( ぱだか )の黒人を連れて来て先帝の病床に 侍 ( じ )せしめ、あるいは子供を左右に侍せしめたならば、 彼 ( かれ )らはおそらく先帝はなんらの苦痛もなく、やわらかい 布団 ( ふとん )に 横臥 ( おうが )しニコニコと喜べるものと思い、しかしてかくまでにうれしそうな顔しておらるるなら、何ゆえに外出して馬にも乗り、観兵式にでも出られぬと疑ったであろう。 桂 ( かつら )公爵の人格もしくは政見等については人々の考えは種々に分かれているようであるが、公の ただ 人 ( びと )ならざりしことは、 何人 ( なんぴと )も同意であろう。 して 辛抱 ( しんぼう )づよい点は公の長所であった。 長日月 ( ちょうじつげつ )病床に 臥 ( ふ )しながら、公の身辺に 侍 ( は )べる者にさえ苦しき顔を見せなかったという。 公に 知 ( し )られぬようにこっそり 覗 ( のぞ )いて見るとさも痛そうな顔色をして痛みある局部をみずから 摩 ( さす )っていても、誰か病室に入れば、ただちに 面相 ( めんそう )を変え、痛みなき 風 ( ふう )をよそおったという。 戦場に死するはことの外たやすい、何故なれば死ぬように万事仕向けてある。 すなわち周囲が死を 促 ( うな )がす、ゆえに見事に 死 ( し )ぬ。 しかし長らく 病疾 ( びょうしつ )にかかりてなお帰るがごとく 斃 ( たお )るるは容易の業ではない。 強き人はよく耐える。 よく耐える人を強者という。 我々の交われる人々の中にも、つくづくその人物を 窺 ( うかが )うと 心底 ( しんてい )強いものがたくさんある。 残念なことには我々はそういう人物をつくづく見ることを勤めない。 知らざりき 仏 ( ほとけ )と共におきふしてあけくらしける我が身なりとは とは 光俊朝臣 ( みつとしあそん )の述懐であるが、歌の「 仏 ( ほとけ )」という代りに武士なり 丈夫 ( ますらお )なりの 強 ( つよ )い人格の文字を用いても同じことになる。 しかつめらしく具足をつけ 威張 ( いば )るものは、古来 猪 ( いのしし )武士と呼ばれている。 これに反し外見はおだやかにして円満に、人と争うことなきも、しかも一 旦 ( たん )事あるときは犯すべからざる力を備えた人を真の武士といっている。 しかして世にはかくのごとき人がたくさんある。 見たところ、吹けば倒れるかと思われる柔しい男にして、いよいよというときには思いがけない力を示すものはたくさんある。 この前英国の巨船タイタニック号が大西洋に沈没したときの話を聞くに、最後にいたりながら 泰然自若 ( たいぜんじじゃく )として落着きはらい、死を見ること帰するがごとく、 従容 ( しょうよう )として船と共に沈めるもの数十名の多きに達したという。 かくのごときは大なる勇気、強き力あるものでなければ出来ぬ 業 ( わざ )である。 平生は 威張 ( いば )ったこともなく、おだやかに 算盤 ( そろばん )を 弾 ( はじ )ける実業家でありながら、かくのごとくなるは 実 ( じつ )に見上げた人々である。 人の強みもここまで来なければならぬ。 かつてある軍人に満州の戦場において日露両国兵の優劣 如何 ( いかん )を問いしに、その人の言に、 「ロシア人は死するも 活 ( い )くるも神の力により、働くも働かぬも神のためなりと、こう考えていたらしい。 ゆえに 卑怯 ( ひきょう )者もたくさんあったが、何ごとなりとも命令を受くると、人が 居 ( お )ろうと居るまいとを問わず、神のためと思ってその任務を果たすことにつとめた。 しかるに日本兵は 煽 ( おだ )てなければ働かない。 決死隊と称するものも、 何人 ( なんぴと )か彼らの花のごとく散るありさまを目撃する者がなければ、ことに将校が現場に居る場合でなければ、士気はなはだ振わなかった」 と物語ったが、あるいはそうであったかも知れぬ。 いまだ一般民衆の中には強いという観念ははなはだ幼稚である。 むしろ猛獣的の一見して人が 己 ( おの )れを怖れるとか、あるいはいつでも人に 噛 ( か )みつかんとする気が 顕 ( あら )われねば強いと思わぬものもあるが、これがそもそも人を弱からしめる手段ではあるまいかと思う。 議論をしても、理屈を述ぶるよりは声の高いほうが勝つと思い、あるいは悪口でも 吐 ( は )くを元気と思うごとき世の中では、真の強さはちょっと 解 ( わか )りかねるであろう。 昔のスパルタ人の教育法は無やみに 武張 ( ぶば )って、勇ましくいさましくとのみ教えた。 わが輩も年のわかかった頃、スパルタ式の教育法にはなはだ感服したこともあるが、しかし同国がこの教育法によりて何をなしたかと考うると、はなはだ心ぼそい結果となる。 かくいったからとてわが輩は決してスパルタ式教育がことごとく悪いといわぬ。 ただあれだけではいかぬというのである。 すなわち精神的勇気を養わずして猛獣的に強からんことを養うはスパルタ式教育の大なる欠点である。 これは今日もなお同じことである。 ある青年の道徳品行を観察する人はかつてわが輩に向い、 「某県より来る学生は、上京当時はすこぶる 硬 ( かた )い、なんとなれば某県にある時はいわゆるスパルタ式教育法を受け、猛獣的に強くなっているからである。 しかして最も早くかつ 烈 ( はげ )しく 堕落 ( だらく )するのは彼らの仲間である。 なんとなれば彼らは強さをそとに求むればなり」 といったが、精神的勇気を養わなければ、真の強い人となることは出来ぬ。 真に 克 ( か )つ者は 己 ( おの )れに 克 ( か )つを始めとなすべく、しかして後に人に克つべし。 しかるに往々この順序を逆にするから結果がおもしろくなくなる。 外 ( そと )よりは手もつけられぬ要害を内より破る 栗 ( くり )のいがかな 栗 ( くり )のいがも強さを助くるものではあろうが、これが力であると思うは大間違いである。 力は内にある確信と、この確信を実行するためにあらゆる障害に 堪 ( た )える意志である、しかしてかくして得たる力が真に強き力である。 真の力は内に発し、内に練られ、内に磨かれ、内に養われ、内に 貯 ( たくわ )えられ、内より 溢 ( あふ )れて外に流れるから、十分余裕がある。 ゆえに内、 己 ( おの )れに 克 ( か )つものは外、世界にも勝つことが出来る。 己れに克つこと 能 ( あた )わずして世界に勝つことは、一時的に出来ぬこともなかろうが、恒久の勝利を得ることは望み難い。 古人の書に 曰 ( いわ )く、 「自責の外に、人に勝つの 術 ( すべ )なく、自強の外に人に上たるの術なし」 と。 太古、 禹王 ( うおう )が、「一に 能 ( よ )く 予 ( よ )に 勝 ( か )つ」といったが、後の学者はこの言を評して、「君子この小心なかるべからず」といっている。 [#改ページ] 西郷南洲 ( さいごうなんしゅう )が始めて橋本 左内 ( さない )に会うたとき、こんな柔しい男が何で国事を談ずるに足るだろうかと、心ひそかに 軽蔑 ( けいべつ )したことを、後にいたって自白している。 さもあったろうと思う。 聞 ( き )くところによれば橋本という人は、外見はまことに温和に柔順な好男子であったから、この人の心情を知らぬものは、この柔順らしい皮の下に、いかに燃ゆるがごとき熱血が流れつつあったかを 悟 ( さと )ることが出来なかった。 また同じ西郷が藤田 東湖 ( とうこ )に会った後、人に向い、 「 追剥 ( おいは )ぎみたいな人物だ」 と評したという。 これもさもあったであろう。 氏は 躯幹 ( くかん )長大にしてたくましく、色が黒かったそうであるから、外観を見ては、その血管にいかに柔和な心があり、しかして母の危急を救うためには自分の生命までも投げ出すことを常人は察し得ぬであろう。 また 南洲 ( なんしゅう )自身についていえば、 見 ( み )ようによりては 外貌 ( がいぼう )が 怖 ( おそ )ろしい人のようにも思われ、あるいは子供も 馴染 ( なじ )むような 柔和 ( にゅうわ )な点もあった。 ちょっと見ても、その 烱々 ( けいけい )として大きくかがやく眼は怖ろしいが、その奥底にはいうべからざる愛情がこもり、近づくものをみな 惹 ( ひ )きつけねばやまぬ 趣 ( おもむき )があったという。 こういうことは決して世に 稀 ( まれ )でない。 ちょっと会っては虫も殺さぬような柔和な、ほとんど女のごとき人でも、だんだん 交際 ( つきあ )ってみるにしたがい、なかなか 硬骨 ( こうこつ )で、一たび言い出すと決してあとへ 退 ( ひ )かぬ人もあるし、また外部から見るといかにも 凛々 ( りり )しく、 衣 ( ころも )は 骭 ( かん )に至り 袖腕 ( そでわん )に至り、鬼とも組打ちしそうな 風采 ( ふうさい )をなしていても、内心柔和な女のような人を往々見受ける。 外貌 ( がいぼう )と内実との相反することは 稀 ( まれ )でない。 この柔と剛とは善い意味にも悪い意味にも解される。 いま述べた女のごとくというのも、また同じく善悪両様に解される。 女々 ( めめ )しいとか、 意気地 ( いくじ )なしにも 解 ( と )れるが、僕のここに用いた女らしいというは善意に 解 ( と )いたので、 温和 ( おんわ ) 柔順 ( じゅうじゅん )の意味である。 日本従来の教訓によれば、他人に 怖 ( おそ )ろしく思わせるのを偉いとする 風 ( ふう )があった。 威風 ( いふう )あたりを払うというを 豪傑 ( ごうけつ )の理想とし、人の近づき得ざるところを偉いと 做 ( な )したから、偉がるものは、なるべく人を近づけぬ工夫をなし、あるいは 傍若無人 ( ぼうじゃくぶじん )にして人を馬鹿にして独りで偉がった。 世人もまたかかる人物を 褒 ( ほ )める傾向があったゆえ、もし肩でも 怒 ( いか )らして往来を 濶歩 ( かっぽ )するか、あるいは人の気にさわることでも大声にしゃべり、相手の人が、病犬が 吠 ( ほ )えるかと疑い 避 ( さ )ければ、これは 怖 ( こわ )くて近づかぬのだと解してますますこれを行う。 文化の進むにつれて近頃はだんだんこの豪傑気取り 連 ( れん )が減って来たようであり、また今後もますます減るであろう。 ことに洋服でも着るようになれば、減らざるを得ない。 はなはだつまらぬことながら、洋服では 衣 ( ころも )は 骭 ( かん )に至り 袖腕 ( そでわん )に至る筆法は行われない。 シャツを着たり、靴を 穿 ( は )いたりすると、行儀も改っておとなしくなる。 しかし洋服を 脱 ( ぬ )いで日本の 浴衣 ( ゆかた )にでも換えると、従来の筆法が最もあざやかに現れて来る。 汽車や電車に乗ると、 胸毛 ( むなげ )を 曝 ( さ )らし 太股 ( ふともも )を現すをもって英雄の肌を現すものと心得て、かえってそれを得意とするものがある。 なおこれと関連して世に誤解された教訓は、「 巧言令色 ( こうげんれいしょく ) 鮮 ( すくない )かな 仁 ( じん )」ということである。 言語を 鄭重 ( ていちょう )にしたり温和にすれば、すぐに 巧言 ( こうげん )と解し、威儀をもって語れば 令色 ( れいしょく )と曲解し、すぐに 鮮 ( すくない )かな 仁 ( じん )と結論をくだす。 この 苛酷 ( かこく )なる判決を 避 ( さ )けるために、 言 ( げん )を 巧 ( たくみ )にし 色 ( いろ )を 令 ( よ )くせんとする者も、つとめて 荒 ( あら )あらしくする 風 ( ふう )がある。 心の内と外の 風采 ( ふうさい )と一致せぬことは、西洋よりも日本において最も 烈 ( はげ )しい。 僕は今このことについて善悪を議論せんとするものでない。 事実がかくあると単純に 剛柔 ( ごうじゅう )の区別につき一言したいのである。 往事の書生が、なるべく 外貌 ( がいぼう )を粗暴にし、衣はなるべく短くし、 髪 ( かみ )はなるべく 梳 ( くしけず )らず、足はなるべく 足袋 ( たび )を 穿 ( は )かなかったような、粗暴の 風采 ( ふうさい )はなさぬ人が多かろう。 ゆえに外貌のことにつきここにかれこれいう必要はなかろうと思う。 僕がここに剛柔を説くにも、外貌に現れた剛柔と説かんとしない。 ことに実業に従事する者のうちにも、 「 商人 ( あきんど )の、道に賢き笑い 様 ( よう )」 商業のごとく客を相手にする職業にある人は損得の関係上からも外貌をなるたけ柔和にし、もって人を 惹 ( ひ )きつけるにつとめるから、なおさら外貌のことを述ぶる必要はあるまいと思う。 これらの点に関してはむしろ学生に述ぶべきことゆえ、今はここにこれを見合わす。 さて心の 剛柔 ( ごうじゅう )とは、すでに前に女という字についていえるごとく、善意にも悪意にも解せられる。 剛が過ぎれば剛情となり、 頑固 ( がんこ )となり、 意気地 ( いきじ )となる。 柔に過ぐれば 木偶 ( でく )となり、 薄志 ( はくし )弱行となる。 極端に失すればいずれも 悪 ( あ )しくなるが、 度 ( ど )に過ぎぬ以上は、すべからく 剛毅 ( ごうき )でなければならぬ。 自分の所信を貫徹するためには、一たび 固 ( かた )めた決心を 抂 ( ま )げぬ、あくまでも、左右の言にも耳を 借 ( か )さずに猛進するくらいの強いところが必要である。 さればといって、剛ばかりで、慈悲もなく、人情も捨て、全然柔和のところを失えば、これ他人に不幸を与うるのみならず、自分も心の全部を尽すわけに行かぬから、つねに不幸を感ずる。 剛柔が 能 ( よ )くその分を守りその調和を保ちて、はじめて円満なる人格を作り上げる。 僕は近ごろある人が僕の知人を批評するのを聞いた。 その言に 曰 ( いわ )く、 「あの 男 ( おとこ )はまことによい男だが、惜しいことには、宗教家であるため、弱くて 不可 ( いか )ぬ。 あれにいっそう 骨 ( ほね )っぽいところがあれば、実に見上げた人間だのに」と。 この知人は 耶蘇 ( やそ )教信者たることを思うて、僕は、この批評が一部あたれることを考えた。 一部あたれるというは、この知人は言葉 遣 ( づか )いと言い、行動と言い、まことに柔和なところがあるゆえである。 氏 ( し )がかつて心を宗教に寄せる前には、剛情で始末におえぬ 硬骨漢 ( こうこつかん )であったが、ひとたび信者となってからは手を 覆 ( くつがえ )したごとく温和な柔順な、涙もろい人に変った。 この点より見れば彼に対する某氏の批評は一部あたれるものであるが、さるにても宗教なるものが人を柔化するの力あるも、剛化させる力はないものであろうかという問題が浮び出る。 かつこの問題は一歩を進めると、彼のいう 骨 ( ほね )っぽいとは何を意味するかという疑問も起こり、 延 ( ひ )いては近ごろ称せらるる硬教育もいかなるものであるか、疑問として胸に浮ぶ。 しかしこれらは余談に流れるからしばらくこれを 措 ( お )き、お互いにその心の持ち方を果たして剛に向けるか柔に向けるか、いずれに重きを置くべきかは、重大なる問題で、各自が慎重なる判断を下すべきことと 思 ( おも )う。 先天的に剛に出来ている人と、同じく先天的に柔に出来ている人とあるは、あたかも動物にも 亀 ( かめ )もあれば 海月 ( くらげ )もあり、植物にも 栗 ( くり )もあれば 苺 ( いちご )もあるがごとくである。 すでに先天的に出来ているものを、 強 ( し )いて 俺 ( おれ )はこれから剛にする、俺はこれから柔にすると、 天賦 ( てんぷ )の性質を 矯 ( た )め、 束縛 ( そくばく )することはすこぶる難事であるが、しかし俺はあくまでも剛である、俺は何事にも柔であると一貫して 遂行 ( すいこう )することも出来ぬ。 これは矛盾するようであるが、人がこの世に処するあいだには、あるいは剛に出ねばならぬことあり、あるいは柔ならねばならぬことがある。 人間の 体躯 ( たいく )も骨ばかりでは用をなさぬ、筋肉もあれば 脂肪 ( しぼう )もある、腹や 股 ( もも )が柔であるから、人体は柔であるといえぬ。 爪 ( つめ )や 歯牙 ( しが )があるから剛だともいわれぬ。 ゆえに剛だとか柔だとかいって、いずれか一方を主義とすべきものでなく、事に触れ機に接して、身を処するにこれは剛にすべく、是は柔にすべく、その場合に応じて二者の調和よろしきを得て、人間は始めて円満となるのである。 事によってあるいは剛となりあるいは柔となるというも、それは決して矛盾でない。 前にいった橋本にしても藤田・西郷にしても、両方の性質があったから、外見と性質とがちがうように見えたのであろう。 たびたびいう通り人世は多数の人とともに乗り合う 渡船 ( わたしぶね )のごときものである。 人とともにこの 世 ( よ )を渡るには、おだやかに 意気地 ( いきじ )ばらずに、譲り得るだけは譲るべきものと思う。 僕のしばしば引用する『 菜根譚 ( さいこんたん )』には、 「 径路 ( けいろ ) 窄 ( せま )きところは、一歩を留めて、人に行かしめ、 滋味 ( じみ ) 濃 ( こまや )かなるものは、三分を減じて人に 譲 ( ゆず )りて 嗜 ( たしな )ましむ、これは 是 ( こ )れ、世を 渉 ( わた )る一の 極安楽法 ( ごくあんらくほう )なり」と。 また、 「世に処するには一歩を 譲 ( ゆず )るを高しとなす、 歩 ( ほ )を 退 ( しりぞ )くるは即ち歩を進むるの 張本 ( ちょうほん )」 といい、世渡りの秘訣は人に譲るにあることを 繰 ( く )り 返 ( かえ )してあるが、実にその通り。 自分の権利を最大限度に要求することははなはだ卑劣に 陥 ( おちい )る 所以 ( ゆえん )と思う。 不思議なもので、人生には理屈をもって説き得られぬことがたくさんある。 沙翁 ( さおう )の言にも、 「世の中には君の小さき哲学の夢にだも思わぬことが多い」 と、 昔時 ( せきじ )の物語にもある通り、出来るだけの力をもってなるべく多く握らんとすれば、かえってわずかの分量しか手に入らぬ。 やわらかく握るほうがかえって多く握れる。 これはむろん 攫 ( つか )む工合いにもよりけりであるが、ここに述べたのは 粟 ( あわ )とか米とかの例に用いたものである。 鉄棒とか金棒とかならば、また例を変えねばなるまいけれども、恐らくこの 世 ( よ )における幸福なるものは 粟 ( あわ )、米のごときもので、やわらかく握ったほうが余計に 攫 ( つか )み得るものではあるまいか。 権利とか名誉とか利益とかいうものであれば、他に握りようもあるか知らぬが、僕は人生の 妙味 ( みょうみ )とか真の幸福とかを重く思うから、むしろやわらかく握って、すなわち自分は引っ込む態度でなるべく人に譲るをもって人生の真味を味わい得るものと思う。 前にいった宗教家なる知人が、おとなし過ぎて惜しいと批評を受けたのも、もっともなことである。 基督 ( キリスト )教のごとく、 柔和 ( にゅうわ )を 旨 ( むね )とする宗教にては、 はでなことがはなはだ少ない、 喧嘩 ( けんか )も少なければ、議論も少ない。 ドラマチックのことがはなはだ 稀 ( まれ )なるゆえ、世の見物人より 喝采 ( かっさい )を受けることなくして世を過ごすが、しかしなお華麗に世を渡るよりはこの方がかえって人生の真味を味わわれると思う。 かく人情の大体より考うるも、そうありそうに思われる。 しかしてこれらの親切、思いやり、誠がどういうふうに現れるかというに、こちらの親切、思いやり、誠を現すと、その反響として相手方にも現れ出ることが多い。 いわゆる売りことばに買いことば、こちらが 柔和 ( にゅうわ )におだやかなる心をもって人に接すれば、相手の柔和な心を抽き出す。 鐘もうちよう、人の心も 触 ( さわ )りようである。 お互いに電車に乗っても、こちらが立って席を譲れば相手も、 「ありがとうございます。 まあどうぞおかけ下さいまし」 と遠慮の心も起こる。 しかし無理に押し込んで入れば、なに 此奴 ( こやつ )がという気が起こりやすい。 世を渡るには、 「 御免 ( ごめん )なさい 御免 ( ごめん )なさい」 と遠慮がちなることは、必ずしも 卑怯 ( ひきょう )とはいわれぬ。 あるいは人によりては、これはずるい方法で、猫を 被 ( かぶ )るとか、猫なで声で人を 瞞着 ( まんちゃく )するとか、西洋でいう 羊 ( ひつじ )の毛を 被 ( かぶ )る 狼 ( おおかみ )のごとく、偽善の最も 甚 ( はなは )だしきもののように思うものもある。 むろん偽善の一方法ともなり得るが、しかし恐らくは世の中のことで偽善になり得ないものはあるまい。 柔和を偽善と 誣 ( し )うるならば、それと同じく 剛毅 ( ごうき )もまた偽善に供することが出来る。 決して 偽 ( にせ )ものがあるからとてその者を非難するわけに行かぬ、むしろ偽者を出すものは本物が善いからである。 悪い者なれば 偽 ( にせ )が出来るはずはない。 善ければ善いほど種々の 偽 ( にせ )も出来る。 猫被 ( ねこかぶ )りが多いというは、取も直さず柔和は 何人 ( なんぴと )でも重んずる証拠である。 「 憎 ( にく )まれ 子 ( こ )世にはびこる」という 俗諺 ( ぞくげん )があるが、これは原因と結果とを 顛倒 ( てんとう )したことである。 世に はびこるものは憎まれる、 はびこらずに 謙遜 ( けんそん )に柔順なるこそ真に世に処する妙法である。 かつこれが持久の 基 ( もとい )と思う。 聖書に、 「柔和なる者はこの世を 嗣 ( つ )ぐべし」 とある。 この世を 承 ( う )けて引き継ぐ者は柔和なる者なりとは、柔順なる人は永久にこの世の継続者である。 換言すれば柔順は永久の徳なり、 剛 ( こわ )いもの、力をもって世を圧倒するものは、たとえ一時の効はあるとも、永久には継続せぬ。 獣 ( けもの )を見ても分かる、 虎 ( とら )、 獅子 ( しし )、 熊 ( くま )などのごとき猛獣は年々その数が減じつつある。 もし統計を取ることが出来れば、彼らの減少率のはなはだ 迅速 ( じんそく )なることを示すであろう。 こんにちの状態にて進行すれば、数年ならずしてこれらの猛獣はこの世に跡を絶つであろうと、動物学者はかえって心配し、彼らの保存法を講じている。 しかるにこれらの猛獣より見れば、 卑屈 ( ひくつ )らしく女々しく思わるる牛馬羊のごときはかえって年々増殖する。 すなわち柔和なる動物がこの世を継いで、烈しい猛獣は年々歳々にその跡を絶ちつつある。 人間においてもまたそうと思う。 野蛮時代には 武 ( ぶ )ばる一方で、永久に続くことは出来ぬ。 喧嘩 ( けんか )して世を渡るものは喧嘩両 成敗 ( せいばい )で共倒れして後がつづかぬ。 武士 ( ものゝふ )のけんくゎに 後家 ( ごけ )が 二人 ( ふたり ) 出来 ( でき ) 相互に殺し合うゆえに永続せぬのである。 猛烈をもって勇気なりと思う時代はまだまだ野蛮時代たるを 免 ( まぬか )れぬ。 武骨で強そうなるをもって武士道の教訓のごとく思うははなはだ幼稚なる武士道である。 理想に富める武士はものの哀れを知り、仁の徳に 長 ( た )け、温和に柔順なものである。 かつて英国のある子供が、その父に gentlemanly とはなんの意味かと 問 ( と )うたとき、父は通例の書籍に書いてある文句の切り方は 違 ( ちが )う、ふつにはジェントルマンとリーとに切る、と思うであろうが、これは文法上正しいだけで、その内容はジェントルで切り、マンリーを加え、柔和で男らしいという意味であると答えたという。 柔和というと、いかにも自分に意志なく、人の意志に 脆 ( もろ )く服従するごとく思うものあるが、しかし決してそうでない。 柔和は意志の弱き 謂 ( いい )でない。 もっとも一方より考えれば、かく思うも無理はない。 僕の考えでは世には 抂 ( ま )げてもよい意思がたくさんにあり、また意思を表示するに及ばぬものもたくさんあり、あるいは意思を明らかにする必要なきものもたくさんあると思う。 意志というと言葉がはなはだよく聞こゆるも、何ごとについても明白なる意思を発表するものは神経質かあるいは小心なる 厄介者 ( やっかいもの )である。 たとえば 衣 ( ころも )を着るにも、 縞柄 ( しまがら )から 縫 ( ぬ )い方から 着 ( き )ようにいたるまで一々 明白 ( はっきり )した意思を表示し、かつこれを 貫 ( つらぬ )かんとすれば、たいていの 仕立屋 ( したてや )または 細君 ( さいくん )は必ず手に余すであろう。 三度食う 飯 ( めし )さえも 強 ( こわ )い柔かいがある。 この浮世を渡るに 飯 ( めし )の 炊 ( た )きようについて、あまり明白な意思を有するものは、恐らくは生涯の三分の二は飯のために不満足を唱えて暮らさねばならぬだろう。 僕の信ずるところでは、世の中のことは判然たる意志をもつ必要のないことが多い。 換言すればどちらでもよいことが多い。 物を食うにも 鮭 ( さけ )でも 鰌 ( どじょう )でもよい、 沢庵 ( たくあん )でも 菜葉 ( なっぱ )でもよく、また 味噌汁 ( みそしる )の実にしても 芋 ( いも )でも大根でもよい。 ただ特別なる場合、たとえば 来客 ( らいきゃく )とか病気とかの時のごときには、明らかなる意思を立てて 遂行 ( すいこう )するも必要だが、たいていの場合にはどちらでも差支えないことが多い。 しかして朝起きて夜寝るまで、自分のなすこと、接することを一々数えたてれば、自分が 頓着 ( とんじゃく )しなくとも善いことが多くありはせぬか。 相手には非常に重大の問題でありながら、自分には何の関係ないことがありはせぬか。 かく思うと 無頓着 ( むとんじゃく )というは 語弊 ( ごへい )もあるが、自分から関係せず、関係深い人に譲りて差支えないことが 数多 ( あまた )ある。 ここがすなわち僕の、「世を譲って渡れ」という 所以 ( ゆえん )である。 譲って世を渡れとは説くものの、事によりては一歩も 抂 ( ま )げられぬこともある。 しかしてまたかく大切な事柄については一歩だも決して 抂 ( ま )ぐべきことでないと思う。 僕はどこまでも 抂 ( ま )げよとはいわぬ。 出来るだけは譲り譲りして、どうしても譲られぬところに行けば 飽 ( あ )くまでもこれを固守すべきである。 とかく人は表面に現れたことのみで 測 ( はか )るから、人のために譲ると相手の人は図に乗ってますますつけこみ、ますますその人の権利までも犯すことが折々ある。 右へ十歩譲ればもう二十歩、もう三十歩とだんだんに押し出す。 ハイハイといって押されたままに譲って行くと、ついには 溝 ( みぞ )の中に 叩 ( たた )き込まれんとする。 溝の 縁 ( ふち )までは譲ろう。 しかし 溝 ( みぞ )に叩き込まれんとする時は、ドッコイ、いかぬぞ、これより先は一歩も半歩も譲ることが出来ぬ。 この場合に臨みなお譲らせようとするものもあれば、断然 御免 ( ごめん )を 蒙 ( こうむ )って、あべこべに 溝 ( みぞ )に叩き込むのが至当である。 しかしてこの場合にいたり真の 強 ( つよ )みが発揮される。 これは婦人などによく見ることである。 柔和にして他のいうことを 聴 ( き )き 容 ( い )れ、いくら無理をいうてもハイハイと忍ぶ。 どこまでもそれに付け込んで彼女の名誉や生命にまで 関渉 ( かんしょう )せんとするときには、どっこい、それは 不可 ( いかん )と毅然としてこれを 斥 ( しりぞ )ける。 むかし 袈裟 ( けさ )が遠藤 盛遠 ( もりとお )に 挑 ( いど )まれたときには、無理を忍んでハイハイと返事し、もって母の危急を防いだが、いよいよ最後の守らねばならぬ点にいたっては、身を殺してまでも毅然として自己を 操持 ( そうじ )した。 この点にいたると婦人は 侮 ( あなど )るべからざる強いところがある。 日ごろは一つの 柔 ( やさ )しき飾りに過ぎぬ「 簪 ( かんざし )も 逆手 ( さかて )に 持 ( も )てば恐ろしい」。 こういう強味は世に処する上において、どうしてももたなくてはならぬ。 僕は種々なる人のなすところを見るに、とかく表面には剛毅を装うているものが、何か事に当たると、たちまち 脆 ( もろ )く倒れる、松の木が風に折れると同じである。 これに反し風のまにまに動く 柳 ( やなぎ )は動きながらも 本性 ( ほんしょう )を失わず、かつ折れることなくして、その一生を 完 ( まっと )うする。 [#改ページ] 前章に僕は 外柔内剛 ( がいじゅうないごう )につき少しく述べたが、内剛については所説のいまだ 竭 ( つく )さぬところがあったから、いま章をあらためて所感を述べたい。 僕はいろいろなる人々と対談し、あるいは種々なる人々より受取る手紙により、世には階級の上下を問わず、年の老若を論ぜず、自分は気が弱くて困る、どうかもっと気を強くする 工夫 ( くふう )はあるまいかと 尋 ( たず )ねられることがしばしばある。 この質問は僕自身が他人に接するごとに痛切に感ずることで、自分が常に気の弱きことを 矯 ( た )めたいと思っているくらいなれば、 世人 ( せじん )に対してこれが方法を授くるがごときは思いも及ばぬことである。 しかし同病 相憐 ( あいあわれ )むという、僕自身もはなはだ気弱いことを感知し、これにつき 年来 ( ねんらい )少しく工夫を 凝 ( こ )らしている。 もしその工夫を話したなら、たとえ未熟ながらも、また直接に益する人はなくても、世にもまたかくのごときものもあるか、かくのごとき考えをもってその欠点を 矯正 ( きょうせい )せんと 努 ( つと )めるものがあるかと思って、新たに工夫を 運 ( めぐ )らすに至る人もあろうと思い、僕は本問題を 提 ( ひっさ )げたのである。 僕の友人に僕と同じように気の弱い、いわば 臆病 ( おくびょう )の人がある。 子供のときに、その親が当時有名なりし 某 ( ぼう )将軍につれて行き、 「どうかこの子の胆力を練らせていただきたい。 今のように気が弱くては、その将来が案ぜられます」 といったとき、将軍より、 「いや 臆病 ( おくびょう )なるはさほど心配が 要 ( い )らぬ。 怜悧 ( れいり )なる証拠である」 といわれ、当人はかえって得意になり帰ったことがある。 臆病者は 怜悧 ( れいり )なのか、 怜悧 ( れいり )なものが臆病なのか、いずれが原因で、いずれが結果であるにしても、ともかくこの二者の間には何らかの関係があるように思われる。 といって僕もあながち自分が臆病なるゆえ怜悧なりという考えはないが、世にいわゆる盲者蛇で、周囲のことも、前後のことも、いっさい分からぬものはその行動がちょっと豪胆らしく見える。 しかしこれは豪胆にあらずして前後左右が見えぬのである。 危険あるを知って豪胆に振舞うのでなく、危険あるを知らぬゆえに 豪胆 ( ごうたん )らしく振舞うのである。 そもそも人生には明らかに 顕 ( あらわ )るる危険もあれば、両側あるいは地下に 潜伏 ( せんぷく )せる危険もまた多い。 この危険を幾分なりとも見得るものは、 怖 ( おそ )れざらんとしても怖れざるを得ない。 すなわちある意味において臆病にならざるを 得 ( え )ないゆえに想像力の強きものはいよいよ 臆 ( おく )する。 したがって臆病すなわち気の弱きを 矯正 ( きょうせい )するには、盲者になったら、あるいはその目的を達するかも知れぬが、むろん我々が 気弱 ( きよわ )を矯正せんとするのは、各自の本体を捨て消極的に改めんとするのでない、見えることならますます 能 ( よ )く見、その危険をも見透してなお 臆 ( おく )しないところにまで到達するが主意である。 盲者になって豪胆らしく振舞うはもとよりその主意に反する。 気の弱いことを 矯 ( た )むるには、その弱い理由を考え、その理由からこれに処する方法を案出せねばならぬ。 しかしてその第一の理由は身体にありと思う。 しかし身体が大きく強健であるとも、必ずしもその人が強いとは限らぬ。 大男にしてすこぶる健全なもので、人の前に出ると、声が 顫 ( ふる )え、 碌々 ( ろくろく )物を言えぬものもある。 吹けば飛ぶような 華奢 ( きゃしゃ )な姿したものでも、さらに物に動ぜぬものもある。 ゆえにひろく身体といわないで、狭く神経質の人はとかく 気弱 ( きよわ )勝ちであるといわれると 思 ( おも )う。 これが前にもいった 怜悧 ( れいり )なことと気弱なこととが 結 ( むす )びつく理由であろう。 神経過敏にして周囲の事物に感じやすい人は、人の顔色など最も早く見分け、人のいうことの表裏をも察知する。 かく神経作用の鋭いものは、すなわち 怜悧 ( れいり )なるものは、目先きがよく利くため、とかく 人負 ( ひとま )けするように思われる。 この事も一見 矛盾 ( むじゅん )の感なきにしもあらぬ。 すなわちそれほど物の分かるものなれば、何物も怖るるに足らぬではないかというものもあろう。 しかし、ここがすなわち智能ばかりでは事足らぬ証拠である。 いわゆる 鋭敏 ( えいびん )にして頭脳の 明晰 ( めいせき )なるものは、この事はこうなっているから、こんどはこういうことになろう、さてそうなれば 俺 ( おれ )はここに処するにいかにせばよきかと案じ出す。 この解決が出来れば物が分かるだけ、それだけ多く 臆病気 ( おくびょうけ )がつく、この解決が出来なければ出来ぬで、またそれだけ多く心配の 種子 ( たね )がふえるわけである。 しかるにいかに 怜悧 ( れいり )に物ごとに解決を下しても、未来に属することは、自分の見込み通りに行かぬゆえ、必ず危険の分子が 潜 ( ひそ )んである。 すなわち心配の 種子 ( たね )が存在する。 かくいえば 怜悧 ( れいり )なるものは必ず気弱でなければならぬという結論に達するらしく 思 ( おも )われるが、決してそう一定せるものとは思われない。 意志さえ 堅固 ( けんご )なれば、 賢愚 ( けんぐ )を問わず、百難前に 迫 ( せま )っても、これを 冒 ( おか )して断行する。 かくすればかくなるものと知りながら 止 ( や )むに止まれぬ 大和魂 ( やまとたましひ ) 己 ( おの )れの行為の結果が容易ならぬものとは知りながら、なお、「やっつけろ」という強いところが欲しい。 この強いところがあれば、いかに 怜悧 ( れいり )なるものでも、決して臆病とならぬ。 ところが一方の意志が薄弱なるときは、頭脳が 明晰 ( めいせき )なれば、先の先までも見えて心配の苦を増し、はなはだしく人を臆病ならしめる。 しかるに人はその身体、ことに神経の構造により、一方の智力がことさらに発達し、その他の力たとえば意志がこの智力と 権衡 ( けんこう )がとれぬときは 気弱 ( きよわ )になる。 なお身体の発育上、何歳より何歳ごろまでが智力のことさら伸張する時代であろう。 そのころは 臆病風 ( おくびょうかぜ )の最も強く吹く 期節 ( きせつ )となろう。 気弱 ( きよわ )は生理的原因に由来することがあるゆえ、これを 矯正 ( きょうせい )するには、生理的方法によらねばならぬ。 すなわち冷水浴を実行するとか、 睡眠 ( すいみん )が不足するものであれば、充分にこれを取るとか、あるいは営養が不足するの 虞 ( おそれ )があれば、 食物 ( しょくもつ )を改良するとかせねばならぬ。 一般の健康状態はさて 措 ( お )き、ある局部が不良なるために 卑屈 ( ひくつ )となり 引込 ( ひっこみ )勝ちとなり、 憂欝 ( ゆううつ )にに沈む傾向がありはせぬか。 これは僕の推測で、あるいは誤っているかも知らぬが、多くの事実よりかく 帰納 ( きのう )したく思う。 たとえば目の不良なる人はつねに 欝陶 ( うっとう )しく感じ、したがってますます 不愉快 ( ふゆかい )を覚え、人の前に出るのを 厭 ( いと )うにいたる。 それが一歩を進めると、 衆人 ( しゅうじん )の前に出るのを恐れるようになり、いわゆる 気弱 ( きよわ )となる。 また 胃弱者 ( いじゃくしゃ )のごときもまた同じく、気が始終 苛々 ( いらいら )し、つねに人と交際するのを 煩 ( わずら )わしく思う。 煩 ( わずら )わしいのが進むと、 怖 ( おそ )れを生じて気弱となる。 要するに生理的状態より来る不快の観念を除くを得ば、気がさわやかになり、人に逢うても快楽を 感 ( かん )じ、したがってますます衆人のあいだに出入し、気弱とか 怖気 ( おじけ )とかが取去られてしまう。 例により僕は自分の 恥曝 ( はじさら )しの経験を述べて参考に供したい。 僕は少年のころ、物に 怖気 ( おじけ )ない、大胆不敵、あまりに無遠慮であった。 両親の友人などが来ても、 臆面 ( おくめん )もなくその前に出て、しゃべりたいことをしゃべり、 家 ( うち )の人々の手にもてあまされた。 それが二十歳前後になると、処女も及ばぬように 引込 ( ひっこみ )勝ちになり、人の前に出るを 嫌 ( きら )い、人に顔見られるのを 怖 ( おそ )れた。 いまになってその理由を顧みると、身体の 工合 ( ぐあい )、ことに目に関係したのではないかと思う。 かくいわばあるいは一つの笑話のごとくに聞き 捨 ( す )つるものもあろうが、若い人々の参考のために一言したい。 しかるにその後七、八年のあいだに、また幾分か 逆戻 ( ぎゃくもど )りして、 怖気 ( おじけ )がなくなったのは、その間に日常心懸けたこともあるが、一つには身体の 工合 ( ぐあい )がよくなったためと思う。 自分の弱点を自覚するために 怖気 ( おじけ )ることがある。 これは世間に多く見ることで、笑われはせぬか、 憎 ( にく )まれはせぬか、 嘲 ( あざけ )られはせぬかと、つねに心に 憂 ( うれ )うるゆえに、かかる 虞 ( おそれ )ある場所には成るべく欠席せんとする考えが起こる。 そうでなくてさえ、人にはいかなる人にても、秘密はあるものである。 もっとも秘密だからといって、決して悪いものとは限らぬ。 何 ( なん )らの秘密なしと称する人こそ怪しむべきである。 何人 ( なんびと )も隠すべきものをもっている。 秘密といえば何か悪事するごとく思い疑わんが、決してそうでない。 処女 ( しょじょ )の 羞 ( はず )かしがるは何が一番 甚 ( はなは )だしきかというに、自分の 体 ( からだ )にありて、親にも示すべからざるものあるがためである。 これは秘密にすべきものではあるが、善悪の標準をもって論ずる限りではない。 いな 解剖 ( かいぼう )上よりいえば、婦人が婦人としての身体を有せぬが恥ずべきことである。 ゆえに各人が秘密を有すればとて決して怪しむに足らぬ当然なことである。 この秘密を発見せられはせぬかという観念が人をして 怖気 ( おじけ )させるのである。 京都の 人 ( ひと )は、「 晴 ( はれ )がましい」という 言葉 ( ことば )を使う、すなわち東京のいわゆる、「きまりが悪い」の意で、目立つ所に立ち、多数の 環視 ( かんし )のもとに出ることを 晴 ( はれ )がましいといって 引込 ( ひっこ )むが、これは何か秘密とすることを発見されはせぬかというに起こる。 しかしてこの秘すべきことに、何らかの弱点があれば、この念がいっそう深くなる。 前にも僕は子供時代の感情を 自白 ( じはく )して恥を 曝 ( さら )したが、子供のときから顔の 醜 ( みにく )いことをつねに笑われ、顔がお 盆 ( ぼん )のようだとか、鼻が低いとか、色が黒いとか、眼ばかり大きいとか、お 出額 ( でこ )がどうとか何とか、つねに人にいわれたために、人の前に出ても、またなんか言われはせぬかという気になり、 怖気 ( おじけ )たのである。 公然開放的の顔のことゆえ 何 ( なん )ぴとも見るのであるが、その見られるのが 怖気 ( おじけ )を 促 ( うなが )す。 かく何か弱点があって、 自分 ( じぶん )に 控目 ( ひかえめ )になることの自覚があると 怖気 ( おじけ )る。 しかし容貌のごときは 腕白小僧 ( わんぱくこぞう )にはさほどの感じもないから、幼少のころは平気に聞き流して意に介せなかった。 しかるにそれが 年頃 ( としごろ )になると、この自覚を感じ、人の前に出ると恥かしくなり、ことに婦人の前に出ると、前に述べたる生理上の関係のみならず、 容貌 ( ようぼう )の 醜 ( しゅう )なるを恥じて気が弱くなる。 かくのごときは 歯牙 ( しが )にだもかくる 値 ( あたい )のなき、まことに 些々 ( ささ )たることではあるが、世には僕と同じく気の小さなものがあり、あるいは 容貌 ( ようぼう )とかあるいは身体の一部に何かの欠点あることを自覚して、 羞 ( はにか )むものがあるように見受けるから、掲げて参考に供する。 これが 矯正 ( きょうせい )策としては、顔が 醜 ( みにく )いとても 美顔 ( びがん )術をほどこす必要もなかろう。 蓼 ( たで ) 食 ( く )う虫もある世の中にはまったく 棄 ( す )てる物はない。 いかに顔が醜いとても、またそれ相応の天職もあろう。 ことに 容貌 ( ようぼう )は 解剖 ( かいぼう )的のものでなく、心の作用によりては、少なくともその表情を変えることが出来る。 そして人の顔色を読むには、 骨格 ( こっかく )肉付きの 如何 ( いかん )よりも、むしろその表情によることが多い。 米国の大統領リンカーンは有名な 醜男子 ( しゅうだんし )であった。 しかるに親しくこの人に接したものは、 彼 ( か )の青ざめた顔、大きな口、 凹 ( くぼ )んだ眼を忘れてその慈愛に富んだ表情にのみチャームされた。 顔の改造は出来なくとも、心の改良は出来る。 また心を改良すればただちにそれが顔に現るることなくとも、またその見分けのつかぬぐらいの人から親しみを受ける価値もないように思わるるが、何を苦しんでか外部の顔のために進取の気象を 奪 ( うば )われ、いたずらに 卑屈 ( ひくつ )に 引込 ( ひっこみ )勝ちになろう、と思えば心も晴々しくなって来る。 また外部に現れぬ秘密の事にしても、道徳上恥ずるに足らぬ秘密ならば、すなわち人には 明 ( あか )せられぬが、 己 ( おの )れが心に 明 ( あか )し、あるいは天に 明 ( あか )して恥ずべきことでない秘密ならば、 暴露 ( ばくろ )したところでこれまた一場の笑話となるか、 愛嬌談 ( あいきょうだん )となるにとどまり、これがために心を痛め、胸を苦しめ、人に顔見らるるを 怖 ( おそ )るるにあたらない。 田舎 ( いなか )から上京した人は東京 風 ( ふう )を知らぬゆえに、何かにつき無礼を振舞いはせぬかとどきどきする。 自分の心に 尋 ( たず )ねて人に無礼を加うる念が 毛頭 ( もうとう )なければ、動作の 調 ( ととの )わぬことなどは、人も 宥 ( ゆる )すであろう、また自分の良心も必ずこれを 宥 ( ゆる )すものである。 事の 真偽 ( しんぎ )は知らぬが、明治の初年ごろに 西郷 ( さいごう )はじめ維新の 豪傑連 ( ごうけつれん )がはじめて 御陪食 ( ごばいしょく )を 仰付 ( おおせつ )けられたことがあったという。 いずれも 田舎侍 ( いなかざむらい )で、西洋料理などは見たことのない連中のみで、中には 作法 ( さほう )を知らぬゆえ、いかなるご 無礼 ( ぶれい )をせぬとも限らぬと、 戦々兢々 ( せんせんきょうきょう )とし、むしろ御陪食の 栄 ( えい )をご辞退申し上げんとしたものもあった。 いよいよ当日になり、 玉座 ( ぎょくざ )に近き食卓につくと、ろくろく落着いて手を出すものも、口を開くものもなかった。 そこで 西郷 ( さいごう )は 起 ( た )って口を開き厚くご陪食の御礼を申し上げ、かつこれに加えて、 「小臣らはいずれも 田舎侍 ( いなかざむらい )で、 九重 ( ここのえ )の 御作法 ( ごさほう )にははなはだ心得が 薄 ( うす )いもののみでござりまする。 ただ一身をもって 陛下 ( へいか )の 御 ( おん )ために 捧 ( ささ )げ 奉 ( たてまつ )ることのみを心得、他には何らの心得なきものであれば、今この席においてもあるいは 御作法 ( ごさほう )に 背 ( そむ )くごときことがあるかも存じませぬ。 ただ 陛下 ( へいか )に 対 ( たい )し 奉 ( たてまつ )る至誠に 免 ( めん )じてお許しを願う」 と 挨拶 ( あいさつ )して席につき、スープを飲むに、両手を 皿 ( さら )にかけて 捧 ( ささ )げグイと飲んだという。 もしこれが知っておりながら、少しく奇人を 衒 ( てら )い、英雄を真似たとすれば、無礼の 誹 ( そしり )をまぬかれぬが、自分の心得の最善を尽している以上は、 行儀作法 ( ぎょうぎさほう )に多少の欠点ありとするも、人はこれを 宥 ( ゆる )すものである。 自分は 行儀 ( ぎょうぎ )を知らず、 作法 ( さほう )が分からぬと、自分の弱点を知ったとても、人の前に出て、決して 臆 ( おく )することはない。 またそんなことを気にして、かれこれいうような人なれば、友として交際する 価値 ( ねうち )なきものと思う。 後藤 ( ごとう )男爵が少年のころ、何かの折りに、 岩倉公 ( いわくらこう )の前に 召 ( め )され、菓子を 饗 ( もてな )された。 地方からポット 出 ( で )の男は 怯 ( お )めず 臆 ( おく )せず、その席上でムシャムシャと菓子を食った。 しかし決して岩倉公に無礼を 加 ( くわ )うる 考 ( かんが )えなく、ただ 食 ( く )えといわれたから食ったまでで、いわば至当のことをなしたに過ぎぬ。 しかるに後になって、かかる 饗応 ( きょうおう )の前で 妄 ( みだ )りに食うものでないと言い聞かされ、 男 ( だん )は 定 ( さだ )めし岩倉公の 御不興 ( ごふきょう )を受けたであろうと思いしが、翌日にいたり 公 ( こう )より 昨日 ( さくじつ )来た青年は菓子が 嗜 ( すき )だと見えるというて、かえって一箱の菓子を送られたという。 しかし僕は繰り返していう。 かくのごときことを聞き、 豪傑 ( ごうけつ ) 才子 ( さいし )を気取って、わざと礼儀作法を破るものがあれば、これすなわち自己と他人を 欺 ( あざむ )くものであるが、この 欺 ( あざむ )く心がなければ、たとえ自己の弱点を見られたところで、たいした恥にならぬ。 したがって一向 怖 ( おそ )るべきこともない。 またこれに関連して述べたいことは、弱点の末の末まで 隠 ( かく )し得ないことを心得れば大いに気が澄んで来る。 「 人 ( ひと ) 焉 ( いずくん )ぞ ( かく )さんや」で、 ( かく )さんとする人はただ一人だがこれを見る人は幾千万人ある。 また ( かく )さんと欲する心を示すものは、目、口、鼻など頭の頂上より足の 爪先 ( つまさき )に至るまで、一つとして我々の性質を現す機会とならぬものはない。 これを ( かく )さんとするも、これらの機関はほとんど 裏切 ( うらぎ )りするかのごとく、我々の心情を現すものである。 かく考えると 齷齪 ( あくせく )として、あるものを無しと言い、無いものを有ると見ても、とうてい永続せぬものである。 早晩その真相は 暴露 ( ばくろ )されるものである。 ゆえに僕はむしろクローディアス王がその画工に対し、 「我を画かんとするなら、どこからどこまですべてを画け、 疣 ( いぼ )も何も」 といった主義に従いたいと思う。 むろんこれがために 迷惑 ( めいわく )を受け、他人より多く笑われ、他人より一層多く非難されることもある。 しかし常に心に 戸閉 ( とじ )まりし、つねに 隠 ( かく )さんとする 重荷 ( おもに )がないだけ気軽で、大なる利益がある。 要するに心のうちさえさっぱり晴れているなら、何事に 逢 ( あ )っても怖いことも恐ろしいこともなくなると僕は確信する。 ゆえに人の前に出るにあたり 怖気 ( おじけ )が起こったならちょっと 退 ( しりぞ )いて、 「 己 ( おの )れの心に 忌 ( いまわ )しい点があるか」 と反問するが 肝腎 ( かんじん )である。 臆病 ( おくびょう )なる僕に一大興奮剤となった教訓は 沙翁 ( さおう )の Be just and fear not の一言である。 [#改ページ] 怖気 ( おじけ )は自信力のとぼしい場合に起こることが多い。 「自分はとうていこの 任 ( にん )に 堪 ( た )えられぬ」と思えば、手を出すことも 怖 ( こわ )くなる。 やがて司会者は 起 ( た )って五、六分間、紹介の 辞 ( ことば )を述べた。 この 間 ( かん )は僕にとって、 生涯 ( しょうがい )忘れられぬ苦痛の 瞬間 ( しゅんかん )である。 場 ( じょう )の中央には演壇と 椅子 ( いす )があり、その両側には市の有名なる人々が十人ばかりずつ 控 ( ひか )え、その壮厳なる光景を見ては、なおさら 怖気 ( おじけ )て、手足はブルブルと 戦慄 ( せんりつ )した。 幸いにして明るくなかったからよかったものの、もし電燈の下にでも立ったなら、いかに顔が青ざめていたであろう。 とにかくも、 戦 ( おのの )きを 抑 ( おさ )えられぬ。 愚かなことをしたものかな、こんな演説を引受けねばよかった、いっそ急病と称して 御免 ( ごめん )を 蒙 ( こうむ )ろうか、何か他の理由をつけて退席せんかと思い 煩 ( わずら )っている時、ふと浮いた 考 ( かんが )えが二つあった。 一つは、 「ナニ 此奴 ( こやつ )ら、 服装 ( なり )こそ 美 ( うる )わしけれ、金持ちでこそあれ、 高 ( たか )の知れたもののみである。 ことに自分の今 演 ( の )べんとすることは、日本に関することではないか、この点については僕は確かに彼らに 優 ( すぐ )れている。 少なくとも日本に関する知識においては、彼らはゼロ同然である、 否 ( い )なゼロよりもかえってマイナスであろう。 僕が今述ぶる問題の範囲内においては、彼らは取りも直さずまったく無知同様である。 かかる人を相手として演説するに、何の 怖 ( おそ )るることかあらん、この 馬鹿者奴 ( ばかものめ )らがッ」 としきりに彼らを 呑 ( の )んでかからんとつとめたが、なかなか 呑 ( の )めない。 いかに心中では豪傑を 衒 ( てら )わんとするも、 真底 ( しんそこ )よりの豪傑でないから、ますます 怖気 ( おじけ )てガタガタ 戦 ( ふる )える。 すでにしてまた一つの考えが起こった。 「この席に来た人々は日本に関する知識を求めに来たので、決して 雄弁 ( ゆうべん )や 能弁 ( のうべん )を聴くつもりで来たのでない。 日本人が英語を 操 ( あやつ )るのであれば、 定 ( さだ )めしブロークンな英語であろう。 演説の良否よりも、内容が半分も 解 ( わか )れば、それで 足 ( た )るくらいに思うであろう。 また恐らくは 傍聴 ( ぼうちょう )の半数以上は聴くよりも日本人を見に来たのであろう。 僕の演説を充分に解することはその期待せぬところであろう。 もし彼らが僕の演説を 半 ( なか )ばなりとも了解し得たならば彼の人は感心によく英語を話したと思ってくれるだろう。 発音の 訛 ( なま )りや、文法の 誤謬 ( ごびゅう )などはかえって 愛嬌 ( あいきょう )の 種子 ( たね )になるくらいのものだ。 なるほどこの演説は自分にとっては責任が重い。 しかし聴衆にして心あらば、任の重きに対して同情してくれるだろう。 ゆえに演説中に誤りを笑うものがあるとも、その 笑 ( わら )いは冷笑でない。 また出来 損 ( そこ )ねたからとて、あながち国名を 汚 ( けが )すことともなるまい。 ブロークンながらも 怯 ( お )めず 臆 ( おく )せず元気よくやるがよい」と。 かく自分勝手の理屈を考えて、覚悟をしたら、今までの 顫 ( ふる )いがとまった。 わずかに五、六分間であったが、その間に 頭脳 ( あたま )の考えは二回変った。 しかしていよいよ 起 ( た )った時には平然として何のこともなく、草稿にない 戯談 ( じょうだん )なども臨時に 入 ( そうにゅう )し、幸いに案外の 喝采 ( かっさい )をうけた。 その後、僕はこの経験を思い出すごとに自分の教訓とすることがある。 それは天性 英雄 ( えいゆう ) 豪傑 ( ごうけつ )ならぬものが、英雄豪傑を気取り、 傍若無人 ( ぼうじゃくぶじん )を 衒 ( てら )い、なに 彼奴 ( きゃつ )らがという態度を 持 ( じ )することは、あるいはこの方法で成功するものもあるか知らぬが、自分にははなはだ 愚 ( おろ )かなる方法であると思った。 恐らくは 他人 ( ひと )にも、かかる 借 ( か )り元気は一時の成功を来たすことがあるとも、これをもって常に用うべき策とすべからざるものと思う。 これ消極もまたはなはだしきものである。 自分に偉い力がないと思いながら、そのない力をあるかのごとく見せ、力ある人を力なきものと仮定し、 己 ( おの )れを 欺 ( あざむ )き、人を欺く 芸 ( げい )であるから、なかなか骨が折れよう。 これに反し第二の考えは相手の人には力がある、しかも自分より 優 ( すぐ )れた力がある。 しかし彼らはこの力を 濫用 ( らんよう )せぬ。 自分に対して善用するだろう。 我もこれに 酬 ( むく )ゆるに相手を 軽蔑 ( けいべつ )しあるいは 馬鹿者視 ( ばかものし )したりせず、最善を尽すべしと決心する。 双方が共に相許し合い、尊敬と同情をもって結びつけられる。 何の 怖気 ( おじけ )が起こるべき理由かあらん、何で怖気の起こるべき余地かあらん。 そこで僕が自分の恥を 晒 ( さ )らして物語り、 怖気 ( おじけ )る人の参考に供したき要点は、相手を 信 ( しん )じてかかれということである。 渡る世間に 鬼 ( おに )はない、鬼でさえ頼めば人を食わぬ。 窮鳥 ( きゅうちょう ) 懐 ( ふところ )に入れば 猟夫 ( りょうふ )もこれを殺さぬ。 怖気 ( おじけ )たり 臆病 ( おくびょう )な人も、他に信じてかかれば 怖 ( おそ )るることがなくなる。 僕はこの一時の経験により、自分の心理状態に一大改革を 経 ( へ )たように思う。 あるいは読者中には、粗雑にしてかつ乱雑なる僕の演説を聞かれた人もあろうが、こんにち日本においても聴衆の前に立ち、何らの腹案もなく述べ出す。 学術上のことはさて 措 ( お )き、日ごろ思っている考え、日ごろ 懐 ( いだ )ける感情を述ぶるに、何の 怖 ( おそ )れることもない。 ありのままに口を開け、「 腸 ( はらわた )見せる 柘榴 ( ざくろ )」同然にやる。 隠したところが、数百の聴衆は僕よりもいっそう鋭敏なる眼をもって見つつある。 隠さんとしても隠しきれぬ。 急に君子顔を装ったとて、また言葉だけに 珠 ( たま )をつらねたとても、音調に得た所がなければ、聴衆の 嘲弄 ( ちょうろう )を招くばかりである。 またその場に急に英雄豪傑を 真似 ( まね )たとて、その腹の底に 胆力 ( たんりょく )がなければ、話しているあいだの姿勢にて暴露する。 聴衆は自分よりも 具眼 ( ぐがん )の士であると、 彼 ( かれ )らを信じてかかれば、かえって 怖 ( おそろ )しくなくなる。 同じ 獅子 ( しし )の 穴 ( あな )に入るにしても、相手が 己 ( おの )れを食らうなど思えばおそろしくなるが、この 獅子 ( しし )は 妄 ( みだ )りに人を 食 ( く )わぬことが分かれば、恐怖の念が去る。 ゆえに僕は 怖気 ( おじけ )る人に対し特筆して注意したきことは、相手の人を疑うことなかれ、相手の人に好意をもってすれば、 彼 ( かれ )らもまた君に対し好意を懐くものであると。 右に述べたのは相手を信用してかかれという意味であるが、これに相伴って必要な一つの覚悟があると思う。 それは他人のことに関せぬ自分自身の態度である。 いかに他人が自分に対して好意があるだろうと信ぜんとしても、自分の心に暗いところがあれば、みずから信ずる念が 乏 ( とぼ )しくなり、したがってまたみずから重んずる念が欠ける。 しかしてみずから重んぜざる人がいかにして他人より重んぜられようか。 人爵的 ( じんしゃくてき )の 軽重 ( けいちょう )ならばいざ知らず、心より発する尊敬などは自ら重んぜざる人に払うものはあるまい。 ゆえに人を信ずるに先だち、自ら信ずる念がなければならぬ。 みずから信ずるというは自分に暗いところがない、よし他人が自分を信ぜなくとも、自分は独立しても世を渡る、またいかに他人が自分を 疎 ( うと )んじても、我はあくまでも自ら 重 ( おも )んじて、所信を 貫 ( つらぬ )くという、みずから 潔 ( いさぎよ )しとするところがなければならぬ。 僕がしばしば引用する Be just and fear not( 正 ( せい )を守りて 怖 ( おそ )るることなかれ)というはすなわちここをいったのである。 自分が正しいと信ずるものは、いかなる事があっても 怖 ( おそ )れない。 したがって人の前に立っても 怖気 ( おじけ )ることがない。 かの宗教改革を 唱 ( とな )えたルターが始めてその新説を発表し旧教家の反対を受けたときは、その 生命 ( いのち )の安全さえもはなはだ 覚束 ( おぼつか )なかった。 そのころルターの友人は 彼 ( かれ )のある会合に出席せんとしたのを止め、 「今日は家にあれ、一歩戸外に出れば生命は危険である」 と 警 ( いまし )めたが、ルターは 昂然 ( こうぜん )として、 「この町の 家屋 ( かおく )の 瓦 ( かわら )ほどに敵が多くとも、心に 疚 ( やま )しきことなき以上は、何の 怖 ( おそ )るることかあらん」 と言い出席したという。 おそらくは 怖気 ( おじけ )の根本的 矯正 ( きょうせい )法は自身の正しきを自覚するにありと思う。 これに 反 ( はん )し自分に 最善 ( ベスト )を尽しておらぬものは、何かの時に 退 ( ひ )けを取りやすい。 恥ずかしいが、僕もしばしば自分でこれを経験したことがある。 かようなことは相手も知っておるまいと、思って大きな顔している間に、はしなくも 話頭 ( はなし )がみずから犯した罪に、すこしでも触れると、すぐにビクつき、あるいは 顔色 ( かおいろ )が変わり、あるいは声が 顫 ( ふる )え、あるいはその言うことに 辻褄 ( つじつま )が合わなくなり、あるいは 極 ( ごく )上等に出来たとしても、 話頭 ( はなし )を 漸々 ( ぜんぜん )に 曲 ( ま )げて自分の痛いところより遠く離さんとし、然らざれば正反対に自分の弱点を弁護するごとき議論や物語をしたりする。 これは僕自身にそういう経験があるのみならず、また他人に逢っても、自分みたいなことをやっているわいと感じたことが 間々 ( まま )あった。 たとえば前年僕を訪ねて、なかなか元気よく議論したある青年があった。 その挙動を見るとすこぶる 傍若無人 ( ぼうじゃくぶじん )で、 室 ( へや )に入るや 否 ( いな )やいきなり 趺座 ( あぐら )をかき、口角に 泡 ( あわ )を飛ばして盛んに議論する。 僕はこれを見てなるほど彼は勇気精力に富むと感心した。 彼が独りで 暫時 ( ざんじ )議論したのち、僕にむかい、 「 今日 ( こんにち )の日本の青年に対し最も注意すべきものは何か」 と質問を発した。 僕はあながち彼に対してあてつけ、皮肉をいうつもりはなかったが、あたかもそのころある地方の中学を巡廻し、生徒の 不行儀 ( ふぎょうぎ )なることを、ことに痛切に感じていたから、僕は、 「行儀を正すことが目下の一大急務なり」 というや、今までの豪傑は急に 狼狽 ( ろうばい )しはじめた。 露出した 膝頭 ( ひざがしら )を気にして、 衣服 ( きもの )で 掩 ( おお )わんとしたり、あるいは 趺座 ( あぐら )をかいた足を幾分かむすび直し、正座の姿に移らんとした。 僕はこれを見て、ハハア、この人が今までの 大言壮語 ( たいげんそうご )も、その 磊落 ( らいらく )の行儀も、思いつかずになした 業 ( わざ )でなく、一 時 ( じ )の 拵 ( こしら )え 気焔 ( きえん )で人を 脅 ( おど )かすつもりか、あるいは豪傑を 衒 ( てら )っての 業 ( わざ )であったのだな。 彼の 英邁 ( えいまい )奇行は道具立ての 小細工 ( こざいく )たるを見て 可笑 ( おか )しくなった。 彼はその知れる限りの最美を尽しておらぬ。 むしろ彼の最悪の行儀をなしていたのである。 自分が為すべからざることと知れることを、ことさらに為していたのである。 ゆえに一言でも 話頭 ( はなし )が彼の弱点に 渉 ( わた )ると、胸中幾分か 狼狽 ( ろうばい )するの 風情 ( ふぜい )が現れ、今まで 頼 ( たの )もしい 剛胆 ( ごうたん )なる青年と思われたものが、見すぼらしい凡人に立ち返り、勇将が一時に敗兵となった観を呈した。 英文学に異彩を 放 ( はな )つと称せらるるかの有名なるミルトンの『 失楽園 ( パラダイスロスト )』の主人公は、神を相手に 謀叛 ( むほん )の 旗 ( はた )を 翻 ( ひるがえ )した悪魔の雄将サタンである。 彼が戦いに敗れ地獄に 堕 ( お )ち、しばらく夢中に卒倒してあった後、たちまち 息 ( いき )ふき返して、わが身辺を見廻わすと、彼の同僚および彼の 率 ( ひき )いたる軍勢は、何万となくいずれもあるいは 疲 ( つか )れあるいは負傷して消ゆることなき地獄の青い火の中に、燃えもせず焼けもせず、苦しみながら横たわれるさまを見て、サタンは再び士気を 鼓舞 ( こぶ )して、天に逆らい再挙を計ることを、詩仙ミルトンが 椽大 ( てんだい )の筆を 揮 ( ふる )って 描 ( えが )いている。 しかして書中に現れた悪魔の態度の実に 凛々 ( りり )しく、彼の野心の実に偉大なる、彼の度量の 広闊 ( こうかつ )なる、読む者をして知らず知らず神よりも悪魔を尊敬する念を起こさしむる。 ゆえに英文学を論ずるものは、『失楽園』を批評するにあたり、ミルトンの神を けなし、ミルトンの悪魔を 崇 ( あが )めぬものはない。 またこの悪魔の姿は実に堂々たる 風采 ( ふうさい )で、 吾人 ( ごじん )の崇拝に 値 ( あたい )するように写してある。 ことに彼が天帝に 反 ( そむ )かんとする豪胆のこと、また大敗を受けても再び事を挙げんとする勇気のごときは、読者をしていよいよ 彼 ( かれ )に尊敬を払わしめる。 しかるに『失楽園』を最終まで読むときは、この悪魔の大将軍がとうてい対等の軍を張ることの不利なるを察し、その後は種々なる計略を用い、神に勝たんとしている。 彼がこの考えを起こした後は、固有の偉大なる 身躯 ( からだ )があるいは 蛙 ( かえる )となり、あるいは鳥となり、あるいは 蛇 ( へび )となり、種々なる形に変化している。 しかしてその変化のありさまを見ると、変わるごとに一歩ずつ小さくなり、 堕落 ( だらく )する順序が現れている。 僕はミルトンの『失楽園』を見るごとに、人格の 堕落 ( だらく )の階段が秩序的に現れているがごとく 感 ( かん )ずる。 すなわち世に行われる進化の階段に正反対して退化の順序が行われているのを見る。 しかして進化というはすでに発芽すべき力がもともと 含蓄 ( がんちく )されているものが、 漸々 ( ぜんぜん )に働くことを称すると 同 ( おな )じく、退化もまたすでにもともとその性質において堕落すべき 種子 ( たね )が含まれているある一種の病原が存し、この 種子 ( たね )が年とともに 蔓延 ( まんえん )するものである。 ミルトンの悪魔もはじめは高尚な位地にあり、世の尊敬も浅からず受けていたが、一たび野心という病いの 黴菌 ( ばいきん )が胸中に 萠 ( きざ )したのちは、いかなる方法をもってするも、目的を遂げんと望んだため、最初堂々たる方法で戦ったに反し、後には目的を達するに急となり、目的のためにはいかに 卑劣 ( ひれつ )な手段も辞せず、だんだんに 堕落 ( だらく )し、ついに 虫類 ( むしけら )同然のものに身を変えて幾分かその目的を遂げた。 この詩を見る人はその堕落のさまの顕著なるに驚く。 話頭 ( はなし )は 岐路 ( わきみち )に入ったようであるが、自分の胸中に正しからざる 種子 ( たね )が 潜伏 ( せんぷく )する以上は、いかに最初は勇敢なるも、いかに初対面のときに豪傑風を装うとも、いかに人に接して偉大なる感を与うることあるも、年を 経 ( ふ )るにしたがい、その 金箔 ( きんぱく )がだんだんに 剥 ( は )げると同時に、その人はますます小さく、臆病にかつ 卑怯 ( ひきょう )になる。 ゆえに僕は何か人に逢ったり、多数の前に立つ時、 怖気 ( おじけ )を覚ゆればすぐに自分を呼び出し、 「これ 稲造 ( いなぞう )、 汝 ( きさま )は近ごろ、何かバクテリアに 罹 ( かか )りはせぬか、どこかで病いの 種子 ( たね )を宿しはせぬか」 と自問を発し、あるいは、 「 汝 ( なんじ )は人の前に立ち、少しでもよく自分を思われたいと、自分の真価以上に 看板 ( かんばん )をかけたい 了簡 ( りょうけん )なるか、相手の人に 褒 ( ほ )められたいと思っておりはせぬか、あるいは何か求むる所があって、相手の人にお 世辞 ( せじ )を述べるか、あるいは 妄 ( みだ )りに自分を 卑下 ( ひげ )して、なさずともよいお 辞儀 ( じぎ )をなし、みずから五 尺 ( しゃく )四 寸 ( すん )の 体躯 ( からだ )を四尺三尺に 縮 ( ちぢ )め、それでも不足すれば、ミルトンの悪魔同然に鳥なり 蛇 ( へび )なり 蛙 ( かえる )なりの程度まで一身を引下げておりはせぬか」。 かく発問すると、なるほどもっともだ、自分は 予 ( かね )ての心がけよりも、この点において大いに 堕落 ( だらく )したと思いあたり、心を 取 ( と )り直し、 己 ( おの )れに帰る 心地 ( ここち )する。 して己れの心をそのまま存する者は 怖 ( こわ )がりもせぬ。 怖気 ( おじけ )は自己の心を離るるより起こる。 [#改ページ] 人間社会で不愉快なる感を与うるものは 数多 ( あまた )あるが、これを一々区別して、何が最も有力なるかを 尋 ( たず )ぬるに、貧困よりも 疾病 ( しっぺい )よりも、失望よりも何よりも、他人から悪く批評されることが最も有力なものであろう。 ある人が人間の行為として最下等なる職業を 営 ( いとな )む 数多 ( あまた )の醜業婦について、 「お前たちはこの商売していて一番イヤなことは何か」 と 訊 ( ただ )したら、お茶をひいて 仲間 ( なかま )に笑われることだと答えたそうであるが、彼らは日々の飯さえ遠慮して食い、終夜一 睡 ( すい )もせぬことしばしばなるに、 身体 ( からだ )の苦しきよりは、やはり四 囲 ( い )の批評のほうがつらきものと見ゆる。 こういうと、あるいはそんな 些細 ( ささい )なことがと、言い流す人もあろうが、実際においては自分の悪口を言われても、これを心にかけず平然たるくらいまで進んだ人ははなはだ少ない。 中にはそんなことは 構 ( かま )わぬと称する 人 ( ひと )も 数多 ( あまた )あるが、なにかかにか言われると、まったく 無頓着 ( むとんじゃく )に聞き流す人はほとんどない。 誰しも必ず心に不愉快を感ずる。 ことに少しく神経 過敏 ( かびん )なものになると、なおさら不愉快を深く感ずる。 無頓着 ( むとんじゃく )と称される 豪傑肌 ( ごうけつはだ )の者でさえも、その 実 ( じつ )なかなか心を悩まし、自分に対する悪口に無頓着なることは出来ぬ。 またズッと高く進んだ聖人さえも、全然これを無視するを得難いもののように思われる。 かつて故 児玉 ( こだま )大将が生存中、僕は一 夕 ( せき )大将をその 邸 ( やしき )に訪ねたことがある。 折から外出より帰った大将は、 「 大層 ( たいそう )お待たせした」 と 挨拶 ( あいさつ )し、 「イヤハヤ、どうも元老の 爺連 ( じじいれん )がお互いに悪口言い合うを調和するは、 一方 ( ひとかた )ならぬ骨折りだ。 今日も一日かかって、そんな骨折りをやって来た」 と歎ぜられた。 僕は、 「悪口って、どんなことを言われるのです」 「どんなことって、まるで裏長屋の 婆 ( ばばあ )が井戸 端 ( ばた )でグズるのと 異 ( こと )なったことはないさ」 「しかし天下を預かる英雄にはそんなこともありますまい」 「英雄は英雄でも、豪傑は豪傑でも、 俺 ( おれ )のことをこんなこと言った、 怪 ( け )しからぬ 奴 ( やつ )だ、あんなことをいったが不都合だと互いに 陰口 ( かげぐち )きいたのを、 怨 ( うら )むようにこそこそと他人の悪口をいうさまは、 毫 ( ごう )も裏長屋の 婆 ( ばばあ )と 異 ( ちが )うことはない」 と言われたが、 磊落 ( らいらく )にして世評などに無頓着を 衒 ( てら )う豪傑にしても、なおかつかかる人が多い。 いわんや普通の凡人においてはなおさらである。 また僕はかつて次のごときことを読んだことである。 ソクラテスは容貌の 醜 ( みにく )い人で、 世人 ( せじん )が彼を 誹謗 ( ひぼう )するときは、必ずこの点を指摘した。 しかし彼自身も容貌などは、どうでもよいと思うため、世人が自分の容貌の醜きを悪口すれば、自分もその仲間に加わり、一緒に笑い、 己 ( おの )れの眼の飛び出しているは、四方八方をよく見るためであり、鼻の天井を向いているは、他人の 嗅 ( か )げないものを嗅ぐためであると 磊落 ( らいらく )に笑い流していたが、その死せんとするにあたり、ヘムロックの 杯 ( はい )を取りながら、 「いよいよ 俺 ( おれ )が死んだなら、もはや俺の容貌の醜きを笑う人もあるまい」 と一 言 ( ごん )した。 してみると、他人が彼の醜きを 譏 ( そし )るのを気にしていたと思われると 説 ( と )いた人の論を聞いた。 この論がはたして当を得たるや 否 ( いな )やは別とし、いわゆる聖人なるものも他人より悪口さるれば、少なくとも不愉快の感を起こすものと思われる。 まして凡人においてをや。 かれこれ相互の批評は人生の大部分を成しているかと思われる。 むろんこれが刺激となって人生は進歩するものである。 いかなる人でも、その備うる短所を批評せねばいい気になりますます得意となる。 いかなる 怪 ( け )しからぬ行為あるものも、これを 発 ( あば )いて反省を 促 ( うなが )さねば、ますますその暴行を 逞 ( たくま )しゅうしやすくなる。 世間の批評が我々の行為を抑制することは、あたかも 羊 ( ひつじ )の群れを監督するために 羊犬 ( シェファードドッグ )を付けるがごとくである。 おろかなる 羊 ( ひつじ )は草を食いながら、少しでも柔軟に、少しでも緑の草があるほうに進み、だいたいの方向も忘れて進み路を迷いやすい。 このとき羊犬が迷った羊に 吠 ( ほ )えつき、各個の羊をその群れより離散せぬようにまとめると同じく、世評なるものは、我々が得意になり、あるいは 岐路 ( きろ )に迷わんとするとき、これを 抑 ( おさ )えて 軌道 ( きどう )に 惹 ( ひ )き着ける役目をするものと思えば、修養の一大補助ともみなされる。 すなわち 毀謗 ( きぼう )は社会の要求の声ともいうべきものならん。 それについてはこれを 濫用 ( らんよう )せぬよう心がけることが最も必要である。 してその濫用とは、 一にはその悪口をいった人を 怨 ( うら )むこと、 二には自分の悪口されたのを聞き 怒 ( いか )ること、 三は悪口を耳にしてヤケとなること、 四には悪口に対する弁解に大いにつとむること、 五には悪口のために落胆し 萎縮 ( いしゅく )すること、 等が、その主要なるものである。 これらの 弊 ( へい )に 陥 ( おちい )らぬようにするには、まず悪口に対してはいかなる態度におらねばならぬか、その度胸を定めたい。 悪口そのものについては他所にも述べたから、ここに再び繰り返す必要はない。 僕のここに言わんとすることは、悪口の目的物となり、すなわち悪口を受けるものの態度について一 言 ( ごん )したい。 多くの悪口には一時的 流言 ( りゅうげん )に過ぎずして、ほとんど一 顧 ( こ )の値いなきものがある。 俗諺 ( ぞくげん )にいう、「人の 噂 ( うわさ )も七十五日」。 その語るところを聞くと根底深いらしいが、その実は根も葉もないことが多い。 これは我々がしばしば新聞雑誌に見ることによりてもよく分かる。 すなわち新聞雑誌に掲げられる 月旦 ( げったん )とか人物評論とかあるいはいわゆる三面記事を見ると、 某 ( ぼう )はかくのごときことをなし、国賊であるとか、その肉を 食 ( くら )っても ( あき )たらぬとか、 倶 ( とも )に天を 戴 ( いただ )くを恥じとするとか極端の言葉を用い、あるいは某が某女性と関係したる 始末 ( しまつ )を 細々 ( こまごま )と記してある。 これを読む者が 真面目 ( まじめ )に考えれば、とても読み流すことは出来ぬ。 国のためにかかる人は一刀の 下 ( もと )に刺し殺すべしとまで思うようなことが載せてあれば、三、四日もすると、そんなことも忘れ、翌月になると、同じ新聞雑誌がこの同じ人を恐ろしく 褒 ( ほ )め立てることがある。 いわゆる 輿論 ( よろん )なるものは実に軽薄なものである。 また我々の友人中にも甲が乙の 噂 ( うわさ )をして、はなはだ 怪 ( け )しからぬ 奴 ( やつ )だと 罵 ( ののし )る。 その語るところを聞くと、その間の関係が、絶交しても ( あき )たらぬように思われるが、翌日甲乙が互いに話し合うところを見ると、前夜用いた 罵詈 ( ばり )の 言 ( げん )は、いずれにあったかを解するに苦しむことがある。 誰しもまた必ずかかることを経験したであろう。 しかるに少し気の小さな人が、自分のことを 噂 ( うわさ )され、あるいは新聞雑誌に悪く掲げらるれば、再び 起 ( た )つ 能 ( あた )わざる窮地に 陥 ( おちい )るごとく 歎 ( なげ )く。 かくのごとき時には、 少 ( すこ )しく度胸を大きく持ち、今日あって明日なき 言 ( こと )の 葉 ( は )の、 一風 ( ひとかぜ )吹けば散り果てるものだと思うと、悪口もさほど不愉快に感ぜぬのみならず、かえって 為 ( ため )に一種のおかし味を感ずるものである。 自分に対して非難するものあるを、直接または間接に聞くことあるも、その 難者 ( なんしゃ )はいかなる人かと聞けば、 怒 ( おこ )ったり 怨 ( うら )んだりするより、むしろ一種のおかし味を感ずる。 あの男が一ぱい 機嫌 ( きげん )で悪口するはアルコールの 蒸発 ( じょうはつ )が 喉 ( のど )を 過 ( よぎ )って来るから、人の言葉として顕われるが、一種のガスの作用にほかならぬ。 我々の耳に達したころはちょうど消えてなくなる。 彼の男にしてそういう 言 ( げん )を 弄 ( ろう )するは、ちょっと奇抜で、面白いが、あまりガラに似合わぬ、真のことでもあるまい。 またさらに力あるとも認められぬと思うと、悪口を受けても苦痛でなく、犬の 遠吠 ( とおぼ )えぐらいに聞こえる。 ちょっとは耳に 障 ( さわ )っても、あとに残らない。 しかるにこれを一々 真面目 ( まじめ )に解し、言葉通りに直訳して考うれば由々しいことになるが、人はなかなか大いに考えて悪口することは少ない。 ただその場合々々に好き勝手な熱を 吐 ( は )くほうが多いから、 為 ( ため )に人を 怨 ( うら )み、あるいはみずから怒り、あるいは落胆し、あるいはヤケになったりする価値はない。 ゆえに世に処するものは悪口の六、七 分 ( ぶ )は聞流しにすべきもの、意に 介 ( かい )する価値なきものと僕は信ずる。 折々は濁るも水の習ひぞと思ひ流して月は澄むらん もっとも悪口でも右のごとく軽いものばかりと限らぬ。 ときには念の入った、しかも非常に念入りのものもあり、中には道具立てした悪口もあり、数人かかって、それぞれ手を廻わし、こちらに 罠 ( わな )をかけ、あちらに 垣 ( かき )を結び、もって他を 陥 ( おとしい )れんとする、手配り広き悪口もある。 こういう悪計にかかってはよほどの知者ならねば、とうていこれを 免 ( まぬか )れられぬものである。 しかし五人かかろうが、十人かかろうが、 知恵 ( ちえ )を絞り出して 吐 ( は )く悪口は、つまりそれ以上の知恵さえあれば、ことごとくこれを無効ならしむることが出来る。 しかし人の批評や悪口を取消すために、自分がそんなに骨折って知恵を 運 ( めぐ )らす必要があるか、むろん悪口の種類にもよるが、同じく 脳漿 ( のうしょう )を絞るなら、悪口に対し弁護するよりもまだまだ適切な用途が多くあると思う。 僕もしばしば人から種々の批評を受け、家族や友人からこれを弁解するように勧められたこともあるが、僕よりも知恵のすぐれた人に対し、 毀謗 ( きぼう )の理由は薄弱なりとしても、自分の受けた悪口を弁護すればするほど、ますます自分が言い負かされる。 しからば僕よりも知恵の劣った人が悪口するなら、自分より劣ったものを相手とし、 事々 ( ことごと )しく弁解する労を取るだけの価値がない。 加之 ( しかのみならず )時日の進行中において自然に消滅する悪口と思えば、さほど気にかけることはない。 ことに自分をよく知らぬものが、 彼是 ( かれこれ )批評することは、当を得ないことが多いから、自分を知れる人にその判断を任すれば事は足る。 四、五年前、ある青年が僕を訪ね来て、自分は非常に 窮境 ( きゅうきょう )に 陥 ( おちい )り衣服にも窮している、どうか助力を 乞 ( こ )いたいと訴えたが、彼がその 窮境 ( きゅうきょう )に 陥 ( おちい )ったことの説明として世間はすべて自分を誤解したといったから、僕は彼の 談 ( はなし )を 遮 ( さえぎ )り、世間が君を誤解しても、君の 知己 ( ちき )が誤解しなければよいではないか。 世間とは君を知らぬ人の 謂 ( い )いである。 君を知らぬ人がかれこれ批評することは、さほど意に 介 ( かい )するに及ばぬ。 失敬ながら君のことはいかなる事があったか知らぬが、よし新聞等に二、三回掲げられたことがあっても、僕ら別に耳にしたこともないし、したがって君に対して 愛憎 ( あいぞう )の念も何もない。 すなわち君を知らぬわが輩は君のいわゆる世間であるが、わが輩は君を何とも思わぬといった。 世間だの世評だのということは、はなはだ 漠 ( ばく )としたことで、ために一身を処するとか、あるいは思想を変えるとかする価値なきものと思う。 しかるに自分をよく知るものが、自分を見捨てることがあるなら、これぞ実に 由々 ( ゆゆ )しき大事といわねばならぬ。 たとえば学校を預かれる校長に対して、世間がかれこれ 非難 ( ひなん )しても、校長にして生徒に対する関係が依然良好であるならば、世評などはあえて意とするに足らぬ。 また会社社長あるいは店の主人に対して種々なる動機より悪口を 吐 ( は )き、その会社の信用を傷つけ、その店を 顛覆 ( てんぷく )させる計画あるも、社長なり主人なりが、その部下、重役、株主、すなわち関係の最も近いものに対し、何の不義もなく、何の不正もないならば、一向に意とするに足らぬ。 あるいはために一時迷惑を受けることあるも、その迷惑は永遠に継続するものでない。 ゆえに種々なる批評があっても、それらは意とするに足らぬ。 西郷南洲 ( さいごうなんしゅう )翁が 慶応 ( けいおう )年間、京都に集まった 薩摩 ( さつま )の勇士の挙動はなはだ不穏なりと聞き、これが 鎮撫 ( ちんぶ )に取りかかったとき、日ごろ西郷に 快 ( こころよ )からぬ人々が西郷の挙動をもって正反対の意味あるがごとくに言い放ち、西郷は名を浪士の 鎮撫 ( ちんぶ )に 藉 ( か )るが、実はこれを 煽動 ( せんどう )するものであると、 島津久光 ( しまづひさみつ )公に 告口 ( つげぐち )した。 公はこれを聞かれて非常に怒られ、西郷の帰り次第、 何人 ( なにぴと )でも 差支 ( さしつか )えなきゆえ、 手討 ( てうち )にせよとの命令を下した。 これを聞いた 大久保 ( おおくぼ )はそもそも西郷を 久光 ( ひさみつ )公に 推薦 ( すいせん )したのは自分である。 彼が 不埒 ( ふらち )を働いたとすれば、自分もまたその 責任 ( せきにん )を分かたねばならぬと思い、西郷が来るや 否 ( いな )や、ただちに彼を 兵庫 ( ひょうご )に引連れ、明日君が君公の前に 侍 ( じ )すれば、生命はないぞ。 到底助からぬものと思えば、むしろここで刺し 互 ( ちが )えて死する積りだといった時、西郷は、 「ウン、二人死ぬのはつまらぬ。 二人が死ねば島津家は真っ暗になってしまう。 一人残るがよい。 俺 ( おれ )は罪を得たから死ぬが、 汝 ( きさま )は生き残って俺の代りに君公に 仕 ( つか )え、二人前を働いてくれ」 といって出仕した。 幸いにして何のこともなく一命は助かり、引き続き国事に 奔走 ( ほんそう )したが、世には随分念の入った 讒言 ( ざんげん )悪口がある。 しかしこれがために軽々しく一命を捨て、ヤケとなり、あるいは他を 怨 ( うら )むことを要せぬ。 ジッとしてそれを放任すれば、自然にその悪口も消え、真実のみが残って、最後の勝利を得る。 かくいったならば、あるいは正直の人は、 「人より受ける悪口はそう軽く見るべきものでない。 汝 ( なんじ )は軽い例ばかりを挙げたから、人をしてこれを軽い事のように思わせるが、これが歴史となって百年も二百年、千年も二千年の後までも残り、しかも誤りを伝え世に害毒を流すことが多い。 西洋歴史にていうならクロムエルのごときは、彼を 憎 ( にく )む人の言が世に伝わり、いかにも悪党なるかのごとく、数百年間英国の歴史を 汚 ( けが )した。 また我が国にても 石田三成 ( いしだみつなり )は 徳川 ( とくがわ )家の御用史家により、成るべく 悪 ( あ )しざまに書かれたため、その人格および事業はすべて曲げて世に伝えられた。 教訓よりしても、歴史よりしても、はなはだ望ましからぬ影響を世に及ぼしたように思う。 ゆえにいたずらに人を悪口するものがあれば、根底よりその事実を明らかにし、 誤謬 ( ごびゅう )を改めしむべきが本分である。 汝 ( なんじ )の言のごとくどうでもよい、放任せよというは 怪 ( け )しからぬ」 という人もある。 歴史上の事実としては明らかなる証拠を世に伝うることは必要である。 円形なるものを眼の悪い人が四角と伝えるものがあれば、確かに円形なりとの事実を証明することは望ましい。 しかしこれを冷淡に考うれば、これは歴史上の事実を明らかにするに過ぎぬ。 はたしてしからばこれ正邪の問題でなく、 真偽 ( しんぎ )の問題である。 道徳の問題でなく、歴史上の問題である。 歴史上の事実としては真実を伝うることは無論必要であるが、お互いの 日々 ( ひび )の心得としての立場より見て、いかなる心がけにてこの場合に処するかといえば、僕はやはり弁解説明する必要がないと思う。 もしこれがために他人に迷惑を及ぼすことがあれば、それは説明する必要もあるが、しからざればこれまた放任して置くべきものと思う。 もし 強 ( し )いて弁解するなら、言語をもってせず実行をもって示すべきであると思う。 白隠和尚 ( はくいんおしょう )はその 檀家 ( だんか )の娘が妊娠して 和尚 ( おしょう )の 種子 ( たね )を宿したと白状したとき、世人から 生 ( なま )ぐさ 坊主 ( ぼうず )と非難されても、平然として、 「ああそうかい」 と言い、生まれた後は、自分でその子を 懐 ( だ )きなどしていたが、後、和尚の 種子 ( たね )でなく、娘は一時のがれに和尚の名を 汚 ( けが )したことが明らかになった時も、また、 「ああそうかい」 といって世間の 毀誉褒貶 ( きよほうへん ) [#「毀誉褒貶」は底本では「毀誉貶褒」]に 無頓着 ( むとんじゃく )であったという。 僕は悪口に対してはこの心がけをもって世に処したい。 僕の日ごろ愛読する書物にこういう言がある。 「何をもって 謗 ( そしり )を 熄 ( や )むる、 曰 ( いわ )く 無弁 ( むべん )。 何をもって 怨 ( うらみ )を 止 ( とど )むる、 曰 ( いわ )く争わず」 と、また、 「人の我を 謗 ( そし )るやその 能 ( よ )く弁ぜんよりは、 能 ( よ )く 容 ( い )るるに 如 ( し )かず。 人の我を 侮 ( あなど )るや、その 能 ( よ )く防がんよりは、 能 ( よ )く 化 ( か )するに 如 ( し )かず」と。 実に尽せる言である。 しかしこれについてはくれぐれも心得たきことがある。 すなわち 白隠和尚 ( はくいんおしょう )の態度のごときは 日 ( ひ )ごろの修養ある者でなければ、為すべきことでない。 かく言えば、前に説いたことと 矛盾 ( むじゅん )するらしく思われるがそうでない。 日ごろこれらの修養を 欠 ( か )く人が、ある一事にかかることを為すと、自分はともかく、他人に大なる迷惑をかけ、しかしてかえって悪事を為すことを 奨励 ( しょうれい )するに傾きがちである。 白隠 ( はくいん )なりしゆえ、後日に至り疑いも 解 ( と )け、差し支えなかったが、しかし世間では、ややもすれば 白隠 ( はくいん )以外の、しかも良からぬ人が、実際自分の私生児を引き 取 ( と )り、白隠の言葉を借用して聖人の行為を 真似 ( まね )る 虞 ( おそれ )が多い。 米国の南北戦争にクエーカー宗の人々は非戦論を唱えて、戦時税を払わず、兵役にもつかず、ために当時の政府はその処分について少なからず苦しんだ。 法に従って彼らを 罰 ( ばっ )せんか、 惜 ( おし )むらくは彼らの中には有名の 士君子 ( しくんし )が多く、かつこれらの人は 日 ( ひ )ごろ社会百般の事柄に力を尽し、世間の信用と敬愛とを受けている。 法に従い罰するに 忍 ( しの )びぬ。 ゆえに止むを得ず一時の 権宜 ( けんぎ )として、彼らには軍法を応用せず、兵役も 免 ( めん )じ、納税の義務も免じた。 これを見たるクエーカー宗以外の人々も、私もクエーカー、私もクエーカーというものが多く、政府はその真偽を弁別するに苦しみ、一々その人の 日 ( ひ )ごろの行状を審査し、たとえクエーカー宗に入れるものにしても、 日 ( ひ )ごろその主義を完うせざるものは、無遠慮に罰し、 日 ( ひ )ごろの行状が正しく、徳望高き人は特に穏便に取扱い、戦時だけ自分に 都合 ( つごう )よき主義を唱えたとても、平生の行状がこれに伴わないものは、ただ一場の言い前に過ぎずとして採用されなかった。 白隠 ( はくいん )和尚は日ごろ修養を積み、 平生 ( へいぜい )の言行が正しく聖人たる資格あることを証明したゆえ、一時疑いを受けたことも、数年ならずして解けたのである。 ゆえにかかる場合に身を処すること同一筆法に出ても、 日 ( ひ )ごろの修養 如何 ( いかん )によりてその価値が 著 ( いちじる )しく違う。 白隠 ( はくいん )の 談 ( はなし )は美事であるが、僕はこの筆法をすぐに各自に応用するを 憚 ( はば )かる。 しからば何ゆえにこの例を掲げたかというに、 日 ( ひ )ごろの行状を 謹 ( つつし )み、日常の信用を 厚 ( あつ )うするだけの慎みをなさねばならぬことを勧めたいからである。 この点に 謹慎 ( きんしん )し、修養していれば、一時いかなる非難 非譏 ( ひき )を受けたとても、何らの弁解を試みずして 能 ( よ )く晴天白日の身となり得ると思う。 悪口に対する吾人の理想的態度は 無言 ( むごん )実行の弁解をもってすべきであると思う。 いかに人はかれこれいうとも 己 ( おの )れさえ道を蹈むことを 怠 ( おこた )らずば、何の策を 弄 ( ろう )せずとも、いつの間にか 黒白 ( こくびゃく )判然するものである。 要は「 本来 ( ほんらい ) 清浄 ( せいじょう )」を守るにある。 さすれば人為人工を用うるに及ばぬ。 かく思うと左の歌は教訓的に解しても面白い。 「 憎 ( にく )まれ 児 ( こ )世に はびこる」という 諺 ( ことわざ )があるが、わが輩はこれを 顛倒 ( てんとう )して、世に はびこる者は 憎 ( にく )まれるということも、また 真実 ( まこと )であると思う。 いったいこの「はびこる」とはいかなる意味か、『 言海 ( げんかい )』を見ると横行、 強梁 ( きょうりょう )などいう漢字を充用し、 這 ( は )いひろがる意とある。 一般には、とかく悪い意味に用うるも、文字より考えれば必ずしも悪い意味のみでなく、 延 ( の )びひろがり 繁 ( しげ )る意味である。 米麦 ( こめむぎ )を 蒔 ( ま )いた田畑に米麦がよく繁茂するのも、害草が繁茂するのも、共に同じく はびこるのである。 一は有益なる植物なるゆえにこれを喜び、一は 邪魔 ( じゃま )になるゆえにこれを嫌う。 喜ぶと嫌うとの差あるも、 はびこるうえにおいては二者同一である。 また豆を植えかつ豆を 穫 ( え )んと欲するところに、麦が繁茂したならば、たとえ豆よりも尊いにしても、耕作者の目的に 適 ( かな )わぬ以上は、やはりこれを害草と同じく取扱わねばならぬ。 すなわち悪い意味において麦が はびこるのである。 して見ると、 はびこるという文字の意味を悪く 解 ( と )るか 解 ( と )らぬかは、これを用うる人の意によりて 異 ( ちが )うので、豆を 穫 ( え )んとする人には、麦が 悪 ( あ )しき意味に はびこるのであり、麦を 穫 ( え )んとするところに豆が茂れば、豆が同じく 悪 ( あ )しき意味に はびこるのである。 我々がある目的を達せんとするため、あるいは何らかの欲望を充足せんとする行動に対し、妨害となるものは、我々はただちにこれを有害とみなす。 しかるに はびこるほうからいえば、これ自己の天職を 完 ( まっと )うし、 伸 ( の )びるのである。 ゆえに天より見れば彼らは悪い者でない。 現に世にいわゆる はびこる人を見るに、なるほど憎まれ勝ちではあるが、親しくその人に接し、その動機や行動を察すると、必ずしも悪人でない、 否 ( いな )むしろすこぶる感服することがたくさんある。 これ我が天職なり、これ我々がまさに 履 ( ふ )むべき道なりとの確信の 下 ( もと )に働ける人、すなわち意志の強き人は世に はびこり、ために 何人 ( なんぴと )かの進路を 妨 ( さまた )げ、人から 邪魔視 ( じゃまし )される。 聖人 ( せいじん )君子のごときをもってしても、意志強く、自分の目的をあくまでも貫徹せんとする者は、必ず 何人 ( だれ )からか 邪魔視 ( じゃまし )される。 孔子 ( こうし )の 言 ( い )えることまたは為せることは、 盗跖 ( とうせき )より見れば、はなはだ邪魔になったに相違ない。 キリストが無遠慮に自分の思想の実行を 力 ( つと )めたから、時の官憲 僧侶 ( そうりょ )から 邪魔視 ( じゃまし )され、 耶蘇 ( やそ )ほどに はびこる、 嫌 ( いや )なものはないと思われたればこそ、十 字架 ( じか )の上にその一生を終わったのである。 またソクラテスの言ったことや為したことが、当時の 淫蕩 ( いんとう ) 浮華 ( ふか )なる風俗の進歩をさえぎったから、彼は青年を毒するものなりと呼ばれて死刑に処せられたのである。 ゆえに、「 憎 ( にく )まれもの 世 ( よ )に はびこる」というに対照し、世に はびこる者は憎まれるということは、歴史上においてもまたお互いの日常において目撃するところによりても確実なことと思う。 何人 ( だれ )にも 可愛 ( かあい )がられるものは世にないと思う。 もしかかる 人 ( ひと )がありとすれば、そは自己の意志なきものである。 何人 ( だれ )にも程よくお茶を濁すものは、憎まれもせぬ代りに はびこりもせぬ。 実際の事にあたり仕事するものにして敵なきものはほとんどない。 敵ある以上必ず憎まれる。 我々は目下の政治界においてよくこの事を見ることが出来る。 米国の「ポリティシャン」という言葉は政治屋とでも訳すべきだが、いわゆる 陣笠 ( じんがさ )の意に用いられ、政治を商売とし、何の政見もなく所信もなき者の意味で 軽蔑 ( けいべつ )の意を含んでいる。 これに 反 ( はん )して一個の定見あり自己の所信を国是として実行する者を「ステーツメン」という。 しかるにいかなる政治家にてもその生ける 間 ( あいだ )は敵より政治屋と 罵詈讒謗 ( ばりざんぼう )せられる。 ゆえにある人が「ステーツメン」の解釈を下して「死んだポリティシャン」なりといった。 すなわち世にありて活動している間は世にはびこり非難される。 人がこの世を渡るに、人からかれこれと批評され憎まれるのは、 何人 ( なんぴと )も 嫌 ( いや )である。 嫌だからとて「 瓢箪 ( ひょうたん )の 川流 ( かわなが )れ」のごとく浮世のまにまに流れて行くことは 志 ( こころざし )ある者の 快 ( こころよ )しとせざるところ、むしろ 愧 ( は )ずるところである。 ゆえにすでに自分に所信あれば反対を受くる覚悟をもってこれを実行するに 力 ( つと )めねばならぬ。 もちろんかくいったからとて何事につけても 無遠慮 ( ぶえんりょ )に勝手放題に 傍若無人 ( ぼうじゃくぶじん )に行えというにあらぬ。 独り孤立して世渡りの出来ぬ以上、他人に相当に遠慮することは、社会生存の必要条件である。 山から山に渡るには頂上より頂上まで行くのが最も 近道 ( ちかみち )であるが、実際山より山に 遷 ( うつ )るには、一度 麓 ( ふもと )の 渓間 ( たにま )に降りてまたまた 嶮 ( けわ )しき峰をよじ登らねばならぬ。 一直線に行けば近くとも、自分の前に人があらば 迂廻 ( うかい )して行くだけの遠慮がなくてはならぬ。 しかし迂廻の必要があるからとて、進むことを中止するのは 卑怯 ( ひきょう )である。 かれこれ言われるからとて遠慮するのも 卑怯 ( ひきょう )である。 しからばどの程度まで遠慮せねばならぬか。 この程度は概括的に定むることは出来ぬ。 周囲の状態やら各自の性質やらあるいは為さんとする目的やらによりて度合いが異るので、我々の 犠牲 ( ぎせい )として払うべき意志は我々が 衣服 ( きもの )を買うときの代価のごときものである。 いったい 衣服 ( きもの )は なんぼするものかという質問に対しては 何人 ( なんぴと )も 一口 ( ひとくち )に答えかねる。 なぜなれば 衣服 ( きもの )にも 単衣 ( ひとえ )あり 綿衣 ( わたいれ )あり、 木綿 ( もめん )物もあれば絹織物もある。 和服もあれば洋服もある。 具体的に個々の 衣服 ( きもの )について始めて 価 ( あたい )がきまるのである。 単に 衣服 ( きもの )というただけでは何とも決することが出来ぬ。 それと同じく遠慮と 遂行 ( すいこう )の程度は概括的に定めることはほとんど不可能である。 わが輩は折々知人や未知の人より相談を受けるが、その要点は 己 ( おの )れの意志と親の意志と相い投合せぬとか、あるいは自分の望むところを世間が 容 ( い )れてくれぬとか、かかる場合にいかなる態度にいずべきかということが多い。 わが輩はこれらの相談に対しつねに答える、その事情を詳細に知るにあらざれば、到底 門外漢 ( もんがいかん )の解決し得るところでないと。 元来 ( がんらい )、義務と義務との 衝突 ( しょうとつ )は根底においてあり得べきものでない。 義務そのものは絶対的であるとしても、個人がこれに対すれば 軽重 ( けいちょう )、 本末 ( ほんまつ )、 主従 ( しゅじゅう )、 大小 ( だいしょう )、 遠近 ( えんきん )等によりて関係的相違あり、決して絶対的に同等なものでない。 したがって思想的根底において衝突せぬものであるが、実行にあたっては衝突する場合がたくさんある。 孝ならんと欲すれば忠ならず、忠ならんと欲すれば孝ならずと 歎 ( なげ )くものは、独り 平重盛 ( たいらのしげもり )に限らない。 些細 ( ささい )なることにおいても、少しく考うると必ず衝突の問題の起こらぬことはない。 朝自分の家を出て事務所なり学校なりに通わんとするに、右のほうが道がよいか左がよいか、必ず問題として考え得る。 右は近いが左のほうが歩きやすいとか、右は 平坦 ( へいたん )だが 左道 ( ひだり )は清潔だとか何とか、たいがいのことには得失問題を起こす理由がある。 そしてその判断には少なからず苦しむものである。 むかしの英傑の伝を見るに、果断だとか、「 裁決 ( さいけつ ) 流 ( なが )るるがごとし」とか ぞうさもなく出来るように書いてある。 彼らが凡人よりも早く事物の要点を見る 明晰 ( めいせき )の頭脳を有することは疑いなきも、また凡人の 窺知 ( きち )し得ざる苦労を 経 ( ふ )るのである。 光圀卿 ( みつくにきょう )の、 見れば 只 ( たゞ )何の苦もなき 水鳥 ( みづとり )の足にひまなき 我 ( わが ) 思 ( おも )ひかな である。 シーザーがその留守中にローマに 乱 ( らん )の起これるを聞き、出征先より大軍を 率 ( ひき )いて帰国し、自国に入ろうか入るまいかとルビコン 河畔 ( かはん )に立ったときは、凡人の考え得られぬ苦心があったであろう。 外部より見れば、さほどに苦心もなく一 蹴 ( しゅう )してルビコン河を越えたらしく見られるも、今もなお歴史上の 分岐点 ( わかれめ )として 謡 ( うた )われているほど彼の苦心の跡が世界の人心に 印 ( いん )してある。 また米国の南北戦争にリー将軍が南軍につかんか、北軍に走らんか、これを決するためには終日終夜 心魂 ( しんこん )を痛め、あるいは 跪 ( ひざまず )いて神意を伺わんとしたり、あるいは思案に沈んで、ほとんど無意識に一室を 往 ( ゆ )き 来 ( き )したという。 こうなると細君も相談相手にならず親友も依頼するに足らなかったか、ついに義理に 絆 ( ほだ )されて南軍についた。 その決心を 固 ( かた )くするまでの苦心はいかに 辛 ( つら )かったであろう。 また 信長 ( のぶなが )が 寡兵 ( かへい )を 督 ( とく )して 桶狭間 ( おけはざま )に突進するに先だち、いかほど心を労したろう。 また 西郷南洲 ( さいごうなんしゅう )が 廟堂 ( びょうどう )より 薩南 ( さつなん )に引退した時の決心、また多数に 擁 ( よう )せられ新政 厚徳 ( こうとく )の 旗 ( はた )を 揚 ( あ )ぐるに至った心中は、おそらくはその周囲におった人にも分からなかったであろう。 かくいう僕などにはその十分一だも想像し 能 ( あた )わぬ。 また 某 ( ぼう ) 碩学 ( せきがく )がかつて 那須与一 ( なすのよいち )の 琵琶歌 ( びわうた )を聞き、さめざめと泣き出したとき、 傍 ( かたわら )の人がこの勇壮なる歌を聞き、何で泣かるるか、ことに与一が弓を満月のごとく引き絞り、矢を放った時、敵も味方も 舷 ( ふなばた )をたたいて賞賛したこの 勲 ( いさおし )を聞き、泣くとはその意を得ぬと 詰 ( なじ )ったとき、某は暗然として答えて言った。 数千の軍中よりただ一人選抜された名誉は顧みぬとしても、全 源氏 ( げんじ )軍の名誉をただ一身に 荷 ( にな )って弓を引いたときの心はいかであったろう。 命中したればこそ敵も味方も 賞歎 ( しょうたん )したものの、弓を引き絞った時、矢を放った時の心の苦しみはどうであったろう、思ってここに至ればまことに同情に 堪 ( た )えぬと。 実に見る人が見れば、 何人 ( だれ )の行為についても、一大決心をもってするもので、自己の 所信 ( しょしん )、自己の意志を貫徹することの容易ならぬことが察せらる。 ついでに加えて述べたきことは、 与一 ( よいち )の場合にも彼が 扇 ( おうぎ )を 覗 ( ねら )うあいだには、必ず彼の失敗を祈ったものがあったであろう。 しかもそれは 平家方 ( へいけがた )のみでなかったであろう。 また 奥州 ( おうしゅう )より出て来たあの 田舎武士 ( いなかぶし )が、 御大将 ( おんたいしょう )の眼前で晴れの武術を示すなど分に過ぎたる 果報者 ( かほうもの )だと 羨 ( うらや )んだものもあったろう。 また彼の 技倆 ( ぎりょう )を疑える者は、彼が 遣 ( や )り 損 ( そこな )えばよい、自分が代って見事に 遣 ( や )って見ようというものもあったであろう。 あまり邪推をまわすようではあるが、ふつうの人情より考えてかくありそうに思われる。 彼が成功したと同時に、 大喝采 ( だいかっさい )を受けたことは歌にも歴史にも記してある通りであるが、またその後においてただちに彼の名誉を傷つけんとしたり、彼を 怨 ( うら )み 嫉 ( ねた )んだ者から見れば、彼が 人目 ( ひとめ )を 惹 ( ひ )き世に はびこったことを喜ばぬものがいかに多かったであろう。 わが輩は話にまぎれてとかく 昔時 ( むかし )のことのみを述べたが、我々が今日においてしかも毎日、 些細 ( ささい )なことにおいてもそれぞれに所信と決心とをつらぬくにはどこかに喜ばぬ人あり、確かに自分と 衝突 ( しょうとつ )しているものがあると覚悟する必要がある。 僕は性来 臆病 ( おくびょう )なるゆえ、僕自身の為すことにおいてこれは 万遍 ( まんべん )なく済んだなと思うごとに、その結果、必ず不愉快なることを 数多 ( あまた )聞かねばならぬと思わぬことはない。 またたまたま善事を為したと心の底に喜ぶときに、これがためにいかなるところに、いかなる人が如何なることを 企 ( くわだ )て、この善事を 覆 ( くつがえ )さんとするものがあろうと、恐れを 懐 ( いだ )かぬことはない。 こういう考えが善いというのではない。

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